一時は廃校直前に"品川女子学院"の奇跡
プレジデントオンライン / 2018年11月30日 9時15分
品川女子学院は、都内でも屈指の人気を誇る中高一貫校。文部科学省によるスーパーグローバルハイスクール指定校にもなっている。学校行事は生徒が企画・運営し、また企業と商品開発を行うなど総合学習も充実していることで知られる。
しかし実は今から30年近く前、同校は存続の危機にあった。奇跡のV字回復を果たした理由は何だったのか。その立役者である漆紫穂子校長に、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授が話を聞いた。
▼KEYWORD 第二創業
「生まれる前から選んでいたのかと思うほど、教員になることしか考えていなかった。最初の記憶は保育園。先生が子どもたちにいろんな接し方をするのを見て、『私が先生だったらこうするな』という目線で考えていました」。教育者と経営者、どちらの感覚が強いかという私の質問に、漆さんはそう答えました。
同校の創設者、漆雅子さんは曾祖母。父親が5代目校長で、母親が経営を担っていました。家族を通じて経営の大変さを見てきた漆さんは、「学校経営」には関わりたくないと思っていたそうです。しかし、国語教師として都内の私立校に勤めて3年目のある日、東京都が作成した「廃校危険度ランキング」の上位に品川女子学院の名前があることを知ります。さらに、母親ががんで余命宣告を受けました。そこで漆さんは1989年、28歳で品川女子学院に入り、学校経営を継ぐことを決めたのです。「ある年の中学の入学希望者は5人。学習塾に品川女子学院の志願者がいなくて偏差値はなかった」。まさに、どん底からのスタートでした。
■窮地を救う力になる「知の探索」
そこで漆さんが最初に始めたのは、とにかく人に話を聞くこと。これは、いわゆる「知の探索」です。人は認知に限界があり、ごく周辺しか見えません。いろいろな人から話を聞くことで新しい気づきを得るのです。例えば漆さんは学習塾を訪ね、どうしたら生徒に勧めたい学校になれるのかを聞いて回りました。生徒には「この学校のどこが良くないか」「どうしたらこの学校に誇りを持てるのか」と聞き、改革を成功させたという学校にも積極的に足を運びました。そうして品川女子学院の課題に気づき、改革にのり出します。
しかしオーナー家の後継者とはいえ、20代教師の改革案を、ベテラン教員たちがすんなり聞くはずはありません。生意気と思われ、「3年間は意見を言うな」とまで言われたそうです。学校の経営効率を高めようとすれば、教師やPTAの反発も受けました。「経営者になって、教師の心を忘れたんじゃないですか」と言われてショックを受けたこともあったそうです。
そんなとき、90歳近くなる卒業生の言葉が彼女を救います。「その方は、戦争で家を焼かれて新潟に疎開し、義父の介護で東京に戻れなくなった。それでも『線路を見るたびにこの線路は品川に通じている、と思うと頑張れた。この学校だけが私の頼りでした。紫穂子ちゃん、学校を守ってね』とおっしゃったのです。そのとき私は、『私にとっての経営とは卒業生の母校を守ること、教育とは在校生を育てること』だと気づきました」。これこそが漆さんの学校運営のビジョンになっていくのです。
それから彼女がはじめたのは、生徒、親、卒業生、教師すべてのステークホルダーにこのビジョンを共有し、巻き込むことでした。経営状況をありのままに伝え、改善案を一緒に考えてもらうことにしたのです。そして、この学校をどういう学校にしたいのか、どんな教育をしたいのかを話し合います。すると皆に当事者意識が芽生え、一人一人が自ら動くようになったのです。
■「制服の変更」ではベテラン教員から猛反対にあった
このような行動は、経営学ではセンスメーキングと呼ばれます。ミシガン大学のカール・ワイクが提唱した理論で、「経営者がビジョンやストーリーを語り、周囲の共感を得て協力者を巻き込んでいく」ということです。漆さんは、まさにセンスメーキングの達人と言えます。
生徒に対しては、「学校はあなたたちだけのものではなく、卒業生のもの。あなたたちもいつか卒業生になる。制服を着ているあなたたちは、みんなの代表なのよ」と語りかけました。それにより生徒の「人の役に立ちたい」という貢献意識が高まり、学校をより良くしたいという思いが強まる。生徒たちが品川女子学院のブランドをみんなでつくろうという意識を持ち出したのです。
90年に制服を変えようとしたときには、ベテランの先生から猛反対にあいます。しかし当時流行っていた『東京女子高制服図鑑』で「品女の制服はセーラー服の化石」と書かれ、下校時にこっそり私服に着替えて帰っている生徒を見た漆さんは、「生徒が誇りを持てる制服にしたい」と強く思い、若い教師5人とチームをつくってデザインを一新します。できあがったキャメル色のジャケットとチェックのスカートの制服は評判になり、教師たちは改革の成功を目の当たりにしたのです。
経営学では、「成功体験と失敗体験のどちらが重要か」という研究が多くありますが、漆さんは、前者を重視して改革を成功させました。教師・生徒・事務員・PTAそれぞれが「やればできる」という自信をつけ、前向きに行動する意識(内発的な動機)を高めたと考えられます。
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●制服は若手教師5人で考案
公立校と同等の値段に抑えるため、百貨店を通さずメーカーと交渉をしたという。(写真左)
●社会に触れる機会を増やす
「社会で活躍できる女性を育てる」をミッションに、大学や企業、政治などに触れるプログラムを充実。食品メーカーと共同での商品開発(写真右上)やグーグルでのプログラミング体験、有名シェフや政治家を招いての特別講座(写真右下)も実施している。
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■揉め事もオープンにして、ロイヤルティを高める
漆さんはその後も、校舎の建て替えや中高一貫教育への転換、企業と協力しての総合学習の導入など改革を積み上げていきます。その成果もあり、89年からの7年間で偏差値は約20ポイント上がり、入学希望者は60倍になりました。
漆さんは学校説明会でもビジョンをストレートに語るそうです。いいことばかり言うのではなく、教育方針の厳しいところも包み隠さず説明する。とくに、「わが校は失敗と競争と揉め事とマルチタスク(複数並列作業)を大事にします」という話をすると、その場で席を立つ人もいるそうです。必然的に漆さんのビジョンに共感した親しか子どもを学校に入れないということになる。最初からロイヤルティが高いのです。結果、同校では生徒数約1300人の学校に280人ものPTA役員がいて、定員を超える人が毎年立候補する驚異的な状況になっています。
漆さんは言います。「決断をするときに大事なのは、判断軸を持っておくこと。私の判断軸は、『卒業生の母校を守る』ことと、『在校生を社会に有意な人に育てる』ことの2つしかない。決断するときは、この2つの軸を守って判断したと言えるのか、自分が死ぬときに恥ずかしくないかと考える。すると雑念がさっと消えて、進むべき道が見えてくるんです」と。まさにビジョンを大事にされてきたからこそ成功されたのであり、一般の経営者にも学ぶべきところは多いと言えるでしょう。
●所在地:東京都品川区
●生徒数/教員数:1306名/108名
●校長:漆紫穂子(中央大学文学部卒、早稲田大学大学院国語国文学専攻科修了。他校での国語教師を経て、2006年6代目校長に就任)
●沿革:1925年、衆議院議員・漆昌巌の娘、漆雅子によって「荏原女子技芸伝習所」として設立。91年に校名を「品川女子学院」に変更し、中高一貫教育をスタートさせた。
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早稲田大学ビジネススクール准教授
三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールの助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。近著に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』。
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(早稲田大学大学院経営管理研究科教授 入山 章栄 構成=嶺 竜一 撮影=市来朋久)
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