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18時間超"世界最長路線"が復活したワケ

プレジデントオンライン / 2018年11月1日 9時15分

「A350‐900 ULR」は日本に乗り入れていないが、「A350‐900」を羽田で撮影した(撮影=北島幸司)

シンガポール航空が世界最長の路線を再開させた。シンガポールのチャンギ空港と米ニューヨーク(ニューアーク空港)を結ぶ直行便で、飛行時間は18時間45分と旅客定期便では最も長い。シンガポール航空はこうした「超長距離路線」を増やしつつある。狙いはどこにあるのか。航空ジャーナリストの北島幸司が解説する――。

■1回の飛行で300万円のコスト減が見込める新機材

今年10月、シンガポール航空が世界最長の定期路線を再開させた。このシンガポールのチャンギ空港と米ニューヨーク(ニューアーク空港)を結ぶ直行便は、2004年から13年まで運航しており、再開は5年ぶりとなる。直接の要因は「新型機材の導入」である。

IATA(国際航空運送協会)によると、エアラインの運航コストの中で一番比率が高いのは燃料費であり、その比率は運航経費のうち33%にもなる。航空燃料費の指針となるシンガポールケロシン価格で計算すると、中止したときの機材「エアバスA340‐500型」は4発エンジン機で、1回の飛行でおよそ1300万円の燃料費がかかる。これは決して燃費がいいとはいえない。

これに対し、今回は双発エンジン機の「エアバスA350‐900ULR」を投入している。従来機に比べると、燃費効率は25%ほど向上している。つまり燃料費はおよそ1000万円で済むことになり、1回の飛行で300万円のコスト削減が見込める。

■双発エンジン機でも長距離航行が可能になった

背景には技術の進化がある。双発機の安全性が上がったのだ。4発エンジン機は、1発のエンジンが停止した場合でも、そのまま目的地まで運航が可能である。一方、双発エンジン機は1発のエンジンが止まればもう一方のエンジンだけの推力となり、著しくバランスが崩れるので、長距離航行に制限があった。

だが新型機「エアバスA350‐900ULR」は、航空当局から一方のエンジンだけになっても 6時間10分のうちに着陸できればいいという信頼性を得た機体なのだ。

燃費効率の高い双発エンジン機が開発され、最初にシンガポール航空に導入されたことで、世界最長距離路線は再開されたのだ。

■同じエコノミーでも「エグエコ」と「プレエコ」は違う

再開にあたり、座席設定も見直された。中止した機材は、当初はビジネスクラス64席、エグゼクティブエコノミークラス117席の計181人乗りだった。エグゼクティブとは座席の幅やピッチがアップグレードしたものだ。しかしサービス内容はエコノミークラス相当で、避ける客が多かったようだ。2008年に廃止され、エグゼクティブ117席はビジネス36席に置き換わり、全席ビジネスの計100席での運航となった。

今回再就航した新型機材は全席ビジネスとはしていない。かわりにプレミアムエコノミークラスを設け、ビジネス67席、プレミアム94席の計161人乗りとした。エグゼクティブとプレミアムではなにが違うのだろうか。

上:世界最長路線の「プレミアムエコノミー」の座席/下:世界最長路線の「ビジネスクラス」の座席(写真提供=シンガポール航空)

航空業界ではこの10年ほどの間にプレミアムエコノミークラスを設けるエアラインが増えた。当初はシートピッチを拡大しただけだったが、昨今ではサービス内容がビジネスクラスに近付いている。搭乗前の機内食予約や受託手荷物の容量拡大、優先チェックイン、優先搭乗、専用のワインも提供される。

■「プレエコ」はエコノミークラスより1.5~2倍ほど高い

こういったサービスは、団体旅客のような扱いを嫌ったり、出張手当の削減でビジネスに乗れなくなったりしたビジネスマンに支持され、各社がプレミアムエコノミーを増やしている。2008年に廃止ししたときの2クラスとは状況が変わっているのだ。航空料金は、エコノミークラスより1.5~2倍ほど高く設定している。こうした高単価の座席設定からも、レジャーではなく、ビジネスユースを狙っていることがうかがえる。

世界銀行のレポート「Doing Business 2018」によると、ビジネスが展開しやすい国190選において、シンガポールはニュージーランドに次ぐ2位だ。グローバル企業ではアジア地域の本部をシンガポールに置く流れが強まっており、ニューヨークとシンガポールを結ぶ直行便にはこうした企業幹部のニーズが見込まれている。

■高速Wi‐Fiもあり、通信環境での不便さはない

燃費以外の機材の進化も、超長距離路線開設の後押しとなっている。炭素繊維の機体は与圧を高めることができ、上空でも地上により近い気圧に設定できるようになった。また、機内の湿度も上げられるようになった。衛星モデムを使った高速Wi‐Fiもあり、通信環境での不便さはない。

ソフト面での進化も著しい。シンガポール航空は独自の顧客サービスとして予防医学を取り入れた機内食や機内睡眠の案内、ストレッチなどを提案している。搭乗客は出発48時間前からモバイルアプリをダウンロードし、ウェルネスプログラムを始められる。搭乗前から体調を整えるというのは、超長距離路線に対する顧客の不安を払拭する試みだろう。

■年内にロサンゼルス、サンフランシスコへの直行便を開設

こうした超長距離路線は、シンガポール航空の戦略のひとつとなっている。年内には、シンガポールからロサンゼルス(飛行時間17時間50分)、サンフランシスコ(飛行時間17時間30分)の直行便を開設予定だ。これまでアジアから米国を結ぶ航空路線は距離が長いために、日本や韓国などで乗り継ぎ後、アメリカに向かうケースがほとんどだった。

だが近年では中国などからも北米への直行便が次々と開設されている。今回、その距離がシンガポールまで延びたともいえるだろう。

こうした航空路線の長距離化はどこまで進むのだろうか。日米欧諸国間では、さらなる超長距離となる位置に経済的に密接な往来を必要とする都市はほぼ存在しない。考えられるのは南半球と北半球をつなぐ路線だ。

世界最長路線を飛行する「エアバスA350‐900ULR」(写真提供=シンガポール航空)

たとえばイギリス連邦に属するオーストラリアとイギリスの直行便だ。すでにオーストラリア西海岸パースからロンドンへの直行便は2018年に開設されている。次は、シドニーからロンドンへの便だろう。これが実現すれば新しい世界最長路線となる。さらに遠いのはニュージーランド最大の都市オークランドとロンドンの直行便だ。現実的にはこれが主要都市を結ぶ最後の世界最長路線になるだろう。

■世界シェア17位だからこそ、「ブランド力の強化」が課題

シンガポール航空が新機材を次々に導入して長距離路線を増やしているのは、企業戦略である。シンガポール航空は日本でよく知られているが、認知度と規模は別物だ。

航空業界の規模をみると、2017年のRPK(有償旅客輸送キロ)で17位にとどまっている。国土が狭く国内線の無い中でのシェア拡大は容易ではない。世界の経済成長を牽引するアジアの中心地にあるエアラインとして、欧米主要都市と全て直行便で結ぶのは、アジアリーディングエアラインの使命である。

シンガポール航空は量的拡大よりも質を上げることで「ブランド力」を強化して生き残ろうとしている。

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北島幸司(きたじま・こうじ)
航空ジャーナリスト
大阪府出身。幼いころからの航空機ファンで、乗り鉄ならぬ「乗りヒコ」として、空旅の楽しさを発信している。海外旅行情報サイト「Risvel」で連載コラム「空旅のススメ」や機内誌の執筆、月刊航空雑誌を手がけるほか、「あびあんうぃんぐ」の名前でブログも更新中。航空ジャーナリスト協会所属。

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(航空ジャーナリスト 北島 幸司)

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