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トヨタがわざとガタガタの車を作った理由

プレジデントオンライン / 2018年11月13日 9時15分

吉田健氏が設計統括を務めたトヨタのアジア戦略車「ソルーナ」。販売期間は1996年から2002年までだった。

どうしたら部下から良いアイデアが出るようになるのか。「出せ」と号令をかけるだけでは意味がない。経済・経営ジャーナリストの桑原晃弥氏は「管理職に求められるのは、部下が知恵を出すための工夫。トヨタが『カローラ』よりも安い車を新たに開発したときの手法がヒントになる」という――。

※本稿は、桑原晃弥『トヨタ式5W1H思考』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■「がんばれ」しかいわないマネージャーは失格

トヨタには、「『がんばれ』しかいえないのでは、管理者ではなく応援団だ」という言葉があります。「あと一歩」の力を振り絞るところで、みんなの「がんばれ」は大きな力になるので、決して応援団が無意味ということではありませんが、問題はそれが組織の管理者の場合です。

トヨタの管理者に求められるのは、部下を「がんばらせる」ことではなく、「がんばらなくても成果が出る方法」を考えることです。

たとえば、生産現場の管理職に求められるのは、作業をしている人たちの仕事ぶりをよく観察して、「なぜあのやり方をしているのだろう?」と問いかけ、「もっと楽にできる方法はないか?」と考えることです。現場で何の気づきもなく、何の改善もせず、何の指導もせず、「がんばれ」「もっとがんばれ」では管理職失格だというわけです。

同様に、部下に向かって「もっと知恵を出せ」「イノベーションを起こせ」とかけ声をかけるだけなら、これもやはり管理職失格です。部下やチームから知恵が出ないのなら「なぜ知恵が出ないのか?」を問い、「なぜイノベーションが起きないのか?」を問うことが求められます。

知恵が出ないのには理由があり、知恵を出すためには工夫が求められます。

■知恵を出させるための驚きの策

吉田健氏は、9代目カローラの主査を務めたのち、鈴木一郎氏の下でレクサスの開発にも携わった人です。その吉田氏がタイを舞台に、アジア戦略車「ソルーナ」を手がけた時のことです。

ソルーナは当時、発展途上だったタイで売る車ですから、カローラよりもはるかに安くつくり、売ることが必要でした。ところが、当時のトヨタパーソンにとって「カローラは一番安いクラスとして完成された車」という強い思い込みがあり、それより安い車をつくるために「アイデアを出せ」と吉田氏がいっても、「そんなものは無理」というのがほとんどの人の反応だったのです。

「なぜアイデアが出ないのか?」と考えた吉田氏が打った手は、なんと、「わざとめちゃくちゃ安くてガタガタの車をつくる」という驚きの方法でした。

それはカローラと比べてどうというレベルではなく、みんなが「これはないよな」というレベルの車でした。すると、その車を見た開発メンバーから次々と意見やアイデアが出てきたのです。

桑原晃弥『トヨタ式5W1H思考』(KADOKAWA)

「いくら安くつくるためとはいえ、せめてここはこうしてほしい」
「さすがにボディーはなんとかしないと」
「サスペンションの品質はもう少し上げたいところ」

こうした批判を経て、次に出てきたのは「ここをこうすれば安くてもいいものができるのでは?」「こうすれば買った人が誇りを持てる車になるんじゃないか」という建設的なアイデアでした。結果、吉田氏の狙いはずばり当たり、ソルーナの開発はここから軌道に乗ることになりました。

■部下やチームを嘆く前にやるべきこと

みんなの知恵を引き出すためには、こうした「知恵の出やすい仕組み」づくりも大切です。トヨタ式の基礎を築いた大野耐一氏の口癖は「困らなければ知恵は出ない」ですが、難しい課題を与えて困らせるだけではなく、時には甘くして困らせることもありました。

若い頃、大野氏は標準作業(効率のいい作業方法)をつくるにあたって、理想を追うあまり、現実離れした標準作業を考案してしまったことがあります。たしかに理想的な立派なものでしたが、あまりに完璧を追求しすぎて実際の現場ではうまく機能しないものになってしまったのです。その結果、こう考えるようになりました。

「標準作業は少し甘いくらいでいい」。これは、でたらめなものでいいということではありません。理想的なものに比べてやや甘めにつくっておくと、実際に「できる」という面もありますし、吉田氏のケース同様、やりながら「ここはこうしたらもっと良くなるのでは」「ここはちょっとやりにくいから、変えたほうがいい」という意見が出やすくなる効果もあるのです。

結果的に、標準作業は頻繁に書き換えられるものになり、気が付けば当初の「理想的なもの」を超え、しかし「現実にやれるもの」となっていく、というわけです。

部下が思うように動かず、期待するようなアイデアが出ないと、なかには「なぜみんな、そろいもそろってバカばっかりなんだ!」と怒ったり、「このチームではだめだ」とあきらめたりする人がいますが、その前にやるべきことがあるのです。

「さらなる高み」や「あと一歩上」を目指したいという思惑がうまくいかない多くの場合、そこには知恵が出るような仕組みが用意されていません。大切なのはみんなが率先して知恵を出したいと思うような仕掛けや仕組みをつくることなのです。

世界時価総額ランキングというのがあります。ベスト10にはアップルをはじめ、アマゾン、グーグルを傘下に持つアルファベット、フェイスブック、マイクロソフト、中国のアリババなどが名を連ねています。目立つのはいずれもIT関連で、イノベーションによって世界市場で圧倒的な地位を占めている企業ばかりです。

一方でかつての常連だったGEやIBM、エクソンモービルなどが順位を大きく下げているのを見ても、今の時代、イノベーションを起こすことができるかどうかが企業の成長を大きく左右することがわかります。

では、日本企業はどうかというと、今やベスト50に登場するのはトヨタ自動車のみです。かつてランキングには日本の金融機関などが名を連ねていたことを考えると、少なくとも時価総額というランキングでは日本企業の地位が著しく低下していることがわかります。

■イノベーションは「なぜ」から生まれる

だからこそ多くの企業はイノベーションを希求するわけですが、イノベーション企業の代表格・アップルの創業者、故スティーブ・ジョブズによると、イノベーションを体系化するとか、「イノベーションの5カ条」みたいなものを社内に掲示するのは「カッコ良くなろうとした結果、かえってカッコ悪くなっている人間みたいなもので、本当に痛々しい」というほど、イノベーションは厄介な存在です。

とはいえ、今や企業にとって、イノベーションを起こせるかどうか、イノベーティブな企業であるかどうかは将来を左右する課題であるのはたしかです。だとすれば、「どうすればイノベーティブな企業になれるのか?」「何がイノベーションを妨げているのか?」を知るのはとても大切なことではないでしょうか。

「プリウス」や「レクサス」で自動車業界に革新を起こしたトヨタの事例は、「なぜ自分の会社ではイノベーションが起きにくいのか?」のヒントを与えてくれます。イノベーションが起きにくい理由、アイデアが生まれにくい理由は「企業の中」にあるものです。それを改善するためには、いくつもの「なぜ」を繰り返すことが有効です。トヨタ式5W1H、すなわち「5WHY+1HOW」は、トヨタのイノベーションを支えているのです。

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桑原晃弥(くわばら・てるや)
経済・経営ジャーナリスト
1956年、広島県生まれ。慶應義塾大学卒。業界紙記者などを経てフリージャーナリストとして独立。著書に『トヨタだけが知っている早く帰れる働き方』(文響社)、『トヨタ 最強の時間術』(PHP研究所)、『スティーブ・ジョブズ名語録』(PHP文庫)、『1分間バフェット』(SBクリエイティブ)、『伝説の7大投資家』(角川新書)など。

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(経済・経営ジャーナリスト 桑原 晃弥)

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