東大卒50代"汚字コンプレックス克服記"
プレジデントオンライン / 2018年11月5日 9時15分
■「手紙で誠意を見せる」ペン字練習帳に挑戦
子どもの頃から字はヘタだったが、大人になれば自然と大人っぽい字が書けるようになるだろうと漠然と思っていた。ところが実際は、大人になっても子どもっぽいまま。それでもワープロが普及しだした頃に社会に出たので、いち早くワープロを買い、原稿を書く仕事などはそれで済ませてきた。しかし、日本ではまだ手書き信仰が根強い。冠婚葬祭時の芳名帳の記入など、手書きで書かなければならない場面では、汚い字で恥ずかしい思いをしてきた。
汚い字をなんとかしなければと本気で思ったのは、仕事で大物漫画家あてに企画への協力をお願いする手紙を認(したた)めたときだ。書類はワープロ打ち、連絡はメールが日常になっているとはいえ、ここぞという場面ではやはり手書きの手紙で誠意を見せたいところである。が、万年筆を手に便箋に向かい1枚目の途中まで書いたところで、「これはダメだな……」と絶望。結局、パソコンで打ったものを送ってしまった。いくら丁寧に書いたつもりでも分別ある50歳の大人の字にはとても見えず、筆跡そのものが子どもっぽく拙くて、逆に失礼と思ったからだ。
私の年頃だとこれから葬式の芳名帳や香典袋の記名などに備える必要もある。うまくなくても、せめてもう少し“大人っぽい字”が書けるようになりたい。そんな思いで、まずは市販のペン字練習帳から取り組んだ。
最初は一番売れ筋の『30日できれいな字が書けるペン字練習帳』に挑戦。1日目は「あ」から「ぬ」までのひらがなの練習で、薄く印刷されたお手本をなぞることから始める。お手本の文字には「なめらかに」「まるみをつける」など、注意点が書かれている。「一文字書くごとにお手本と見比べて確認しましょう。あわてず、ゆっくり書くことがポイントです」との指示もあるが、思うようには書けない。たまにサボりつつも、ほぼ毎日「心よりお詫び申し上げます」「ボランティアのスタッフ」といった言葉を一生懸命書き続けたが、期待したほど上達しなかった。
■まっすぐな線引きで、美しい文字が書ける
約40日かけて練習して感じたのは、細かいことより全体のバランスが大事ということ。「文字の中心をそろえる」「文字の大きさのバランスを意識する」ことができれば、個々の文字が多少汚くても全体として整って見える。また、ただお手本を真似して書くだけでは身につかない。自分で考えながら書かないと応用が利かないのだ。
『まっすぐな線が引ければ字はうまくなる』という本も試してみた。同書では、美しい文字を書くための条件として、(1)脳に「美しい字のイメージ」が完全に焼き付いていること。(2)そのイメージを正確に再現する腕の使い方を訓練していること――の2つを挙げている。これらが身についている書道家は、筆だけでなく万年筆やボールペン、チョークによる黒板書きでも美しい字が書けるそうだ。(2)を実践するのに必要なのは「まっすぐな線を引くこと」。ヒジをうまく使うのがポイントとのことで、そこを意識しながら線を引いてみるが、どうしても微妙に蛇行してしまう。
■上品な女性の先生が、赤ペンで二重丸
練習帳のお手本のようにはいかなくても「うまく見える字」が書ければいいという人は多いだろう。その名もずばり『練習しないで、字がうまくなる!』によれば、(1)道具を選ぶ、(2)字にメリハリをつける、(3)ヘタだからこそ一手間加える、というのがその秘訣。道具は、着色料に顔料を使ったゲルインクのペンがおすすめだ。油性ボールペンと比べると格段に書きやすく、うまく見える。メリハリをつけるには、起筆、トメ、ハライをはっきりさせること。そして、一手間加えるとは、たとえば祝儀袋などに名前を書く際に鉛筆で補助線を引くことだという。うまい人ほどゆっくり書くのに、ヘタな人が速く書いてどうする。せめて一手間かけろというわけだ。
しかし、1人で練習していても限界がある。そこで腹をくくって、ペン字教室に通った。1回100分の授業が月に3回、6カ月で終了の初級コース。授業といっても講義を聴くわけではない。各受講生が進行度、レベルに応じた練習をして、それを随時先生に添削してもらう形式だ。書き込み式のテキストに、お手本と解説を見ながらひたすら書く。頃合いを見計らって先生が声をかけてくれ、その時点で書けた分を見てもらう。
「いいですねー。とてもよく書けています」
物腰やわらかく上品な女性の先生が赤ペンで二重丸を付けてくれる。思いがけず褒められるとうれしいもの。目の前で添削されると、お手本と自分の字の違いに気がつき、「なるほどそう書けばいいのか」と納得できる。この点が、書きっぱなしで終わってしまう市販のペン字練習帳との大きな違いだ。
その教室では、楷書ではなく続け字(行書)を基本とする。ひらがなも漢字も少しくずしたほうが速く書けて、しかも大人っぽく見えるのだ。たとえば「三」や「川」のように線が3本続くときは、2本目と3本目だけを続けて書く。そんな行書っぽい書き方のコツを身につければ、ある程度のごまかしは利きそうである。
とりあえず名前や住所が続け字でサラサラっと書ければ、いろんな場面で役立つことは間違いない。せめて正式な場所ではそれらしい字が書け、TPOに応じた引き出しを持てば何かと便利だろう。
▼「汚い字」は練習で進化したか
【before】
チャレンジする前の何も考えずにありのままに書いた文字。配置が悪く、下が詰まってバランスがとれていない。行や字の中心が歪みバラバラになっている。
【after】
1年半後、ゆっくり丁寧に、上下の余白や行の中心線を意識して字間や行間のバランスをとって書いた。行書もまじえ、“いい感じ”の大人っぽい字になった。
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編集者兼ライター
1964年、大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。出版社勤務を経て「流しの編集者兼ライター」に。漫画解説者・南信長名でも新聞等で活躍。著書に『字が汚い!』『笑う入試問題』『東大生はなぜ「一応、東大です」と言うのか?』等。編書に西原理恵子『できるかな』シリーズ等がある。
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(編集者兼ライター 新保 信長 構成=吉田茂人 撮影=小川 聡 写真=iStock.com)
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