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20代前歴者を雇い住居も与えた社長の"腹"

プレジデントオンライン / 2018年12月6日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/dar_st)

逮捕歴のある人の再就職は難しい。だが、ライターの北尾トロ氏は、住居侵入・窃盗事件の裁判で、感動的なシーンに遭遇した。逮捕された20代会社員を雇い、自宅に住まわせている社長が、情状酌量を訴えていたのだ。北尾氏が「この社長は、世知辛い社会の防波堤となり、被告人を守ろうとしていた」と振り返る――。

■住居侵入・窃盗事件の地味で小さな裁判で起きたドラマ

東京地裁(地方裁判所)のある霞が関のビルには、高裁(高等裁判所)と簡裁(簡易裁判所)も入っている。今回取り上げるのは、簡裁で傍聴した住居侵入・窃盗事件だ。

簡裁は軽微な刑事・民事事件しか扱わないので、多くの場合、あっさり進行する。この日の事件も、被告人が保釈中であることから全面的に罪を認めていると思われた。

被告人は20代の会社員。事件当時勤めていた会社はやめているが、現在は別の会社で働いているという。裁判官の「現在は無職ですか?」という問いに答えたものだが、事実なら、現在の雇用主は被告人が逮捕され、裁判を控えているのを承知の上で雇ったことになる。どういう経緯でそうなったのか、興味深い。

検察官の冒頭陳述で明かされた事件の概要は次のようなものだ。

金に困っていた被告人は実家の隣の家に侵入し、居間などを物色して現金17万円を窃盗。玄関に鍵がかかっておらず家主も不在だと知ったうえで、金があったら盗むつもりで侵入したらしい。その金は生活費、飲み代、ゲームソフト代などで使い切った。

■素人くさい手口の被告人には前歴が多数あった

これについて被告人は、酔っ払って実家に戻ったとき、間違えて隣室のドアをまわしたら開いた、と計画性のなさを主張。真相はわからないが、その後の行動は“味を占めた”という言い方がふさわしい。

1カ月後、今度は自宅マンション(7階)の隣室が不在のときを狙って、ベランダの仕切壁を乗り越えて掃出し窓から侵入したのだ。電気はつけず、スマホのライトを使って物色し、バッグに入っていた1万7000円を盗む。その後、ベランダから部屋に戻り、発覚を恐れてタオルで手すりを拭いたが、対面するマンションの住人が、被告人が部屋に侵入するところを目撃して110番通報した。

盗む意思で侵入しているくせに、結果的に指紋などの証拠を残すずさんな犯行。しかも、侵入するところを見られていたり隣の家だったりといかにも素人くさい手口である。

目撃者が複数いたこと、目撃状況を再現して確認できたこと、前の事件でも容疑者とされていたことなどから逮捕につながった。前科こそないが、被告人には前歴が多数。窃盗も含まれている。侵入した隣の家には女性が暮らしており、身近な男が部屋に忍び込むという恐怖を与えた罪も重い。

■腕利きの弁護士のおかげで示談が成立した

これに対して弁護人は、被告人が素直に罪を認めて反省しているとした上で、2件の被害者に謝罪の手紙を書き、示談が成立していること、すでに20万円と5万円の示談金が支払われていること、最初の事件の被害者から寛大な処分を希望する旨の文書が提出されていることを挙げた。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/whim_dachs)

こうした事件では、被害者との示談が成立せず、厳しい処罰を求められることが多い。そこを素早くクリアするとは、この弁護人なかなかの腕だと思った。

執行猶予は、有罪判決を受けた者に一定期間の猶予を与え、その間に新たな犯罪をおかさなければ刑の効力が失われる制度。社会の中で生活しながら更正できるのだから、塀の中で暮らす実刑とは大きな差がある。示談の成立や被害者の赦しは、そのために有利に働くのだ。

だが、再犯の可能性が低いから執行猶予を付けた、という形にしたい裁判所が気にする点は他にもある。住む家があるのか、仕事(収入)はどうするのか、被告人を監督する親族などのサポートはあるのか、などだ。執行猶予付判決をテッパンにするために、この弁護人、どんな手を打ってくるのか。

■情状酌量を訴えたのは親ではなく、「雇用主」だった

登場したのは、わが子を心配し、泣きながら裁判官に情状酌量を求める親、ではなかった。弁護士は、誰も予想しなかった“スーパー証人”を連れてきた。現在、被告人を雇い、住居も与える雇用主(社長)である。

弁護人はまず、被告人が事件を起こす半年ほど前まで証人の経営する会社に勤務し、退職後に他社で働いていたときに事件を起こし、現在はその会社で再雇用していると明かした。証人が言う。

「辞めてからも連絡を取り、電話だけではなく1、2度会って、戻ってこないかと誘いましたが、当時はやりたいことをしたいと乗ってきませんでした。やりたいこととは、専門的な鍛冶屋の仕事だと聞いていました」

プロの職人としてやっていきたいと被告人は語ったが、何か様子がおかしく、隠していることがあるのではないかと疑った。事実、被告人が盗みを働いていた時期と重なっているが、証人が感じたのは被告人の荒れた気持ちだ。

「被告人は、(私の)せがれの同級生の友人で、昔から知っています。逮捕は、ウチで働いている(被告人の)兄弟から聞きました。夫婦仲が悪く、離婚もして子どもにも会えず、自暴自棄になっていたことが原因のひとつだったようですが、私としては近所の顔見知りの人から盗ったのがショックでした」

■なぜ「社長」は前歴のある20代の更生を手伝うのか

なるほど、そういう縁もあって更正を手伝おうと思い、再雇用を決めたのか。犯罪者を雇うことに消極的な経営者が多い中、たいしたものだと思ったが、話はそれで終わらない。証人は仕事の面倒を見るだけではなく、すべての不安材料を自分が引き受ける心づもりなのである。

「更正のために必要なのはつぎのことだと考えます。一所懸命に仕事をやること。規則正しい生活を送ること。あたりまえのことをちゃんとすること。約束を守ること。小さな子どももいるんで、恥じないように生きて欲しい」

これらを満たすため、証人が実行していることは再雇用以外にもある。

・被告人を自宅に住まわせ、食事も提供
・養育費や借金の返済など、金銭管理を行っている(保釈金も保証人が建て替えた)

裁判所が危惧する、社会復帰後の仕事、住居、生活の管理や監督、これらすべてを保証人が受け持っているのだ。がっちりとした体型、無骨だけど歯切れのいい受け答え。それらすべてが頼もしく見えてくる。

兄弟も雇っているのだから、搾取するような腹黒さはないだろう。「いまは100%こちらで管理していますが、私は手助けをしているだけです。家には半年でも1年でもいてくれてかまいませんが、今後自立するためにも滞納した家賃などをまず返し、その上で貯金もして、社会人として出直して欲しい」

自宅に住まわせて面倒を見る――。自分にできるかと問われたら尻込みする。いまは反省しているとしても、またやるんじゃないかと信用しきれないと思う。でも証人はやるのだ。見返りはない。器のでっかい人である。僕は証人の人を信じる心に感嘆した。

求刑は2年だったが、執行猶予は確実だろう。

■「一服していくか」「そうっすね」

さらに続きがある。1階に降り、ロビーで傍聴メモを整理していると、証人と被告人が肩を並べて歩いてきたのだ。何か話しながら、一緒に開廷表を見ている。その姿は、まるで親子のようだ。被告人も法廷の緊張感がとけたのか、なごやかな顔に変わっていた。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/vxlomegav6)

本物だ。証人の中には、頼まれて仕方なく被告人にとって有利になる話をする人もいると思うが、二人の関係はそうじゃない。証人は世知辛い社会の防波堤となり、被告人を守ろうとするだろう。

こんな社長はめったにいないのではないだろうか。小さな会社だから面倒見がいいのではない。ちょっとでも問題を起こせばクビ、まして犯罪者の雇用などとんでもないと考える企業が大多数だろう。おそらく被告人は、自分がどれほど幸運か、よくわかっていないと思う。

「一服していくか」
「そうっすね」

仲良く喫煙所へ向かうふたりに、僕は心の中で声をかけた。社長には“いいもの見せていただきました”、そして被告人には“あとはアンタ次第だ。ぜひともこのツキを自分のものにして立ち直ってくれ”と。

(コラムニスト 北尾 トロ 写真=iStock.com)

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