橋下徹「なぜ今回の総裁選はいらないか」

プレジデントオンライン / 2018年9月12日 11時15分

2018年9月10日、自民総裁選/共同記者会見(写真=AFP/時事通信フォト)

9月20日に投開票が予定されている自民党総裁選挙は事実上の「首相選び」だ。メディアには論戦の活発化を望む声があふれているが、そもそもこの総裁選は必要なのかという視点が欠けている。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(9月11日配信)より、抜粋記事をお届けします――。

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■なぜ安倍さんが首相なのか? それは「顔」として戦った昨年の総選挙で勝ったから

安倍晋三首相と石破茂・元自民党幹事長の一騎打ちとなった自民党総裁選。(略)現在の論戦の低調さを嘆く声が、メディアやインテリの中では強いと感じるね。彼らは、安倍さんと石破さんで、日本の進むべき方向性について徹底論戦せよ! と発破をかけている。

でもね、そもそも今回のように国政選挙で現総裁が否定されていない中での自民党総裁選は民主主義を破壊しかねないものであって、今回を最後に止めるべきだ。

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自民党総裁選とは、その字句の通り、自民党という一私的団体のリーダーを決める選挙。企業で言えば、社長を決める株主総会のようなもの。厳密に言えば企業の社長を決めるのは、株主総会で選ばれた取締役会なんだけどまあここはイメージとして聞いておいて下さい。

それと同じく、自民党のリーダーを決めるのは自民党員なんだよね。だから自民党員でない僕は、当然、今回の総裁選において一票を持っていない。多くのメディアやインテリたちは、安倍さんと石破さんは徹底論戦せよ! と言うけど、じゃあ一票を持っていない国民にとって、それはどのような意味を持つのか?

結論として、何の意味もないし、むしろ有害でさえある。

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ところが、ややこしいのは自民党という一私的団体のリーダーは、多くの場合内閣総理大臣(首相)、つまり日本国のリーダーになってしまうということなんだよね。だから自民党員だけじゃなく有権者全体の関心事になるのは当然で、ゆえに安倍さんと石破さんの徹底論戦が必要だ、というメディアやインテリの主張につながっていく。

結局、日本においては、一私的団体である自民党のリーダーを決めるプロセスと、日本の国のリーダーを決めるプロセスとの整理ができていないんだよ。

民主国のリーダーはその国の国民、すなわち有権者が決める。大統領制の国では、有権者が直接投票してリーダーを決める。日本のような議院内閣制の国では、有権者は国会議員を選び、そして国会議員が首相たるリーダーを決める。

日本の国は、現在のリーダーをいつ決めたのか。それは昨年2017年9月に行われた衆議院議員総選挙だよ。このときに安倍さんは自民党のリーダーとして選挙戦を戦い、有権者の多くは安倍自民党に所属する国会議員に一票を投じて、自民党・公明党の連立政権を誕生させ、その結果安倍さんが首相に選出された。ここで有権者の意思はしっかりと示されたんだ。

それなのに、今回の自民党総裁選という一私的団体に過ぎない政党のリーダーを決める選挙で、日本国のリーダーが変更になるとしたら、有権者としてはたまったものじゃない。2017年9月に600億円ほどかけてやった衆議院議員総選挙は何だったのか? となる。

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■トップダウン型の政権選択の大前提「二大政党制」

かつての政治システムは、権限と責任が不明確で、有権者の意思によって政治行政が動く仕組みではなかった。有権者が選挙でどのような意思を表示しようとも、有力な自民党支援者の声や霞が関の省益を重視した政治行政が進められていく。そして誰がリーダーであっても変わらないという諦めを有権者は抱くようになる。

まあ、これは高度成長時代において、皆で利益を配分することが中心だった政治には向いているシステムだったのかもしれない。有権者の意思よりも、利害の調整重視。

しかし今の時代は、これまでやってきたことの見直しが強く求められる。時には国民に負担を求めることもしなければならない。激動する世界情勢の中で、日本の方針を明確に示し、それを迅速、的確に実行していくことが必要となる。このような場合には、リーダーによるトップダウン型のマネジメントの方が、ボトムアップ型よりも重要になってくる。ゆえに今のような官邸が力を持つ政治システムが向いている。

このようなシステムを支えるために、どうしても必要なのが二大政党制だ。政権交代可能な選挙制度であり、与野党がしっかりと「選挙の顔」を作って、党の方針を国民に示す。そして有権者が選挙で選択する。有権者は、党のリーダーが国のリーダーになることを前提として各国会議員に投票する。つまり現在の制度においては、有権者は各国会議員を選んでいるだけではない。国のリーダーも事実上、選んでいる。この有権者の選択を最大限に尊重することが民主主義そのものだ。

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日本維新の会は国会議員でない僕が代表を務める政党だった。だから国政選挙のときには、もし維新の会が勝てば、誰を首相にするのかをしっかり示さなければならなかった。ゆえに石原慎太郎さんや松野頼久さんなどの国会議員を首相候補として国政選挙を戦った。

この点、不透明だったのが小池百合子東京都知事が率いた希望の党だ。当時の民進党代表の前原誠司さんと小池さんは希望の党を結成して、昨年9月の衆議院議員総選挙に臨んだんだけど、そのときに誰が首相候補になるのか最後まであいまいだった。

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有権者としては、これは政権を選択する選挙なのか、とりあえず自民党に対峙できる野党の芽を作るだけの選挙なのか分からなかった。これが一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった小池さんや希望の党が一気に失速した主たる原因だったと思う。

(略)

政党は、国政選挙において、党のリーダーをしっかりと示し、この人物が国のリーダーになることを示して、選挙に挑むべきだ。

そして有権者は、国のリーダーを想定して、選挙で国会議員に一票を投じる。選挙後、多数党から選出された国のリーダーは、有権者の意思表示である選挙で敗れない限り、リーダーを続けるべきだ。

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■日本維新の会は代表の任期を撤廃した。他党はどうか?

僕が大阪都構想の住民投票に敗北し、政治家を引退するこが決まったとき、その任期満了前に現日本維新の会の前身である「おおさか」維新の会の規約を整備した。その際にこだわったのがこの代表任期のところだ。

僕は代表任期を撤廃した。代表のポジションは、基本的に国民、有権者の判断に委ねるべきだ、と。国政選挙で勝てば代表継続、負ければ代表辞任というようにね。

つまり、党の代表選は国政選挙において党の顔を選出するためのものなので、国政選挙に負けて次の国政選挙のために新たな党の顔を選出する必要がある場合のみ、党の代表選挙をやる。すなわち、予め代表の任期を定めることはせず、国政選挙で負けた場合のみ代表選をやるというようにした。

ただし、おおさか維新の会(現日本維新の会)は弱小政党なので国政選挙で勝ったのか負けたのかが分かりくい。よって国政選挙が終わった後に、特別党員によって党の顔を替える代表選をやるかどうかの投票をまずやる。

このような規約整備をしたが、いずれにせよ代表任期を撤廃した。

そしたら一部インテリからは、橋下の独裁思想があらわになった、と批判されたよ。バカか! 代表任期がある方が、有権者の意思を無視するものであって民主主義への冒涜なんだよ!

党の代表は、国民のリーダーにもなり得る存在。民主国家において党の代表を決めるのは、基本的には国政選挙であって、予め任期を設けるものではない。党の代表任期を定めなければならないのは、選挙がない非民主国家の場合だよ。

自民党も、立憲民主党も、国民民主党も、代表任期が定められている。これは思慮が浅い。国政選挙という民主主義の要を大切にしているのであれば、代表任期は即刻撤廃すべきだね。

(略)

(ここまでリード文を除き約3000字、メールマガジン全文は前回記事の再掲載分を除き約1万1300字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.119(9月11日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【自民総裁選「不要」論】党の「顔」として国政選挙に勝つ、それが首相になる条件だ!》特集です。

(前大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 写真=AFP/時事通信フォト)

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