なぜドイツ人は短時間労働でも稼げるのか
プレジデントオンライン / 2018年9月26日 9時15分
■働き方改革関連法成立は出発点
7月22日に閉幕した第196回通常国会で関連法案が成立し、いよいよ「働き方改革」が実行段階に入る。今回の目玉は「罰則付き残業上限規制の導入」と「同一労働同一賃金の実現」であり、それらは企業業績が近年絶好調を続けているにもかかわらず、労働者保護がおざなりにされてきたことへの対応である。
加えて、人口減少・高齢化が急速に進むなか、時短を進めることで生活上の制約のある人材が能力を十分に発揮でき、働き方が違っても公平に処遇されるために必要な改革を推し進めるように、企業の背中を押すという内容にもなっている。
2つの目玉施策は長年議論されながら実現できなかったテーマであり、今般の政府主導の取り組みは高く評価されていい。
もっとも、今回の内容は端的に言えば「欧州型」の仕組みのわが国への導入である。というのは、今回の目玉施策である「残業上限規制の導入」も「同一労働同一賃金」も共に欧州のワークルールであるからだ。ここで問題になるのは、労働時間規制や賃金制度はそれぞれ独立に存在するものではないことである。それらはトータルな雇用システムの中で互いに整合的に位置づけられるものであり、さらには教育・社会保障・商取引慣行といった、さまざまな経済社会の仕組みとも密接に連動している。一つだけ改革しようと思ってもうまくいかないし、逆に一つの改革が他の改革を呼び起こすことにもなる
■デュアルシステムというドイツの人材教育
欧州、例えばドイツで短い労働時間と高い労働生産性が両立できている背景には、わが国と異なる教育・人材育成の仕組みや、不採算事業の整理に伴う納得的な雇用調整ルールがあるからである。すなわち、ドイツでは、企業実習が組み込まれたデュアルシステム(理論教育と職業教育を同時に進めるシステム)や6週間から6カ月程度のインターンシップなど、学生でいる段階で実務能力が身に付く仕組みが存在する。
具体的にみれば、ドイツの若者は10~12歳の時点で基幹学校、実科学校、ギムナジウムの3種類の学校のいずれに進むかを選択し、大学進学を念頭にギムナジウムに通う学生以外は、基幹学校や実科学校を終了した後、職業学校に通学する。そこで行われているのがデュアルシステムによる職業教育訓練であり、企業と職業訓練契約を結び、週1~2日を職業学校での理論教育、残り3~4日を企業内での訓練が行われる(※1)。
また、大学に進学した場合も、6週間から6カ月程度のインターンシップにいくつか参加してから、就職するのが一般的である。通常の従業員と同様の仕事をするケースもあり、学校卒業後に採用される段階では、一定の基礎的な実務能力が身についている。学生にとって、インターンシップは正社員として企業に採用されるチャンスにつながるものであり、当然モチベーション高く実務に従事して、さまざまな技能や知識を身につける。
そのほか、ドイツには専門大学という仕組みもある。これは師範学校をはじめとする上級専門学校を前身とし、実務重視を特徴とする(※2)。基本的に「実習セメスター」と総称できる実務訓練を導入しており、具体的には、企業などでのインターンシップを6カ月単位で実施する。
教員は、産業界や労働市場の動向に機敏に反応して専門教育分野を修正していく必要があることから、いわゆる准教授や助手といった教員スタッフは基本的には置かず、専任の教員は教授が大半を占め、外部からの委託教員の方が人数的には多くなっている。採用要件として、博士号の取得とともに「5年間の実務経験」が求められ、実務重視の教育方針が反映された形になっている。
このように、ドイツの場合、学生の間にさまざまに企業での実習を経験し、実務能力を身に着ける仕組みが存在する。この結果、正規労働者に採用された段階で、若手は実務的に一定の基礎的な職業能力が身についている状況にあるわけだ。
この点、わが国の仕事と教育が混然一体となり、長時間労働の過程で人材育成をしてきた状況とは大きく異なる。したがって、わが国で本気で労働時間を短縮するには、教育・人材育成の仕組みを見直さなければ、人が十分に育たず、将来に禍根を残すことになる。
(※1)本多千波(2011)「ドイツの職業教育訓練と教員・指導員の養成」雇用・能力開発機構『諸外国における職業教育訓練を担う教員・指導員の養成に関する研究』第4章、128-131頁。
(※2)寺澤幸恭(2005)「ドイツにおける「実務型」高等教育に関する考察(2)」『岐阜聖徳学園大学短期大学部紀要』
■欧州では事業上の理由による人員削減は合理的
不採算事業部門の余剰人員の取り扱いが日欧で異なることも重要である。欧州諸国では一般に、事業上の理由による人員削減は合理的とされる。とりわけドイツやスウェーデンなどの北部の国々において、雇用調整は比較的容易に行われる。
なぜかといえば、わが国の正社員の雇用契約は、具体的な職種や職務を決めずにいわば会社の一員になる形だが、欧州では職種や職務を決めて働くため、その職種や職務が無くなれば雇用契約は解消されるという理屈になるからだ。例えばドイツでは、わが国で整理解雇の要件の一つとされる事業上の必要性に司法が介入する(必要性を司法が判断する)ことは原則なく、解雇回避努力に関しても相対的に緩めとされる(※3)。
もちろん、労働組合は安易な解雇には抵抗するし、いざ人員削減を受け入れざるを得ないときは、十分な補償措置を要求するし、政府がさまざまなセーフティーネットを整備していることが前提でもある。しかし、そうした前提があるがゆえに、労働組合は事業上の理由による雇用調整そのものには反対しないのだ。
■残業を想定しない労働時間を前提
雇用調整が比較的容易に行える結果、残業を想定しない労働時間を前提にしたうえでの、必要人員数が確保されることになる。また、不採算事業は比較的スムーズに整理され、その分一定レベル以上の生産性の事業しか残らない。そもそも生産性が高いわけで、長時間労働を行う必要性がないわけだ。
これに対し、わが国では雇用調整が難しいため、従業員はギリギリの人員数に抑え、景気拡大期には残業が当たり前になってきた。景気後退期には残業を減らし、それを雇用調整のバッファーにしてきたのである。また、不採算事業の整理が難しいため、その分生産性が低くなり、薄利多売ビジネスから業務量が増え、その結果長時間労働が常態化してきた面もある。
以上のように見れば、働き方改革ははじまったばかりであり、今回の法改正はあくまで出発点にすぎないことがわかる。重要なのはそれを起点にして、さまざまな仕組みを継続的に見直していくことである。(後編に続く)
(※3)藤内和公(2013)『ドイツの雇用調整』法律文化社、247頁
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日本総合研究所 理事/主席研究員
1987年京都大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。93年4月より日本総合研究所に出向。2011年、調査部長、チーフエコノミスト。2017年7月より現職。15年京都大学博士(経済学)。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科兼任講師。主な著書に『失業なき雇用流動化』(慶應義塾大学出版会)
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(日本総合研究所 主席研究員 山田 久 写真=iStock.com)
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