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大前研一「ゴーンなしでも日産はやれる」

プレジデントオンライン / 2018年11月29日 9時15分

北フランスのルノー工場で従業員との記念撮影に臨むマクロン大統領(中央)とカルロス・ゴーン同社会長兼最高経営責任者。写真=AFP/時事通信フォト

日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン容疑者の逮捕を、今年5月の時点で予言していたといわれる記事がある。記事の筆者は、ベストセラー『日本の論点』(プレジデント社)の著者で、経営コンサルタントの大前研一氏だ。なぜ予言できたのか。今後のシナリオをどうみているのか。大前氏の特別寄稿をお届けしよう――。

■日産・ルノーの議決権を巡るせめぎ合い

日産自動車のカルロス・ゴーン元会長の逮捕容疑が明らかになって約1週間がたった。この間に日産では臨時取締役会が開かれ、ゴーン氏の会長職と代表権が解かれた。

日産とルノー、さらに日産が出資する三菱自動車を絡めた3社連合がどうなるのかに注目が集まるが、今後の展開を日産にとって有利に運べるかは、“交渉力”によって決まるはずだ。西川社長がどこまで交渉力を発揮できるのかは未知数だが、現状は非常に難しい状況にあると言わざるを得ない。

ここからは、日産にとっての交渉相手をルノーと位置づけて考えなくてはならない。ルノーはフランス政府から15%の出資を受けているため、フランス政府の動きにも目を向ける必要がある。まずは日産とルノーの現時点の力関係を見ておきたい。

日産の株主構成を見ると、ルノーは発行済株式の43.7%を保有している。大株主として、株主総会のときには強い影響力を行使できる状態だ(集計時点によっては43.4%となるが本稿では43.7%として話を進める)。

その一方で、ルノーは問題の発端となったゴーン氏を日産に送り込んだ責任がある。株主として日産の帳簿を閲覧する権利もあったわけだから、監督責任があるという見方もできるだろう。今後日産がルノーと交渉するにあたって、これらの点はひとつの追及材料になる。

差し当たって、日産とルノーの間で攻防が予想されるのが、「取締役の選任」についてだ。

日産は11月22日に臨時取締役会を開いた。ここでゴーン氏の会長職や代表権を解き、事件に共謀したとされるグレッグ・ケリー氏も代表から外したわけだが、両名はいまだ日産の取締役にとどまっている。

■ルノーは手持ちの株数だけで単独決議ができる

取締役の地位を剥奪するには、株主総会の決議が必要だ。大株主であるルノーの意向が直接影響するため、そう簡単にゴーン氏やケリー氏のクビを切ることはできない。そうすると、取締役の解任をめぐって、株主のもつ議決権行使の委任状を争奪し合う「プロキシーファイト」になる可能性もある。

しかも、ルノーは43.7%の株を保有しているため、プロキシーファイトに持ち込まずとも、株主総会の決議を単独で決められるかもしれない。株主総会において単独行使をするには発行済株式の過半数をもつ必要があるが、議決権を行使しない株主が仮に20%程度いれば、残る80%のなかで過半数を取ればいいわけだから、ルノーは手持ちの株数だけで単独決議をすることができるのだ。

■日産出身者を取締役会のマジョリティにできるのか

日産が株主総会におけるルノーの影響力を消滅させる方法がひとつ存在する。それは、ルノーの株式の25%超を日産が取得するというもの。日本の会社法では、たとえばA社がB社の25%を超える株式を持つ場合、B社はA社に対して議決権を行使できなくなるため、このルールを利用するというわけだ。

これを日産に当てはめると、日産はすでにルノーの株式の15%を持っているため、あと10%を買い増しすればルノーによる議決権行使を防げる。そのためには株式の買収資金が必要だが、支払う体力はあるはずだ。

ところが、ここでもまた問題がある。株式買収のような大きな案件は取締役会の決議が必要となるが、ここで意見が割れる可能性があるからだ。

現在の日産の取締役会メンバーは9名で構成されているが、このうち日産出身者は西川社長を含め3人。一方のルノー派は、ゴーン氏、ケリー氏にルノー出身の取締役2名を加えた4人に上る。つまり、ルノー寄りの人間が優勢なのだ(※)。

このほかにカーレーサーの井川慶子氏と、経産省出身の豊田正和氏が取締役に含まれるが、日産側が主導権を握るためには、彼らも含め、今後ゴーン氏、ケリー氏の両名に代わる取締役が日産側とルノー側のどちらにつくのかが大きく影響する。

※初出時、取締役会メンバーを7名としていましたが、正しくは9名です。訂正します。(11月29日19時00分編集部追記)

■ルノーから送り込まれる取締役の人数が重要

今後、ルノーがゴーン氏とケリー氏に代わる新任の取締役を送り込んでくるという話も出ているが、ここで送ってくる取締役が何人になるかで、その後の事態は大きく違ってくるだろう。

もし、ルノーが送ってくる取締役が1人であれば、もうひとり日産寄りの人間を取締役会に据えることで、ルノー寄りの取締役をマイノリティにすることができる。そうすれば、ルノーの株式を自由に買い増すことができるため、ルノーによる議決権の行使を防ぐ戦略を取れるのだ。

とはいえ、ルノーもばかではないから、株の買い増しには警戒をしているだろう。そのため、たとえば会長職をルノー出身者にする代わりに、取締役は日産側の人間が過半数になるようにしてもらうなど、微妙な交渉が必要だ。ルノー側から、交渉の過程で、「ルノー株式の買い増しはしない」といった約束を求められる可能性も十分考えられる。

■ゴーンなき後の日産はどうなるか

日産としては、今後ゴーン氏の排除に向けてルノーと交渉を進めていくだろうが、「ゴーン氏がいなくなれば、日産はもとのオンボロ会社に戻る」といった声もあるようだ。しかし、私は違う意見をもっている。

日本では、「ゴーンがボロボロの日産を立て直した」と考えられており、たしかに私も就任後約5年間の再建手腕は評価しているが、見方が若干違う。なぜなら、日産はもともと技術的には決してボロボロの会社ではなかったからである。

ゴーンが日産の業績を回復できたのは、日産の官僚主義的な不合理を排除したことにあった。労働組合が強く、日産社員を下請け企業のトップに置くといった慣例もあり、合理的な経営判断が難しくなっていたところを、ゴーン氏の“性格の悪さ”を発揮して合理化を進めたわけだ。

しかし、同じことをゴーン氏がルノーで行ったとしても、成果はあがらなかっただろう。これはほとんどの人が見過ごしている点だ。なぜゴーン氏は日産を立て直したのに、ルノー本体は立て直せなかったのだろうか? これは日産とルノーの技術力の差によるものと考える。

だから、ゴーン氏がいなくなったとしても、日産は世界で戦える力を持っているはずだ。私自身、10年以上日産車に乗っているが素晴らしいと実感している。日産がイギリスに置くサンダーランド工場でも非常にいいマネジメントが育っており、そうした人材をうまく使えば、けっこうな経営ができるだろう。

■今年5月に「不穏な動き」を察知できた理由

今年に入ってから私が気になっていたのは、ゴーン氏とフランス政府の急接近だ。これは5月に私が書いた記事でも触れたが、ゴーン氏にはフランス政府側に立たなければ、経営者としての延命が危うい状況にあることが感じられた。

本来、ゴーン氏のルノーCEOとしての任期は今年までだった。これが2022年まで延長されることになったわけだが、私は一連の経緯のなかで、ゴーン氏とフランス政府の間で何らかの“密約”があったのではないかと考えている。

ここで見えてくるのが、フランスのマクロン大統領の思惑である。1977年生まれの若き大統領が生まれたと話題を集めたが、私はマクロン大統領の行動や言動から、“ナポレオン的”な思考の持ち主と考えるようになった。本件に関連させると、マクロン大統領には、「世界に冠たる自動車メーカーを作る」ことへの並外れた関心を感じる。

世界の自動車市場を見ると、日本やアメリカ、ドイツのメーカーが1000万台を超す生産台数を有しており、確固たる地位を築いている。いずれ中国も追いついてくる見込みだが、フランスの自動車メーカーであるルノーやプジョーはそこまでは至っていない。

■ゴーン氏はフランス政府から日産を守る盾だった

しかしながら、ルノーと日産、さらに三菱自動車を加えると、フォルクスワーゲンやトヨタに肩を並べられる。これがマクロン大統領の描いているシナリオである。彼はフランスの経済相だった当時から、そうしたシナリオを描いていたのだ。

こうしたマクロン大統領の意向に対し、ゴーン氏は拒否をする姿勢を見せていたという。つまり、ゴーン氏はフランス政府から日産を守る盾であったわけだが、最近になってゴーン氏がフランス政府寄りになってきたという報道が目立ち始めるようになった。

そうしたタイミングで、ゴーン氏のルノーCEOとしての任期が2022年まで延長されることになったわけだから、フランス政府との間で、何かしらの密約があったと考えるのが自然だろう。

日産内部には「このままでは完全統合に向かい、日産は完全子会社になる」という危機感を持つ人間もいたはずだ。今回の事件を受け、「社内クーデターでは?」という報道があり、この点については会見の際に西川社長は否定したが、私は完全に社内クーデターだと思っている。

■フランスの経済を発展させるうえで日産は重要

これまで見てきたように、今回の事件にはフランス政府の、とりわけマクロン大統領の思惑が見え隠れする。ここで心配しているのが日本政府の対応だ。事件を受け、世耕弘成経産相とルメール経済相が22日に会談し共同声明を出したが、このときのやり取りが気になっている。

この会談の際、ルメール経済相は「日産とルノーの提携関係が進むことは、フランスと日本の双方にとって好ましい」といったレトリックを使っていたが、私からすると余計なお世話だ。

フランス国民にとって、日産とルノーの提携関係が好ましいのは理解できる。ルノーグループの純利益算定の構造を見てみると、年によっては日産が寄与する利益が半分を超えるときもある。長年にわたり貢献を続け、今でもルノーグループの純利益の約40%は日産が寄与している。フランスの雇用を生み、経済を発展させるうえで日産との提携は重要なのだ。

しかし、日本にとっても好ましいかと問われれば、疑問を感じる。なぜなら、ゴーン氏が日産のCOOに就任してから、日産は日本国内においてはシェアを落としているからだ。この間に国内では1位のトヨタは確固たる地位を築き、ホンダは2位に落ち着いた。このほかにも日本には力のある自動車メーカーが多く、日産とルノーの提携関係が解消されたとしても、日本社会に大きな影響はない。

■1987年に起きた「東芝機械ココム違反事件」

世耕経産相は、ルメール経済相の言葉にうなずいていたが、フランス政府の思惑を理解しておくべきだ。本件に関する日本政府の動きを見ていて、私は1987年に起きた、いわゆる「東芝機械ココム違反事件」を思い出した。

これは東芝グループの子会社である東芝機械が、共産圏への輸出が認められていない機械を旧ソ連に販売したことを発端に、東芝グループの製品がアメリカで輸入禁止になるまでに至った事件だ。

この事件は外交問題に発展したため、当時の通産大臣が出ていったわけだが、最後は東芝のトップが辞任することになってしまった。東芝にとって、東芝機械はひとつの子会社にすぎないにもかかわらず、そこまでする必要があったのか疑問だが、政府が出ていけばそういったおかしな事態にもなりかねない。

■ゴーン前会長が食い物にしたのは“日産だけ”なのか?

再び日産とルノーの交渉の展開に話を戻そう。交渉を有利に進め、日産が完全子会社になるのを防ぐためには、「おたくが日産に被害をおよぼしたのだから、完全統合はやめてください」と主張し、納得させなくてはならない。交渉で駄目なら訴訟に移る可能性もあるが、いずれにしても極めて難しい展開になるだろう。

大前研一『日本の論点2019~20』(プレジデント社)

ルノー側の反論として、ゴーン氏を日産で好きにさせていたことについて、日産側の責任を問う声も出てくるはずだ。これはもっともなことだ。おそらく西川社長も無傷ではいられないし、日産を辞めることも考えられる。

そうしたとき、日産にはどのような“攻め手”があるのだろうか? 私が追求すべきと考えるのは、「そもそもの発端には、フランス政府とゴーン氏の密約があったのではないか?」ということだ。

今回の事件の全貌が明らかになるにつれ、見えてくるのはゴーン氏がいかに金に執着していたかという点だ。ここで私が感じたのは、「なぜ日産だけを食いものにしたのか?」という点である。

ゴーン氏は2005年からルノーのCEOとして長年にわたり鎮座しているが、今回のお金にまつわる問題はすべて日産絡みだ。立場としてはルノーに対しても同じことができるはずだが、なぜやらなかったのだろうか? 私は、ゴーン氏にとってルノー、さらにはその後ろに控えているフランス政府を恐れる事情があったのではないかと予想する。

あるいは、すでにルノーの社内でも日産と同じような問題を起こしているのに、まだ明らかになっていないだけなのかもしれない。真相はいまだ不明だが、日産としては、こうした点も厳しく攻め、真実を白日のもとにさらす必要があるだろう。

(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一 写真=AFP/時事通信フォト)

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