視聴者を騙した"イッテQ"は続けるべきか
プレジデントオンライン / 2018年11月19日 15時15分
■「日本テレビには“不適切な取材”が多い」
日本テレビ『世界の果てまでイッテQ!』問題はヤラセではない。捏造である。
日テレでNNNドキュメントや報道番組のキャスターをやり、現在は法政大教授の水島宏明氏は『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)の中で、ヤラセと捏造の違いをこう定義している。
「ヤラセは事実を真剣勝負に見せながら、演技や作為によるものをいう。捏造とは、事実でないことを偽って事実だと伝えること」
これに倣えば、今回の『イッテQ』の「ラオスの橋祭り」は間違いなく捏造である。水島氏はこうも指摘している。
「日本テレビには“不適切な取材”が多い」
2009年3月に『真相報道バンキシャ!』で裏金証言が偽物であることが発覚した。この時は社長が辞任している。
2011年1月には『news every.サタデー』で放送されたペットサロンとペット保険の2人の女性客が、ペットビジネスを展開する運営会社の社員だった。
2012年4月には『news every.』で「食と放射能 水道水は今」という特集を放送したが、「宅配ビジネス」の客として紹介された女性が、実は一般の利用客ではなく、この宅配ビジネスの経営者一族で、大株主だったことが判明。
2012年2月と6月には『スッキリ!』で、出会い系サイトやサクラサイトで詐欺にあった被害者として登場したのが、どちらも弁護士事務所の事務職員だった。
この本が出版されたのは2014年11月だから、実例がやや古いが、その後も、日本テレビの看板番組となっている『24時間テレビ 愛は地球を救う』でも、タレントや芸人たちが走るマラソンにヤラセ疑惑がささやかれている。
■番組のモットーは「ウソとヤラセの完全排除」
なぜ、日本テレビにこうした不適切な取材やヤラセが多いのか。それを考察する前に、今回の『イッテQ』デッチ上げ騒動を振り返ってみたい。
週刊文春(11月15日号)が、日テレの高視聴率番組『イッテQ』の中の人気企画「世界で一番盛り上がるのは何祭り?」にデッチ上げがあると報じた。
この番組は2007年に始まり、12年には年間視聴率1位を獲得している。現在も20%超の視聴率を誇り、4年連続、視聴率3冠を続ける日テレの顔ともいえる存在である。
内村光良をメイン司会者に、イモトアヤコ、ジャニーズの手越祐也らが体当たりの海外ロケに挑むバラエティで、11年、『イモトが挑む南米大陸最高峰アコンカグア登頂スペシャル』は、放送文化の発展と向上に貢献したとして、ギャラクシー賞を受賞している。
この番組のモットーは「ウソとヤラセの完全排除」。だが、文春は同番組の祭りコーナーで「ウソとヤラセがあった」と指弾したのである。
■日本人駐在員が放送を見て不審に思った
5月20日に放送された「橋祭りinラオス」がそれである。芸人の宮川大輔が世界各地で行われている祭りに突撃参加して、その模様を伝える人気のコーナー。
宮川が参加した祭りは100回以上になるそうだが、今回のロケ地はラオスのビエンチャン。年に一度開かれるという橋祭りは、全長25メートルの細い板(これを橋に見立てている)の上を自転車で渡るのだが、4つの球が回転していて、これに衝突するとたちまち泥水に落下してしまう。
20人の参加者による勝ち残り方式。VTRでは会場の盛り上がりも紹介しながら、「町中の人が集まってきた」というナレーションが入る。
この地に赴任して数カ月という日本人駐在員が、この放送を見ていて不審に思った。こんな祭りを聞いたことはないし、周りのラオス人に聞いても誰も知らなかった。
そもそもこの地域ではバイクには乗るが自転車に乗る人はあまりいない。「視聴者だけでなくラオス国民を馬鹿にした」番組だと文春に告発したのだ。駐日ラオス大使館に問い合わせたが、そんな祭りは聞いたことがないという。早速文春は現地へ飛んだ。
■宮川大輔は文春に対し「しっかり調べてください」と言った
現場は、ビエンチャンの中心から徒歩10分の、乾期で干上がってできたメコン川の河川敷。結論からいうと、当日行われていたのはラオス産のコーヒーを宣伝する「コーヒーフェスティバル」で、その隅っこで、番組のスタッフが設営し、撮影したものだった。
コーヒーフェスの実行委員たちは、日本のテレビ局が自転車のアクティビティをやりたがっていると連絡があり、自転車と障害物のボールは日テレ側が用意したと話し、『イッテQ』の映像を見せると「フェイクだね」と断言したのである。
その上、日テレ側は、参加した若者たちに、1位は日本円にして約1万7000円、2位以下にも現金や撮影で使った自転車をあげていた。
これではヤラセなどのレベルではなく、架空の祭りをでっち上げ、視聴者にウソをつき、ラオス国民を侮辱したといわざるを得ない。
だが、これを手掛けたバンコクを拠点に通訳やコーディネートをしている社の日本人社長は、「橋祭りはラオスで行われている」と強弁した。日テレ広報部も「橋祭りはメコン川流域などでかねてから行われている催しで、地元のテレビ局などでもとりあげられております」と、反論したのである。
宮川は文春の直撃に対して、ヤラセがあったかどうかは分からない、橋の祭りと聞いていたからびっくりしたといいながらも、「取材の最後、記者の目を見据えて、こう口にした。『しっかり調べてください』」(文春)
日テレ側は11月8日にも、「『セットなどを設置した事実はなく、番組から参加者に賞金を渡した事実もございません』と説明」(デイリースポーツオンライン11月8日)したという。
■別の祭り企画にもデッチ上げの事実があった
この『イッテQ』のヤラセ問題は、ラオス側が対応を協議しているという報道もあり、国際問題にまで発展しそうである。
日テレ側の「誤解を招く表現があり反省すべき点があった」というだけでは、事態は収まりそうにないと思われた。
日テレ側の対応をあざ笑うかのように、文春は次号(11月22日号)で、別の祭り企画にもデッチ上げの事実があったと報じてきたのである。
それは昨年2月12日に放送された2時間特番『宮川手越2人で挑む奇祭カリフラワー祭り』。
タイの首都バンコクからクルマで6時間かかる避暑地の村で、「カリフラワーの収穫を祝う祭りが年に一度開かれる」として、村人たちが二人三脚で泥沼を駆け抜け、20キロのカリフラワーを収穫するスピードを競った。
宮川大輔と手越祐也がタッグを組んで参加したこの回は、同番組の視聴率歴代7位の22.2%を記録したという。
■撮影許可申請には「野菜の収穫競争」として届け出
だがこの村の村長は、テレビ番組のコーディネーターを夫に持つ地元住民から、「日本のテレビ局の撮影があり、スポーツ交流大会が行われる」としか聞いていないと、文春に話している。
当日会場になったカリフラワー畑を所有する地主の1人も、「あのゲームは、あの時が最初で最後」だと証言する。ここでも優勝者や参加者には、賞金やマウンテンバイクなどの賞品が出ていた。
しかも、現地当局への撮影許可申請には「野菜の収穫競争」として届けを出していることを、文春側は確認している。
万事休す。文春発売前日、日テレ側は白旗を掲げ、祭りをデッチ上げたことを認めざるを得なくなってしまったのである。
「番組の意向でコーディネート会社が主催者になったイベントとして開催したケースがあった」「開催費用や賞金などが支払われていることもあった」と認め、「確認が不十分なまま放送に至ったことについて、当社に責任がある」と謝罪した。
日テレは、この番組をドキュメンタリーバラエティと銘打ち、「ウソとヤラセの完全排除」をうたっていた。だが、「神ってる」かのように高視聴率を誇っていた『イッテQ』が、ウソとヤラセにまみれた“堕天使”になってしまったのである。
■演者がどんなに命がけでも、もはや感情移入できない
文春は、日テレの情報・制作局長の加藤幸二郎氏のこういう発言を取り上げている。
「番組の人格で『イッテQ』は笑いをやっているけれども、相手に対して失礼なことをしているという人格がないから、許してもらえていると思う」
ない祭りをでっち上げ、ラオスやタイの国民を笑いものにすることが「失礼」なことだとは考えなかったのだろうか。
11月15日には日テレの大久保好男社長が謝罪し、祭り企画を当面休止することを発表した。だが、番組自体は当面続けるようだ。
朝日新聞(11月17日付)は、社説で「人気バラエティ番組にいったい何があったのか。すみやかに真相を明らかにして、社会に報告する責任がある」と厳しく批判し、第二社会面でも「『やらせ』疑惑晴れないまま」として、大久保社長が会見でヤラセかどうか明言しなかったのは、「『やらせ』はテレビにとっていちばん嫌な言葉で、ダメージが大きい。なんとかそれを避けて『やりすぎだった』というレトリックで収めなければならない。番組を終わらせたくないのだろう」と、在京キー局の幹部に語らせている。
しかし、この件で視聴者の見る目が変わってくるはずだ。これからは、どこにヤラセやデッチ上げがあるのかを探す楽しみが加わり、演者がどんなに命がけであろうと、もはや感情移入できないだろう。
視聴者が離れ、遠からず番組が消えていくことになるのではないか。
■このままでは「ブスを採らない」フジテレビの二の舞になる
文春の最初の報道に対して、日テレ側の当初の対応はメディアとは思えないほどお粗末だった。その背景にある事情について週刊ポスト(11月16日号)がこう報じていた。
58カ月にわたり「月間視聴率3冠王」を続けてきた日テレが、王座から陥落したというのだ。抜いたのはテレビ朝日。
平日の午前と午後のベルト番組が苦戦しているからだそうだが、鳴り物入りで起用した有働由美子の『news zero』もいまや5%を切ることがあるそうだ。
長年視聴率トップに君臨してきたフジテレビは、
話は横道にそれるが、
「フジテレビはブスは採りません」
フジは、アナウンサーとしての資質よりも、美人かそうでないかが判断の決め手になるというのである。たしかに、一時、フジの女子アナは美人ぞろいで、視聴率に貢献した。
だが、女子アナは消耗品だと気づいた彼女たちは、早々に結婚したり自主退社していったりした。やがて、綺麗、可愛いだけでまともにニュース原稿も読めない女子アナは、視聴者から飽きられていった。
フジから王座を奪取した日テレにとっても、トップの座を譲れば、広告主が離れ、フジの二の舞にならないとも限らない。
■エース級の『イッテQ』に傷をつけるなと厳命か
そのためには日曜日のゴールデンタイムが重要だそうだ。夕方に高齢者を呼び込む『笑点』があり、『鉄腕!DASH!!』と『イッテQ』で子どもから親の世代までを取り込み、『行列のできる法律相談』まで高視聴率をつなげるのが日テレの強みだ。
その中でも『イッテQ』はエース級だという。それがデッチ上げ疑惑で視聴率に陰りが出ればどうなるか。徹底的に否定しろ、番組に傷をつけるなと、経営陣から厳命が下ったこと、想像に難くない。
日テレの中興の祖である氏家齊一郎氏は、日テレ好調の秘密を私に聞かれて、「いつも現場には、
そんな中から『進め! 電波少年』のような迷企画が次々生まれた。お笑い芸人・猿岩石がヒッチハイクで世界を旅するコーナーが人気だったが、96年に、
上からは「コンプライアンスを重視しろ」「視聴率の取れる面白いものを作れ」という二律背反の檄が飛び、現場は混乱しているはずだ。
■「画を撮ってナンボ」というのがテレビの世界
先の水島氏は、バラエティや情報番組に見られる過剰な演出が、「事実・真実の確認」が最優先されるニュースの現場でも深く浸透していると書いている。
「画を撮ってナンボ」というのがテレビの世界だが、それは映像が「事実である限り」という絶対条件が付くことはいうまでもない。水島氏は、不祥事が続発する背景をこう指摘している。
「こうした不祥事が起きると毎回チェック体制ばかりに目が向けられ、発端になった『紹介してもらう取材』のような根本的な背景となっている取材姿勢の問題は軽視されてきた」
今回も、映像や演出などについてはそれなりにチェックしていたのであろう。フライデー(11月30日号)でフジテレビ関係者が、こう話している。
「効率化を図るため、プロデューサーら幹部同席のチェックは極力、最小限にとどめる。各コーナーの担当チームが持ち寄った資料等にサッと目を通し、後は制作会社や放送作家、ディレクターらに詳細を詰めさせるのだそうです」
これでは、ラオスやタイにこうした祭りが本当にあるのか、チェックできるはずはない。
■ヤラセ排除で「BPO」が役に立たない根本原因
水島氏の以下の言葉は、報道の現場について書かれたものではあるが、今回のことにも共通するところがある。
「取材の現場にまったく同じものがないように“不適切な取材”にもまったく同じものはない。だから、この種の不祥事はいつまでも続く。場当たり的な方策を練るよりも、取材や放送にかかわる個々の人間たちのジャーナリストとしての判断や精神を『育てていく』という方向こそが正解だろう」
こうした不祥事が起きると放送倫理の番人「BPO(放送倫理・番組向上機構)」が検証することが多いが、水島氏は、ここは捜査機関ではないから調査権限はないし、あくまで放送局側の自主的な協力に期待するシステムだから、局側が「これはアウトだ」と考えていないと、審議に入ることさえ難しいという。
「BPOには視聴者だけではなく、放送局を擁護するという面もあり、けっきょく何を重視して判断を下しているのか毎回の結論を見ていても分かりにくい。結論の導き方も明確ではなく、放送局の中からも『BPOは毎回ブレている』という批判が多いのが実情である」
私は、バラエティにヤラセ的な演出があっても、それで見ている人たちが楽しんでいるなら、目くじらを立てる必要はないと考える。
だが、ないものをデッチ上げ、視聴者を騙す捏造はあってはならない。今回は度を越しているといわざるを得ない。
NESWポストセブン(11月15日)は、『イッテQ』
■今のメディアの人間は「忖度選手権」で優勝した人ばかり
こうしたことが起きないようにするには、制作する側に、「エンターテイメントといえど、これ以上はやってはいけない」と判断できる人間を育てるしかないが、現状は難しいようである。
私がいた出版社でも同じだったが、権力どころか先輩や上司たちの理不尽な要求にも逆らえないヒラメ社員ばかりが増えている。
日テレの大久保社長が、会見で今回の不祥事を「ヤラセ」と明言しなかったのは、そうした社内の惨状が外に知られることを恐れてのことだと、私は忖度している。(文中一部敬称略)
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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