頑張らずにニコニコする人ほど幸福になる
プレジデントオンライン / 2019年1月13日 11時15分
■「幸福になるための一番の近道はポジティブになること」
幸せになりたいと願っていても、思うようにいかないのが人生。しかし、大切なのは気持ちの持ちようだ。山口大学国際総合科学部の小川仁志准教授は「幸福になるための一番の近道はポジティブになること。要はマイナス要素をマイナスと捉えない。そうすると落ち込むことがなくなり、常に幸福でいられます」という。
「病は気から」ではないが、こうした哲学の教えは、脳科学でも次第に裏付けられつつある。哲学と脳科学。一見、縁遠そうに思えるが、近年の研究で、2つの学問は親和性が高いことが明らかになってきている。
東京大学薬学部薬品作用学教室の池谷裕二教授は「MRI(磁気共鳴画像診断装置)などで脳のメカニズムが解明されつつあり、哲学や心理学の領域から脳科学へのアプローチが進んでいます。脳研究の学会には心理学者や哲学者が数多く参加しています」と話す。
小川准教授も、「古代ギリシャ時代から二千数百年かけて、いわゆる『ロゴス』、論理と言葉で考えてきた営みを、いま脳科学が証明しようとしており、成果に期待しています」と語る。
このように融合が進む哲学と脳科学を通して、幸福になるための「頑張らない生き方」を探っていこう。
■ライバルを見返そうとがむしゃらに頑張る人は、なぜダメなのか?
ライバルの同期が自分より先に出世した、後輩に追い抜かれた……。「どうして俺じゃないんだ!」と怒り狂う、あなた。不幸や不運な出来事は誰にでも起こる。そんなあなたに、小川准教授は「三大幸福論」の1人、哲学者アランの言葉を紹介する。
「怒りと絶望はまず第一に克服しなければならない敵である。それには信じなければいけない。希望を持たねばならない。そして微笑まねばならない」
アランは楽観主義者といわれるが、アラン自身が「不撓不屈のオプティミズム」と表現するほど徹底したもので、「簡単にいうと決してくじけない楽観主義です」と小川准教授。前向きに希望を持ち、笑顔でいることが重要なのだ。小川准教授自身、総合商社マンからフリーター生活に転落した際に、アランの言葉に救われたという。
「当時の私はエリート意識が強くて、現実を受け入れられず、新たな一歩が踏み出せなかった。楽観的になるとは、怒りや絶望から生まれた緊張状態の“結び目”を解くことにほかならず、その方法の1つが微笑むことなのです」
また、アランは「うまくいったからうれしいのではなく、自分がうれしいからうまくいったのだ」とも述べている。小川准教授は「これは“心と体は一体”というアランの考えを象徴する言葉です。私たちはうれしいから笑顔になると思っていますが、逆に笑顔になることでうれしくなることも成り立つのです」と解説する。
一方、池谷教授は「笑顔になると楽しくなるというのは、脳科学的にも正しいでしょう」と話す。人は笑顔になると、脳の腹側被蓋野とよばれるドーパミン神経系の拠点が刺激されドーパミンが放出される。それが腹側被蓋野の先にある側坐核という快楽や幸福感を司る部位を刺激することで、幸せな気持ちになる。池谷教授は「最新の研究では、笑顔でなくても、楽しいことを考えるだけでも、体の免疫力が上がるということがわかっています」と付け加える。
笑顔で幸福になれ、健康も増進する。いいことずくめではないか。
■明日の会議のために夜通し頭をひねる人は、なぜダメなのか?
明日の会議では新しい企画案を提出しなければならず、徹夜を覚悟。しかし、自信を持ってプレゼンしたアイデアは皆から不評で、上司からダメ出しを食らう。
そんなビジネスパーソンに池谷教授が薦めるのが「怠惰思考」であり、物事を考える途中で「休止期間」を置く。考えを熟成させるための期間といってもいい。それには睡眠が適しているそうだ。
この点において小川准教授も同意見で、「思い切って寝たほうがいいですね」という。実は哲学者も古代ギリシャ時代から「睡眠」を重視し、アリストテレスが次のような言葉を残している。
「醒めているものはすべて眠りうることが必然である。というのは絶え間なく活動することは不可能だからである」
「アリストテレスのいう睡眠とは、感覚が動かないでいる状態のこと。とくに『共通感覚の停止』、つまり意識自体を休ませます。意識には再生産が必要だからで、意識をいったんリセットします。それによってスッキリした頭で考え直すことができて、いいアイデアに結びつくわけです」(小川准教授)
そうした「無意識下でのリセット」の仕組みを、脳科学が解き明かしてくれている。
人は睡眠中、浅い眠り(レム睡眠)と深い眠り(ノンレム睡眠)を繰り返しており、その間も脳は活動し続けている。「海馬では浅い眠りのときには『シータ波』という脳波を出して情報の脳内再生を行う一方、深い眠りのときには、『鋭波』と呼ばれる脳波が出て記憶として保存する作業をしています。つまり、人は寝ている間、記憶の整理と定着を交互に行っているのです」と池谷教授はいう。
起床後には「レミニセンス効果」と呼ばれる現象が起きる。これは記憶した直後よりも、一定時間が経ってからのほうがよく記憶を想起できる現象のこと。「『追憶現象』ともいいますが、朝起きたときにいいアイデアが浮かんだりするのは、この追憶現象によるものです」と池谷教授はいう。
よく多忙で睡眠不足を自慢する人がいるが、いかがなものか。
■何事も人より上でないと嫌で仕方がない人は、なぜダメなのか?
他人の懐事情が気になり、学生時代の友人に比べ、自分のほうが温かかったら誇らしく、寒かったら悔しい。しかし、そんな比較で一喜一憂するのは空しくないか。
「虚栄心と名誉心は、つねに悪いしるしである」
これは哲学者ヒルティの至言だ。
「虚栄心と名誉心のいずれも、人からよく思われたいという気持ちにほかならず、だからこれらが自己否定に基づくものだと指摘しているのです。本当は自分に自信がなく、自分が大したことのない人間だとわかっていて、それを隠すために虚勢を張るわけです」(小川准教授)
他人との比較も根っこは同じだ。
「他人と比較して金持ちになりたい、勝ちたいというのも、ベースには虚栄心や見栄があると思います。要は人からどう見られたいかということです。しかし、上を見ればキリがないですから、常に不安に脅かされ、いつまでも幸せになれません」(同)
他人との比較においては、脳でも独特の動きが見られる。相手が自分よりも格上で、劣等感を抱いたときは、前帯状皮質をはじめとする不安情動や苦痛に関与する部位がより強く活動している。池谷教授は「特に女性は容姿や体形の比較に、男性はステータスに敏感です」と話す。それでダイエットに励んだり、出世競争に血道をあげるのだが、「上には必ず上がいるので、どうしても劣等感にさいなまれます」(池谷教授)。
それなら他人との比較をやめればいいのだが、その際のヒントになるのが、アリストテレスの説く「中庸」だと小川准教授はいう。
「中庸とは『ほどほどな状態』のこと。私流に解釈すれば『60点主義』です。常に100点を目指していては疲れて長続きしないので、ギリギリの合格点を狙うのです。ベストを尽くさなくてもいいという意味ではなく、エネルギーの使い方、ペース配分のことで、思考も同じです。自分を奮い立たせるための他人との比較は最低限必要かもしれませんが、バランスよくニュートラルな状態を保つことが大切なのです」
■どうしようもない失敗にいちいち落ち込む人は、なぜダメなのか?
人間は何か失敗すると絶望したり、いつまでも思い悩むもの。でも、幸せは遠のくばかりである。
「成功も失敗も、結局、あまり大したことではない。大きな悲しみだって乗り越えることができる」
この哲学者ラッセルの言葉を小川准教授は次のように解説する。
「ラッセルは、この言葉に続けて、この世の終わりにつながるような悩みなどなく、ほとんどは時が経てば消えていくものだともいっています。つまり、視点を変える、問題の相対化を行うのです。いまの悩みや不安も50~1000年単位で捉えれば、些細なものに思えるはず。視点を変える究極の状況は、宇宙規模での発想でしょう。明日、巨大な隕石が地球に激突し、世界が終わるとしたらどうですか。いまの悩みや苦しみなどは取るに足らないものになります。悩みや不安は完全にゼロにはできませんが、相対的に小さくすることは可能なのです」
この視点の転換については、脳科学でも興味深い研究がなされている。池谷教授によると、物事を別の視点から見たときにはTPJ(側頭頭頂接合部)の動きが活発化するという。TPJは自分を客観的に眺めるための脳領域で、視点の変化が生じるときには同時に、脳の報酬系(快感を惹起する神経系)も活性化するそうだ。
「物事を別の観点から眺めることを、専門用語で『リフレーミング』といいます。リフレーミングは、幸福とも深い関係があります。わかりやすい例では『初志』。最初の頃の志を思い出すと、すごく幸せ感が高まります。結婚生活がマンネリ化した人も、新婚時代のビデオを見ると、幸せ感が戻ったりする。仕事で行き詰まって悩んだとき、入社時の希望に満ちていた頃を思い返すと幸福感が戻ってはきませんか。『ウェルビーイング(幸福感)』がものすごく復活するというのは、リフレーミングの大きな利点です」(池谷教授)
哲学と脳科学がともに効果があるとする「視点の転換」。いま大きな悩みや不安を抱えている人は、ぜひ問題を相対化してみてほしい。少しは気分が楽になるはずだ。
■仕事を抱え込んで身動きが取れなくなる人は、なぜダメなのか?
常に何かに追われるように仕事をし、そうしていなければ安心できない。そんなときに思い起こされるのが「われわれは、自然を強制すべきではなくて、自然に服従すべきである」という古代ギリシャの哲学者エピクロスの言葉だ。
「彼は、幸福になるためには快楽主義であれといいます。彼のいう快楽とはあくまでも官能的快楽ではなく、『肉体において苦しまないことと、魂において混濁しないこと』なのです」(小川准教授)
つまり、体と心の健康が大切ということだ。仕事に追われる日々では、どちらも害しかねない。
「人は流れに身を任せて生きたほうがいいのです。エピクロスも人間は生物的本能に基づき、自然の摂理に従うことが快楽、幸福につながるといいます」(同)
そうはいっても、人間には理性というブレーキがある。
「人の心は理性と感性から成り、理性は論理的な思考・判断に、感性は本能に基づきます。人間は必ずしも理性だけで物事を判断しているわけではなく、感性による判断もありえます」(同)
実は脳科学の世界でも、同様なことが明らかになりつつある。池谷教授によれば、たとえば人が走り出す際には、その意志が芽生える前に、脳が活動を始めている。つまり、脳がまず行動の準備を始め、その後に「走ろう」といった感情が生まれる。池谷教授は、その仕組みを「反射」と表現する。反射は、その場の環境と、本人の知識や過去の経験で事前に脳で決まり、人はその脳という「自動判定装置」に基づいて行動する。
「自動判定装置が正しい反射をするか否かは、本人が過去にどれだけよい経験をしてきたかに依存します。だから私は『よく生きる』ことは『よい経験をする』ことだと考えています」
そう語る池谷教授の「よい経験」とは、仕事でも学問でも自分が真にやりたいことと、そのための努力である。小川准教授も「自分が望んだことなら、すべてがよい経験になり、それによって感性も磨かれて、よりよい人生へとつながっていくでしょう」と話す。
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山口大学 国際総合科学部 准教授
1970年、京都府生まれ。哲学者。京都大学法学部卒業、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。商社マン、フリーター、公務員を経て哲学者に。「哲学カフェ」を主宰し、市民のための哲学を実践。『絶対幸せになれるたった10の条件』『ピカソ思考』など著書多数。
東京大学 薬学部 教授
1970年、静岡県生まれ。記憶のメカニズム解明の一端として「脳の可塑性の探求」を研究テーマとして、2012年に脳内の神経細胞同士の結合部形成の仕組みを突き止めて米科学誌「サイエンス」に発表。日本が世界に誇る脳科学者。『脳には妙なクセがある』をはじめ著書多数。
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(ジャーナリスト 田之上 信 撮影=石橋素幸、小田駿一 写真=iStock.com)
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