介護職員のセクハラ被害"表に出ない"理由
プレジデントオンライン / 2018年9月18日 9時15分
■「攻撃的態度で大声出す」「不必要に個人的な接触はかる」
介護職員の74%が、サービス利用者やその家族からハラスメントを受けた経験がある――。今夏、介護職員でつくる労働組合「日本介護クラフトユニオン」の調査(調査対象は全国の介護職員2411人/女87.4%、男12.2%、無回答0.5%)で、介護現場の過酷な現実が明らかになりました。
ハラスメントを受けた人のうち、9割以上が遭っていたのが「パワハラ」です。上位6項目は以下の通りでした。
「攻撃的態度で大声を出す」61%
「『○○さんはやってくれた』等他者を引き合いに出し強要する」52.4%
「サービス契約上受けていないサービスを要求する」34.3%
「制度上認められていないサービス強要する」31.9%
「強くこづいたり、身体的暴力をふるう」21.7%
「『バカ』『クズ』など、人格を否定するようなことを言う」21.6%
このほか少数ですが、「土下座の強要」を受けた人も2.6%いました。
また、ハラスメントを受けた人のうち、4割が「セクハラ」の被害にも遭っていました。上位3項目は以下の通りです。
「サービス提供上、不必要に個人的な接触をはかる」53.5%
「性的冗談を繰り返したり、しつこく言う」52.6%
「サービス提供中に胸や腰などをじっと見る」26.7%
このほか、「性的な関係を要求された」という人も14%いました。
■上司に相談しても8割はスルーされてしまう理由
ハラスメントの被害者の約8割は、上司などに相談したそうですが、約半数のケースは、これといった対応策はとられず、状況は変わらなかったとそうです。介護職員の多くがサービスを提供しながら、ハラスメントによる不快な思いをしたり、身の危険を感じたりしているのです。
この事態を介護現場の人たちは、どう受け止めているのでしょうか。埼玉県内でケアマネジャーとして11年のキャリアを持つSさん(37)が答えてくれました。
「私も訪問介護のヘルパーさんなどから、こうした相談をよく受けます。上司に被害を訴えても対応してくれない、と。『認知症の症状だから仕方がないと言われた』『その程度は我慢しなさい』などといわれるそうです。でも、ヘルパーさんにとっては相手が認知症であろうと嫌なものは嫌。私たちケアマネは、現場のスタッフから、『利用者さんやその家族にハラスメントを止めてもらえるように伝えてほしい』としばしば相談を持ちかけられるのですが、それを実行するのには躊躇があるのです」
■「やめてください」と注意するのを躊躇するワケ
なぜ、躊躇するのでしょうか。
「利用者本人に伝えた場合、素直に聞き入れてくれるか、という心配があります。とくに認知症の方は説明をしても伝わらないことが多い。また、ごく少数ですが、悪いことをしている意識がない方もいます。ハラスメントという言葉もない時代を生きてきた人たちですから、高圧的な物言いをしたり、少々身体を触るぐらい大した問題ではないと思っていたりする。こういう方に止めるように言うと逆切れされることもあるのです」
本人がダメなら、家族に伝えればいいのではないかと思うのですが、この場合も、予期せぬ出来事が起こることがあるというのです。Sさんの実体験を教えてもらいました。
「ある80代の男性の利用者さんから身体を触られた、という訴えがヘルパーさんから私にあり、それをご家族に伝えたのです。利用者さんは現役時代、大企業の役員を務め、息子さん、娘さんにとってよき父親で大変尊敬されていました。認知症状はありましたが、ごく軽度で普通に会話もできる。そのご家族に問題行為があったと伝えたところ、『ウチの父がそんなことをするはずがない』と大変ショックを受けていました」
その家族は当初、Sさんの言葉を信じなかったそうです。しかし、ヘルパーが来た時、家族が父親の様子を観察するとやはり問題行為をしていました。それでようやく現実を受け止めたそうです。
「このご家族の場合、その後、ヘルパーさんが訪問介護する時は必ず息子さんか娘さんが見守るようになり、セクハラを防ぐことができました。しかし、私の言葉がきっかけで介護職員やケアマネと家族との信頼関係が崩れてしまうケースもあります。デリケートな部分があるため、つい躊躇してしまうのです」
■介護の取得のカリキュラムに「ハラスメント対応」はない
ハラスメントが減らない背景には他にも理由があります。Sさんによれば、介護現場におけるハラスメントについて、業界では「想定外の出来事」とする空気があるといいます。
「介護職にはそれぞれ資格が必要ですが、取得のために受ける講義や研修のカリキュラムの中に『ハラスメントへの対応』といった項目は私の知る限りありません。だから、介護職員は現場でわが身にそれが振りかかって、ショックを受けます。どう対応すべきかもわからず、ますます困惑するのです」
しかし、7割以上がハラスメントを経験している以上、「想定外」として片づけることはできないはずです。介護職員の多くは女性です。とくに在宅介護のヘルパーは利用者の家を訪問し、“密室”で利用者のケアをすることになります。重大なハラスメントのリスクが高い環境に身を置いているのです。
ただし、各種の介護サービスをする業者も現場に駆け付ける介護スタッフも、利用者はいわば顧客です。他の業者との競争もあります。そのため、利用者からのクレームを恐れる傾向が強く、少々のトラブルは穏便に済ませようというのです。
「それでも冷静に見れば、介護現場のハラスメントは、もし一般社会で行われたら犯罪とみなされてもおかしくない行為なんですよね」(Sさん)
確かに街中で暴力を振るったり男性が女性の身体を触ったりしたら、警察に逮捕されます。相手が要介護者だから、認知症だからといって許されるのはおかしな話ですし、何より介護職員の心や身体も守られなければなりません。
■ハラスメント被害を防止するための「妙案」
そのために有効な方策はないのでしょうか。
「私は介護現場でのハラスメントに対するガイドラインをつくるべきだと思います。被害に遭った職員の訴えなど過去の事例を検証して、ここまでだったら許容範囲だが、これ以上の行為は許さないという線引きをする。また、利用者さんは、サービスを受けるにあたって事業所と契約を交わしますが、契約書にその“線引き”の内容を盛り込み、ガイドラインに抵触したらサービスの提供を停止できる、とするのです。このガイドラインがあれば、ある程度はハラスメントの抑止力になるのではないでしょうか」
Sさんは利用者やその家族にも、介護ではハラスメントが起こりがちであることを認識しておいてほしいと言います。
「現状はハラスメントに対するペナルティはほとんどありませんが、そういうことが発生するとサービスの質が低下する可能性は高くなります。被害を受けた職員は対応するのが嫌になり、退職してしまうこともある。担当者や事業所を替えて対応するわけですが、それでもトラブルが繰り返されると地域の介護業界に“要注意利用者”としてそれとなく知られることになり、さらにサービスの質が落ちるという悪循環に陥ることがあるのです」
自分の父親や母親が介護職員にハラスメントをするなんて考えられないことかもしれませんが、多くの職員が被害を訴えている現実があります。“ひょっとしたら……”という意識を家族も持っておくべきなのです。
(ライター 相沢 光一 写真=iStock.com)
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