ゾゾが赤字覚悟で"計測スーツ"を配るワケ

プレジデントオンライン / 2018年8月17日 9時15分

ZOZOSUIT(ゾゾスーツ)」(スタートトゥデイのプレスリリースより)

「ZOZOTOWN」は国内最大級のファッション通販サイト。その運営会社のスタートトゥデイが、採寸用ボディスーツの無料配布を続けている。今年度末までに最大で1000万枚を配る予定だ。国内5世帯に1世帯がこのボディスーツを手にすることになる見通しだが、対応するPB商品の点数は限られており、短期的な収益の見通しは明確ではない。その狙いはどこにあるのか。神戸大学大学院の栗木契教授は「各社からオーダーメイド商品を受注することを計画しているのではないか」と分析する——。

■今年度中に1000万枚の配布を計画

「ZOZOSUIT(ゾゾスーツ)」とは、スタートトゥデイが開発した採寸用のボディスーツである。このボディスーツを使えばお店に出かけることなく、自宅で身体データを計測し、オーダーメイドの衣料をEコマース(ネット通販)で購入できる。今年7月には、このゾゾスーツを利用したメンズ・ビジネススーツの販売がはじまった。

スタートトゥデイがゾゾスーツの無料配布を発表したのは、昨年11月。ところがこの伸縮センサーを内蔵した初代ゾゾスーツは量産が難しく、100万件ともいわれる受注に対応できない状態が続いた。このため今年4月、伸縮センサーではなく、水玉模様のボディスーツを着用してスマートフォンで複数回撮影して採寸するという方式に切り替えた。

この切り替えによって、スタートトゥデイはボディスーツの生産問題を解消。今年度末までに600~1000万枚のゾゾスーツを無料配布(費用は送料のみ)し、3年後の2021年3月期までに取扱高を2.6倍の7150億円まで拡大するという野心的な計画を発表した。

今年6月には、デニムパンツとTシャツだけだったオーダーメイド商品のラインナップに、オックスフォードシャツを加え、7月にはビジネススーツとドレスシャツを投入した。世界の72の国と地域でのゾゾスーツの無料配布の計画も発表。8月1日の決算説明会では、すでに112万枚以上のスーツを配布したことも明らかにした。

■ゾゾスーツ、本格展開に向けての課題

ゾゾスーツによるスタートトゥデイの新事業は、まだはじまったばかりである。計画は野心的だが、今回はその課題を考えてみたい。

ゾゾスーツをめぐっては、すでにいくつかの問題が指摘されている。リアル店舗での採寸に比べると測定精度が低くなりがちなこと、そして測定に要する時間が長いことなどである。

スタートトゥデイからすれば、それでもゾゾスーツを使うメリットはある。店に出向く手間がなくなるのだ。それなら「何度かやり直しながら採寸する羽目になっても、30分ほどですむなら問題ない」「採寸の精度は高くないといっても、首回りやウエストの1〜3センチの誤差は気にならない」という人もいるはずだ。

しかし、それでは万人向けとはいえない。特にファッション・リーダー的な消費者に受け入れられるためには、さらなる改善が必要だろう。さらに今後ネット・オーダーメイドの受注量が増えていったときには、生産管理の体制を整えなければいけない。多くの消費者を納得させる品質の服を供給できるかどうかは未知数だといえる。

各種の問題がある。とはいえ、これらの問題については、急速に進むAIの発展、そして昨今のグローバル供給ネットワークの充実を踏まえると、一時のもたつきはあっても短期に改善されていく可能性が高い。むしろ重要なのは、その先に広がるビジネスの可能性だ。

■「ネットでは試着ができない」

スタートトゥデイの主力事業のゾゾタウンは、国内ファッション通販の最大手サイトのひとつである。

振り返るとEコマースは、書籍やPCの販売、そして航空券やホテルの手配などの分野から広がってきた。そのなかで、ファッション衣料は、Eコマース利用が広がらなかった分野だ。その理由は、「ネットでは試着ができない」という点にあった。

ファッション衣料は店頭で試着してから購入することが前提だった。同じサイズでも、ブランドが違うと自分の体形に合わないことがある。それだけではない。同じブランドの商品でも、アイテムが異なれば、同じサイズ表示のものを買っても体に合わないということが起こる。これがファッション衣料なのだ。

「なんだか、面倒くさい」

一部のファッション好きを除けば、多くの人はこう思うだろう。しかしアパレル企業側にも言い分はある。

■ファッション通販で「無料返品」が必要な理由

ファッションを追い続ける以上、衣料のデザインはシーズンごとに変わっていく。そのなかで首回り、肩幅、胸囲、腹囲等々のすべてを固定した服づくりはあり得ない。だからといって、ファッションへの追従を控えめにすると、ブランドの価値は下がる。ダサくなってしまうのだ。

前シーズンにMサイズの商品がフィットしたすべてのお客に、今シーズンのMサイズの商品がフィットするとはかぎらない。だから多くのアパレル企業は「同じMサイズであっても、店舗でフィッティングを行ってから購入してほしい」と呼びかけてきた。

このため、ファッション通販では、サイズが合わなかった場合に備えて「無料返品」の制度を用意するサイトが多い。しかし返品作業は、消費者にとっては面倒だし、企業のコスト負担も無視できない。

返品問題を軽減するため、ゾゾタウンでは販売するすべての衣料を独自に計測し、統一したサイズ表示を行ってきた。ここにゾゾスーツによる採寸が加われば、オーダーメイドのアイテム以外の衣料の購入においても、サイズ違いの問題はさらに減少するはずである。

しかしそれが、ゾゾタウンの競争優位にどれだけつながるかは不明である。ゾゾスーツで採寸した数値を他社のサイトで入力しても、サイズ違いの問題は減少するはずだからだ。需要対応と競争対応の両面に優れていなければ、ビジネスは成長しない。敵にも塩を送っていては投資効果は低下する。

■オーダーメイドは現状「定番デザイン」のみ

一方のビジネススーツをはじめとしたオーダーメイドのアイテムについては、より詳細に体形を計測し、データをゾゾ側に自動送信できれば、高いフィット感をもつ「あなたサイズ」の衣類を提供できる。

しかしこちらについては、競争対応とは別の問題がある。現在のところ、ゾゾのオーダーメイド商品のラインアップは定番のデザインに限られており、服選びの楽しさには欠ける。自分の体形に合った既成服がなかなか見つからないという人たちにはよいが、ファッションへのこだわりが強く、トレンドを取り入れたスーツを着用したい人には物足りないだろう。

■真の狙いはサプライチェーンの整備か

日本経済新聞では5月23日付けで「ゾゾスーツの無料配布のコストに見合った収益はあげられないのではないか」「スタートトゥデイの利益率が低下するのではないか」といった懸念を指摘している。海外事業についても本格展開的には大きな投資が必要で、利益率の低下を招く恐れがある。

そうした指摘はもっともだろう。だが私は、前澤社長はさらにその先をにらんでいるのではないかと考えている。

今後スタートトゥデイが他社に先行して、ネット・オーダーメイドのアイテム数を増やすとともに、サプライチェーンの整備をグローバルに進めていけば、将来は各国のファッション・ブランドが、ネット・オーダーメイド事業のOEM先としてスタートトゥデイを選ぶといったことも起こりうる。

なぜなら多くのファッション・ブランド企業からすれば、ネット・オーダーメイドという新領域への参入を、サプライチェーンに新規投資することなく、デザインと企画に集中しながら実現できるからである。これはエレクトロニクス産業におけるEMSとファブレス企業のような関係だ。スタートトゥデイはファッション通販サイトも手がけるため、より大きな付加価値を手にすることになる。

もちろんこれは、ファッション産業の全体から見ればニッチともいえる小さな事業領域にすぎないが、グローバルに展開することができれば相当の規模となる。ゾゾスーツは、このような展開に向けた布石とも見ることができる。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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