なぜ部下は打ち合わせの資料を忘れるのか
プレジデントオンライン / 2018年12月13日 9時15分
※本稿は、鈴木颯人『モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術』(KADOKAWA)を再編集したものです。
■メンタルコーチの仕事についての大きな誤解
「メンバーが思うように動いてくれない」。これは、多くのリーダーにとって普遍的な悩みでしょう。では、どうすれば部下自らモチベーションをもって動いてくれるようになるのでしょうか。実はこれは、あなたがメンバーに対し「どんなふうになってほしいと思っているか」によって大きく変わります。
スポーツメンタルコーチである私の仕事の目的はなんだと思いますか。「アスリートに成果を出してもらうこと」だと思っている人が多いと思います。実際、ご依頼くださるアスリートやその親御さんは、そのつもりでいると思います。
しかし私は、担当しているアスリートに結果を出してもらうことを目的にコーチングを行っているわけではありません。目的にしているのは、クライアントのみなさんに「幸せな人生を送ってもらうこと」です。「結果を出すこと」は、クライアントが幸せな人生を送ることの中に含まれる、と認識しているのです。
■「結果」に固執するリーダーは失敗する
アスリートの場合、まず「幸せになる」という人生の目的があって、それを達成するために「金メダルを取る」とか「アジア選手権で優勝する」といった目標を掲げます。「金メダルを取ること」そのものを人生の目的にしてしまうと、その目標を達成した瞬間に目的がなくなり、その人が“生ける屍”になってしまいます。
目標を達成できなかった場合も同様で、金メダルを取らないかぎり、その人は一生、幸せになれないことになってしまいます。
アスリートに幸せになってもらうのが目的であるため、コーチングを行う過程で、競技に集中することがそのアスリートの幸せにつながらないと気づいた場合、あえて引退後のプランにフォーカスするケースもあります。
リーダーが「結果」に固執していると、メンバーの幸せは大方度外視されます。私なら、コーチングの目的そのものが「自分の評価を上げること」となり、「どうすれば結果が出るか」ばかり考えるようになります。そのような、相手の幸せを考えない人のために、周りが頑張ろうと思えるでしょうか? 信頼関係を築くという観点から見ても明らかにNGでしょう。
■結果を求めないほうが、結果は出やすくなる
リーダーに求められることは、相手の変化を促し、幸せな人生を送ってもらうことです。結果的に成果や結果が出たとしても、それは最終的な目的ではありません。ただし、会社で働いているかぎり、しかもリーダーである以上、結果や評価にまったく無頓着というのはあまり現実的でないでしょう。「相手の幸せのためにコーチングや指導をするなんて荷が重い」と思う人もいるはずです。
そこで、「幸せ」に関するハーバード大学の研究を紹介します。ハーバード大学が1万2000人以上を対象に、30年以上にわたって追跡した「幸福」に関する研究によると、「日々接している周囲の人間が幸せを感じると、本人も幸せを感じる確率が15%高まる」ということです。さらに、「人の幸福度は本人から数えて3人目まで影響する。幸せだと感じている人の配偶者や同僚を通じて、さらにその人の友達や配偶者や同僚も幸せを感じる確率は6%高まる」とされています。
■結果を引き出せるのは「与えること」に注力する人
つまり、メンバーが幸福であれば、リーダーが幸福を感じられる確率は15%アップするということ。さらにリーダー自身の家族や友人にまでその影響が及ぶということです。コーチングを通じてメンバーを幸せにすることに集中すれば、めぐりめぐってリーダーの幸せにもつながるのです。裏返せば、結果や評価に執着しないほうが、リーダーにとって好ましい結果をもたらす可能性が高くなる、というわけです。
では、結果を求めずして結果を引き出せる上司とは、どのような人でしょうか?
一つ言えるのは、「与えること」に注力する人ということです。といっても、モノを与えるわけではありません。シンプルに、相手の喜ぶことをしているのです。私自身も、うまくいかないことやつらいことがあったときは、積極的に他人の幸せにつながる行動を意識しています。
奥さんが喜ぶことをしたり、職場のメンバーの力になるようなことをしたり、結婚した友人に、同級生からメッセージを集めて送ったり、といった“ちょっとしたこと”でいいのです。意識して行動しているうちに、いつの間にか、自分も幸せを感じられるようになるはずです。
■部下の忘れ物は、上司の責任
相手の幸せを自分の幸せだと感じられるようになると、チームの雰囲気も良くなります。そこで加えて重要なポイントになるのが、相手を尊重することです。そしてそのうえで、「自責」の気持ちを持つことです。自責とは、読んで字のごとく、「自分に責任があると考える」ことです。
思うようにいかないことがあると、つい周りのメンバーや環境のせいにしたくなると思います。誰かのせいにすること(他責)は、自分が傷つかずに済む方法、自分を守る方法です。その思考に逃げ込みたいのをグッと我慢して、「何か自分にできることはなかったか」と問いかけるようにしてみてください。
他責の習慣がついてしまっていると、すべての原因を環境やメンバーに押し付けがちです。押し付けられたメンバーは当然、いい気がしません。これでは信頼関係を築くなど夢のまた夢。たとえ相手に原因があるとわかっていても、相手を尊重して自責する。つまり、「自分にできることはなかったか」と、一度振り返るようにするのです。
もちろん、自分にまったく非がないこともあるでしょう。それでも、「自分は悪くない、関係ない」とすぐに決めつけるのではなく、一度自分に問いかけることで、「もっとこうしていたら違う結果になっていたかもしれないな」と、新たな側面で物事を捉えるきっかけになります。それができれば、また同じような失敗が起こることをふせいだり、経験を次に生かしたりすることもできるようになるのです。
■試合当日にユニフォームを忘れる選手もいる
たとえば大事なアポイントの日に、メンバーが資料を忘れてきてしまったとします。前日にあなたが声をかけ、「忘れないでね」と念押ししていたのにもかかわらず、です。この場合、ミスをしたのはメンバー、ということになると思います。あなたなら、ここでメンバーにどんな態度をとるでしょうか?
資料を忘れたことを責めても、結果は変わりません。そこであえて「自分にも何かできることはなかったか」と考えるようにするのです。そうすると、「声かけだけでなく、確認のメールを送る方法があった」「万が一のために、自分も同じものを用意しておけば安心だった」「持ち物のチェックリストをつくって、事前にチェックしてもらうようにすれば良かった」など、次に向けた対応策を思いつくはずです。
実際、私が担当しているアスリートの中には、試合当日にユニフォームを忘れる人もいます。その物忘れを相手の問題だと思えば何も変わりませんが、自分の問題でもあると考えると、伝え方や行動が変わってきます。こういったケースで私は、試合の持ち物のチェックリストをあらかじめ渡しておき、毎回チェックしてもらうようにしています。
相手を尊重し、自責することは、リーダー自身の成長につながり、メンバーからの信頼も高まる、一石二鳥の思考法です。メンバーのミスを指摘する前に、まずは自分の行動を見直し、己を成長させていきましょう。二流のリーダーは「他責」で叱り、責任を追及することで相手を成長させようとしますが、一流のリーダーは「自責」で自分自身を成長させることにより、部下の成長を促すのです。
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スポーツメンタルコーチ
1983年、イギリス生まれの東京育ち。Re‐Departure合同会社代表社員。サッカー、水泳、柔道、サーフィン、競輪、卓球など、競技・プロアマ・有名無名を問わず、多くのアスリートのモチベーションを引き出すコーチングを行っている。
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(スポーツメンタルコーチ 鈴木 颯人 写真=iStock.com)
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