安倍首相は"改憲"から"領土"に乗り換えた
プレジデントオンライン / 2018年11月29日 15時15分
■「固有の領土」すらNGワードになった異常
「いちいち反応するのは差し控えたい。私が場外で交渉しているがごとくになってしまう」
11月26日、衆院予算委員会の集中審議。安倍首相は、野党議員から北方領土がロシアに不法に占拠されているのかどうかを聞かれると、奥歯に物がはさまったような答弁を繰り返した。
これまで日本政府は、北方領土は日本の固有の領土で、ロシアに不法に占拠されたものだという説明を重ねて強調してきた。外務省のホームページにも「北方四島は、一度も他国の領土となったことがない、日本固有の領土です。しかし1945年に北方四島がソ連に占領されて以降、今日に至るまでソ連・ロシアによる不法占拠が続いています」と明記されている。
ホームページにもある記述さえも答弁しないのは異常なことだ。翌27日の朝日新聞は「首相答弁 避ける『4島』 『不法占拠』も遣わず」、東京新聞は「首相『不法占拠』言及せず」との見出しをつけて報じている。
■プーチン氏を刺激したくないので、言動が慎重に
安倍首相は11月14日に行ったプーチン・ロシア大統領との23回目の首脳会談で、歯舞群島と色丹島の2島を引き渡すとする1956年の「日ソ共同宣言」を基礎に交渉を加速することで合意した。つまり2島返還を先行させる方向で交渉を進める決断をした。
安倍首相は今後、プーチン氏との会談を重ね、2島返還に道筋をつけたい。その最中に「4島は日本の固有の領土だ」「ロシアに不法占拠されている」と発言することで、プーチン氏を刺激して交渉が暗礁に乗り上げてしまっては元も子もない。だから言動は慎重すぎるほど慎重にしているのだ。
■「年内に改憲の発議、来年に国民投票」は絶望的
安倍首相が北方領土の問題に前のめりになるのと反比例するように、憲法についての発信が減っている。
安倍氏が自身の首相在任中に憲法改正を実現しようと考えていることは論をまたない。ことしの前半には、年内に改憲の発議をして来年に国民投票に持ち込もうとしているとされていた。
ところが9月の自民党総裁選で3選された後、明らかにトーンダウンしている。新しく自民党憲法改正推進本部長に就任した下村博文氏が、改憲論議に乗ってこない野党を「職場放棄」と発言して野党を刺激するなどの「失策」もあったが、安倍首相自身が強引に推し進めようという空気を、あまり感じられなくなったのも事実。年内の発議は既に絶望的。来年中の国民投票も極めて難しい状況になっている。
■「歴史に名を残すような政治家になりたい」
「安倍氏は改憲を後ろに回し、北方領土交渉を優先させようとしている」
安倍首相に近い自民党関係者は、こんな見立てをしたうえで、解説を続ける。
「歴史に名を残すような政治家になりたいと、安倍氏は考えている。言い換えれば教科書に名が載るような実績を上げたい。それが憲法改正だった。しかし2島返還が現実味を帯びてきた。こちらも実現すれば教科書に載るような偉業。優先順位を変えることはあり得る」
■「2島返還」で大筋合意し、参院選になだれ込む
安倍首相は来年6月に大阪でG20首脳会議が行われる際、プーチン氏と「2島返還」で大筋合意し、参院選になだれ込むシナリオを描く。そこで衆院を解散し、衆参同日選に持ち込むことも念頭に置く。
2島返還には、本来なら安倍首相を支える保守層から「国後、択捉の2島はあきらめたのか」という批判が出ることも予想される。しかし「国後、択捉はあきらめない。まず2島を先行させるだけだ」と訴えて選挙に臨めば必ず勝てると安倍首相は信じている。実際、各種世論調査でも「2島先行」への国民の評価は比較的高い。
仮に参院選で圧勝し、改憲勢力が衆参で3分の2を維持したら、そこから改めて改憲に取り組むつもりなのだろう。
■憲法改正は「残りの2年」でやり遂げるつもりか
安倍首相は最近、側近に「参院選が終わったら、(自身の総裁任期までの)2年間はやりたいことをやる」と伝えている。側近は、その時、安倍首相の発言の意味をよく理解できなかったようだが、憲法改正は「残りの2年」でやり遂げたいという決意を語ったのではないか。
もし、それが実現した場合、安倍氏は、沖縄返還を実現した大叔父の佐藤栄作元首相と肩を並べ、最も尊敬する祖父・岸信介元首相が成し遂げられなかった憲法改正も成就することになる。
ただし、これはあくまで絵に描いた餅。海千山千のプーチン氏が簡単に2島返還に応じるとも思えないし、任期が残り少なくなれば政権の求心力が低くなることも歴史が証明している。目指す山が高ければ高いほど、失敗したときのリスクは大きい。
来年は亥年。12年に1度、統一地方選と参院選が行われる年だ。過去の例では亥年の参院選は自民党が敗れることが多い。功を焦るあまり、強引な手法でレガシーづくりを進めることになれば、安倍首相は一気に求心力を失うことになるだろう。
11年前の亥年。安倍氏は1回目の首相として迎えたが参院選で惨敗した後、体調を崩して辞任に追い込まれている。
(プレジデントオンライン編集部 写真=EPA/時事通信フォト)
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