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米国とトルコはサウジ記者を見殺しにした

プレジデントオンライン / 2018年11月21日 9時15分

トルコのメディアが入手したサウジアラビア人記者失踪に関与したとされるサウジ国籍の15人(写真=AFP/時事通信フォト)

トルコのサウジアラビア総領事館での記者殺害事件。この事件では2つの組織が得をした。ひとつはトルコ政府だ。事件のおかげで対米関係が改善し、経済的窮地を脱しつつある。もうひとつは米国の情報機関だ。サウジはトランプ政権と近く、事件は政権にダメージとなった。危機管理コンサルタントの丸谷元人氏は「トルコと米情報機関は協調していた可能性がある」と指摘する。その根拠とは――。(後編、全2回)

■トランプ政権はトルコに厳しい経済制裁を仕掛けていた

今回のジャマル・カショギ記者殺害事件では、サウジアラビアや米国だけでなく、震源地であるトルコにも目を向ける必要がある。

事件の情報がトルコから大量に出てきた背景には、トルコがサウジと多くの面で対立関係にあること以上に、同国の対米関係が極度に悪化していたという事実がある。

近年、欧米から距離を置き、ロシアに接近していたトルコのエルドアン政権では、16年にクーデター未遂事件が発生した。トルコ政府はこれに米国が関与したと断定。CIAのスパイと疑う米国人牧師アンドルー・ブランソン氏を逮捕して拘束していた。

これに対し、トランプ大統領は自らの最大の支持母体であるキリスト教福音派に属する同牧師の解放を要求したが、それをトルコが拒否したため、トランプ政権はトルコに対して厳しい通貨戦争や経済制裁を仕掛けた。そのためトルコ・リラが暴落。もともと過熱気味だった同国の経済を極度に悪化させることになった。

そんなトルコにとってみれば、今回の事件の情報公開は、敵対するムハンマド皇太子のみならず、その皇太子と緊密な関係を持ちつつ自国を経済的に追い詰めてくるトランプ政権に対する痛烈な反撃となった。

その証拠に、トランプ大統領は慌ててポンペオ国務長官をトルコへ急派したが、その直前にトルコ政府がくだんの米国人牧師を突如釈放したことで、トランプ政権は対トルコ経済制裁の解除を示唆するほど態度を軟化させている。トルコ政府は、事件を契機とした鮮やかな情報戦によって、経済的窮地から一気に脱しつつある。

■CIAはカショギに警告せず「見殺し」にした

このような離れ業をトルコが単独でやってのけたとは、にわかには信じがたい。そこで考えられるのが、トルコが事件前から、米国内の反トランプ派エスタブリッシュメント層と協調していた可能性だ。

このことは、米情報機関が事件の直前にムハンマド皇太子がカショギ氏の誘拐を命じる通信を傍受していたにも関わらず、それを同氏に伝えなかった、と事件発生後の早い段階で広く報じられている点からもうかがえる。

米情報機関は歴史的にワシントンのエスタブリッシュメント層と関係が深く。新参者のトランプ政権に対してはロシア疑惑の捜査を進めるなど強く反発してきた経緯がある。

つまり米情報機関は、カショギに対し危険が迫っていると警告せずに「見殺し」にし、そこから一大スキャンダルを演出した可能性がある。そうすることで、ムハンマド皇太子の権威失墜とサウジ旧体制派の復権、さらにサウジの支配権をトランプ政権から一気に奪還することを企図したというわけだ。

■殺害現場の“盗聴”はトルコだけで行ったのか

トルコにとっても、今回のカショギ氏殺害事件を通じて米国の反トランプ派に協力することは、対立するムハンマド皇太子を追い詰めるのみならず、トランプ政権による経済制裁取り下げという一石二鳥を狙える。そうした利害の一致を見て取ったと考えれば、トルコが元々CIAのスパイとして拘束していたはずの米国人牧師を、このタイミングであっさりと釈放して米国に帰国させたことにも合点がいく。

一方で、アップルウォッチを通じて得られたとトルコが主張する事件の音声情報について、欧米の大手メディアが現時点でその入手方法を強く疑う論調を出してはいないのは不可思議だ。

トルコが得たカショギ氏殺害の音声情報が、アップルウォッチではなく、サウジ領事館内部に仕掛けられた盗聴器によるものだった場合、トルコは国際法で禁じられている在外公館に対する盗聴監視活動を行っていたことになり、国際社会から強い非難を受けることになる。しかし現時点でトルコはなぜか「守られて」いるのである。

そう考えれば、この盗聴もトルコが単独でやったのかどうか疑わしくなる。もちろん、根拠のない推測は禁物であるが、この盗聴が最初から米情報機関と共同で行われた可能性がある。

もし、上記の仮説が正しければ、今回のカショギ氏殺害事件は米国エスタブリッシュメント層とトルコ当局による合同の秘密作戦であり、ムハンマド皇太子はまんまとその罠に引っかかったことになる。

■4時間も待ち続けた「婚約者」はテロ組織と関係か

トルコの役割については気になる情報もある。サウジ政府の意向を強く受けているとされるアル=アラビーヤ紙は、カショギ氏が消えた領事館の外で4時間も同氏を待ち続けていたトルコ人の若い婚約者について、国際テロ組織アルカイダやISなどと関係するトルコ系人道支援財団「IHH人道支援基金」と関係がある人物だと指摘しているのだ。

この財団は、ドイツでの活動が禁じられており、仏情報機関もテロ組織との関係を指摘、ロシアの国連大使も「トルコ情報機関のために、シリアの過激派に武器を供給していた」と国連安保理に報告している組織である。

報道が事実であれば、この婚約者はトルコ情報機関と深いつながりがあるということになる。彼女はかつて、2015年に設立されたイブン・ハルドゥン大学のある勉強会に所属していたが、ここの理事会の副会長を務めているのはエルドアン大統領の三男である。

ちなみにこの三男は、国際テロ組織ISがシリアから盗み出した石油を大量に買い付け、違法に売りさばいていた人物だ、とドイツの主要日刊経済紙『ハンデルスブラット』などで報じられており、トルコが2015年11月にロシア軍機を撃墜したのは、シリア内戦に参加したロシア軍がこの密輸ルートを徹底的に空爆したことにエルドアン大統領が激怒したからだとも指摘されている。

■CIAは利害さえ一致すれば誰とでも手を組む

一方で、さらに驚くべきことがある。カショギ氏は今年に入って、10年以上の知己だった50歳のエジプト人女性と米国内で結婚式を挙げていたようだが、30代後半とされるトルコ人婚約者が初めてカショギ氏と知り合ったのは、殺害事件のわずか5カ月前だったのだ。

もしこの婚約者が「ハニートラップ」などの目的で送り込まれていたのだとしたら、この事件自体、かなり以前からトルコ政府によって相当綿密に計画されていたことになる。

CIAは、件のトルコ人婚約者が関係したとされるIHH財団について、少なくとも1996年の段階で「テロリストと関係する組織」と指摘していたが、現在は国際テロ組織とは認定していない。

それどころか、かつてIHHで活動し、エルドアン大統領とも面識のある著名な活動家は、その翌年にはカダフィ政権打倒のためにCIAから資金援助を受け、リビアで戦っている。

一見、複雑怪奇だが、CIAを敵と見なすトルコもまた、利害さえ一致すれば誰とでも手を組みうるのだということを示唆している。これが、国益をかけた国際諜報戦の現実なのであろう。

■三つどもえの鍵を握っているのはやはりトルコ

総じてみると、この事件は単なる反体制言論弾圧事件ではなく、サウジと米国の両国内における本格的な権力闘争の火蓋を切った事件でもあり、トルコ・エルドアン政権にとっては、少なくとも経済面での「起死回生の一手」として機能したのである。

メディアを通じた高度な情報戦を得意とする米国エスタブリッシュメント層と、生き残るための知略謀略に長けたトルコ情報機関の勝利、とも言えるだろう。トランプ政権による経済封鎖完全解除を狙って、トルコはどの情報をどの段階で出せば最大の利益を得られるのかを綿密に計算しているに違いない。

トランプ政権が、旗色の悪くなる一方のムハンマド皇太子を見限り、サウジ旧体制派に秋波を送る可能性もあろうが、米国の反トランプ派エスタブリッシュメント層はそれを決して許すまい。そうなると、トランプ政権は米国の経済覇権の維持に不可欠なサウジをコントロールできなくなり、急激にその権力を喪失しかねない。

今後もしばらくはトランプ派(+ムハンマド皇太子)と米国エスタブリシュメント(+サウジ旧体制派)、そしてトルコという三つどもえの激しい駆け引きが続くだろう。その鍵を握っているのはやはりトルコだ。

■トルコはなぜ、皇太子関与を明言しないのか

もしムハンマド皇太子の権力が失墜すれば、彼が主導する巨額のファンドやプロジェクトの多くが頓挫する可能性もある。そうした「サウジ・リスク」を恐れるようになった世界中の投資家の目は、カタール・マネーに向かいつつある。この流れが加速すれば、恩を感じたカタールはさらに気前よくトルコに対する経済支援を行うであろう。

そうした状況にも関わらず、トルコが現時点でムハンマド皇太子の事件関与にはっきりと言及していないのは、トルコ経済立て直しに必要な巨額資金の出どころとして、サウジ・マネーにも期待を寄せているからではないか。つまりトルコは、ムハンマド皇太子に対する自らのさじ加減一つで、サウジかカタール、あるいはその両方からの経済支援を得られるポジションを固めようとしているわけだ。

状況は極めて流動的であるが、中東地域に進出している日本企業は、この三つどもえの争いがサウジ国内の権力闘争の行方のみならず、それが米国の権力構造にどういう影響を与えるのかなどという点にも注意を払い、現実的で長期的なリスク管理を強化していく必要がある。すでにCIAは、カショギ氏殺害事件についてムハンマド皇太子の関与があったと断定した、と発表しており、事件そのものを早く風化させたいトランプ政権にとっては逆風となっているが、これもサウジ利権をめぐる米国内の戦いの根深さを物語っている。

壊れかけた経済の立て直しを急ぐトルコの動向と、米国内の政治的暗闘の行方には、しばらくの間、特段の注意を払うべきだろう。

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丸谷 元人(まるたに・はじめ)
危機管理コンサルタント
日本戦略研究フォーラム 政策提言委員。1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業、同大学院修士課程中退。パプア・ニューギニアでの事業を経て、アフリカの石油関連施設でのテロ対策や対人警護/施設警備、地元マフィア・労働組合等との交渉や治安情報の収集分析等を実施。国内外大手TV局の番組制作・講演・執筆活動のほか、グローバル企業の危機管理担当としても活動中。著書に『「イスラム国」はなぜ日本人を殺したのか』『学校が教えてくれない戦争の真実』などがある。

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(危機管理コンサルタント 丸谷 元人 写真=AFP/時事通信フォト)

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