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北方領土2島先行で崩れる安倍首相の足下

プレジデントオンライン / 2018年11月20日 9時15分

2018年9月12日、柔道のジュニア大会「嘉納治五郎杯」をロシアのプーチン大統領と観戦する安倍晋三首相(AFP/時事通信フォト)

■日本政府の方針は「4島返還」から「2島先行返還」へ

柔道着姿の安倍晋三首相とプーチン大統領が、組み合っている。青畳には「歯舞」と「色丹」の文字が太字で書かれ、その向こうには「国後・択捉 棚上げ」の言葉が見える。

11月16日付の朝日新聞のオピニオン面に掲載されたひとコマ漫画だ。テーマは「領土交渉戦」。ともに黒帯なのだが、飛び出した安倍首相の目がうつろに見える。それに比べ、柔道が得意なプーチン氏はしっかりと安倍首相をにらんでいる。北方領土問題での2人の勝敗を占ったうまい漫画である。

安倍首相は11月14日、シンガポールでプーチン氏と通算23回目の会談を行い、1956(昭和31)年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで合意した。日本政府としてはこれまでの4島の返還を求める姿勢を堅持しながら歯舞と色丹の2島を先行(優先)して返還することを軸に交渉を進める方針のようだ。「4島返還」から「2島先行返還」へ。明らかにロシアに対する外交の方針転換である。

■意表を突いて自国の利益を求める

シンガポールで行われた今回の会談は、プーチン氏が9月の東方経済フォーラムで「前提条件なしに平和条約を年内に締結しよう」と提案してから初の会談だった。

あの東方経済フォーラムでの会談。突然の持ちかけをテレビのニュースで見ていたが、各国の首脳らが出席するなかでプーチン氏はぶち上げた。実にしたたかだった。

東方経済フォーラムは9月12日にロシア極東のウラジオストクで開催された。プーチン氏は突然、「今、思いついたこと」と話し出して提案した。「思いつきのアイデアだ」としながらも「ジョークではない」とはっきりと語った。

安倍首相は直前に演説を終えたばかりで、フォーラムに出席していた中国の習近平国家主席、韓国の李洛淵首相、モンゴルのバトトルガ大統領と並んで座っていたが、プーチン氏の提案を聞いてあぜんとした表情に変わった。

会場からは突然の“プーチン提案”に大きな拍手がわいた。会場にいた各国政府の要人らに巧みに訴え、その訴えが認められたわけである。この会場の拍手が、プーチン氏の外交手腕を物語っている。相手国の意表を突いて自国の利益につなげる。日本人として悔しいが、あれこそ本物の外交なのだろう。

■「2島先行返還」はプーチン氏に揺さぶられた結果

沙鴎一歩は日露首脳会談を扱った9月16日付のプレジデントオンラインの連載(「安倍首相が遅刻魔プーチンを怒れない事情」)で、「むしろプーチン氏に揺さぶられている」との小見出しを付け、次のように指摘した。

「ロシア側は肝心の北方領土問題解決と平和条約締結で『北方四島は自国領』との従来の主張を堅持したままである」
「プーチン氏は12日の東方経済フォーラムでも北方領土問題を棚上げし、安倍首相に対し『あらゆる前提条件を抜きにして、年末までに平和条約を結べないか』と投げかけた。安倍首相は領土問題の解決が前提との立場を崩していないが、むしろプーチン氏に揺さぶられている格好だ」

あのときから、いやその前から、揺さぶられっぱなしなのだ。その結果が「2島先行返還」への方針転換である。

プーチン氏は一筋縄ではいかない。かなり手ごわい相手だ。このままでは得意技の払い腰をかけられ、1本取られるかもしれない。払い腰とは、相手を自分の腰に乗せて脚で払い上げる技だ。

■「終戦直後にロシアに不法占拠された」という歴史的事実

北方4島の総面積は千葉県と同じで、人口は約1万7000人。その大半がロシア人だ。ロシアは北方4島を領土とみなして実効支配している。歯舞群島に国境警備隊を駐留させ、国後、択捉両島には駐留兵士約3500人を配置、地対艦ミサイルも配備している。

ロシアにとって北方4島はアメリカを警戒するための重要な軍事拠点なのである。民間人も多く、ロシア政府は道路や港湾、住宅などのインフラの整備に巨額の資金を投じている。

しかし日本にとって北方4島は、固有の領土だ。「終戦直後にロシアに不法占拠された」という歴史的事実を忘れてはならない。北方4島を日本に戻すためには、外交上の戦略を着実に実行でき、しかも機転の利く首相がいなければならない。相手はプーチン氏だ。安倍首相で大丈夫なのか。不安は尽きない。

■プーチン氏も必死の思いで国益獲得を目指す

日本とロシアにとって北方領土問題と平和条約締結は、戦後70年余り解決できないまま積み残された大きな課題だ。11月14日のシンガポールでの会談はその課題解決に向けて一歩前進した。その点を捉え、「安倍首相はプーチン大統領との間で日露平和条約を締結することに並々ならぬ関心を持ってきた。それが実を結んだ」と高く評価する外交専門家もいる。

だが、プーチン氏も必死の思いで国益獲得を目指すに違いない。プーチン政権は景気の低迷などで支持率が急落している。ここで日本との交渉で負けると、政権自体が崩壊しかねない。それにいま、米露関係はかなり悪化している。安全保障上、アメリカの同盟国である日本に対し、実効支配している島をそう簡単には引き渡さないはずだ。

安倍首相は14日の会談後、記者団に「戦後70年以上残されてきた課題を次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領の手で必ずや終止符を打つという強い意志を大統領と完全に共有した」と語っていた。

■2島返還後も「主権はロシアが保持する」との考え

しかしプーチン氏は翌15日の記者会見で、2つの島を日本に引き渡しても主権はロシアが保持するとの考えを述べた。これまでもプーチン氏は「ロシアと日本のどちらに2島の主権が及ぶかは、1956年の日ソ共同宣言には書かれていない」との解釈を示している。

このように安倍首相とプーチン氏の考えは大きく食い違っている。シンガーソングライターの長谷川きよし氏や作家の野坂昭如氏が歌った「黒の舟唄」と同じように、日本とロシアの間にも「ふかくて暗い河」が流れている。今後の交渉では、そのことをしっかり自覚してかかる必要がある。

■どこまでも安倍首相が嫌いな朝日社説の書きっぷり

新聞各紙は11月16日付の社説で一斉に北方領土問題を扱った。そのなかで、朝日新聞は前述したひとコマ漫画の左横で「拙速な転換は禍根残す」との見出しを立て、冒頭からこう主張する。

「ただし、国境の画定と安全保障がからむ重大な国事である。その基本方針を変えるなら、国民と国際社会の理解を得るための説明を尽くす必要がある」

朝日社説は「ロシアに対する外交方針の転換だ」と指摘し、そうなった経緯や理由の説明を求めている。沙鴎一歩も外交方針の転換との見方には賛成だ。日本政府が「まず2島を優先して返還を求め、その後で残りの2島の返還を要求する。だから4島返還には変わりがない」と弁明したところで、やはりシンガポールの日露会談で分かったのは、日本政府の外交方針の転換である。

ただ朝日社説は返還交渉に日本が成功することよりも、方針転換しても説明しない安倍政権の体質を批判したいようだ。どこまでも安倍首相が嫌いなのだ。この社説が“アベ嫌い”だけから書かれたのだとすれば、大人げない。

■安倍首相の外交を「あいまいな決着」と酷評

そう思って読み進むと、朝日社説は「外交交渉の過程で手の内を明かすのは適切ではない。だが少なくとも今回の合意は、日本政府の方針の変化を示している。歯舞、色丹を優先し、択捉、国後は将来の課題とする『2島先行』方式に、安倍政権は踏み込もうとしているようだ」と書いたうえで、次のように主張する。

「条約を結ぶ際に、『2島返還、2島継続交渉』といったあいまいな決着はありえない。国境を最終画定させない『平和条約』は火種を先送りするものであり、両国と地域の長期的和平をめざす本来の目的にそぐわない」

朝日社説は安倍首相の外交を「あいまいな決着」と酷評する。よほど「4島返還」が正しいと思っているのか。朝日社説には保守的な考えもあるのか。いやいや、安倍首相が嫌いなだけなのだろう。

その証拠に社説の終盤でこう書いている。

「その点でこれまで安倍首相が続けてきた不十分な説明姿勢には、不安を禁じえない」
「首相が残り任期をにらみ功を焦っているとすれば危うい」

“アベ嫌い”がにじみ出ている。

■ロシアが嫌いな産経新聞は「4島返還」を主張

次にロシアが嫌いな産経新聞の社説を読んでみよう。

産経社説は「安倍首相が『2島返還』を軸にした交渉に舵を切ったとの見方が出ている」と書いたうえでこう主張する。

「そうだとすれば、共同宣言以降の60年余り、四島の返還を目指して日本が積み上げてきた領土交渉をないがしろにしかねない」
「合意が、四島返還につながる道筋を示していないのは極めて残念だ。ロシアが、日本は四島を取り戻すという立場を後退させたとみなす恐れがある」

見出しも「『56年宣言』基礎は危うい」「四島返還の原則を揺るがすな」である。産経社説はあくまでも「4島返還」なのだ。その主張はずっと変えていない。だから分かりやすい。

分量も他紙の2倍の1本社説の扱いだ。よほど安倍首相の外交方針の転換が気に食わなかったのだろう。

朝日社説も外交方針の転換を問題視しているが、産経社説と朝日社説とが大きく違うのは、産経社説は安倍首相が嫌いなわけではなく、ロシアという国そのものが嫌いなのである。

■「相手の弱みにつけ込む」のがロシアという国の体質

「先の大戦末期に、日ソ中立条約を破って参戦したソ連が、北方四島を不法占拠した。プーチン氏のロシアが行ったクリミア併合と同じ『力による現状変更』にほかならない」

産経社説がこれまでロシアを批判してきた根拠は、この「旧ソ連の日ソ中立条約を破った参戦」にある。それはロシアという国の体質なのだろう。他国が弱ったところを捉えて攻撃する。相手の弱みにつけ込む。間違いなくプーチン外交もその延長線上にある。だからこそ、日本政府は弱みを見せてはならない。

安倍首相はプーチン氏と深い信頼関係ができているという。しかし中立条約を無視した国の代表だ。プーチン氏はいつ牙をむいて襲いかかってくるか分からない。安倍首相はその辺をどこまで理解できているのだろうか。

■「国の根幹」「先祖」「子孫」という単語を並べる産経

続けて産経社説はこうも書く。

「安倍首相とプーチン氏は『戦後70年以上、平和条約が締結されていないのは異常な状態だ』との認識を示してきたが、それを招いたのは、ひとえに不法占拠を続けてきたロシア側なのである」
「領土は、国民や主権と並んで国の根幹をなすものだ。先祖から受け継いだ領土を守り、子孫に引き継ぐ。不法占拠されている領土は取り戻す。それが今に生きる世代がとるべき立場である」
「色丹、歯舞は四島の面積のうちわずか7%にすぎない。これだけが日本の求めてきた領土返還でないのは自明であろう」

「国の根幹」「先祖」「子孫」という単語が並ぶ。読売新聞以上に保守的な産経新聞だからなのだろう。沙鴎一歩はそこが嫌いなのだが、今回の主張そのものはうなずける。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=AFP/時事通信フォト)

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