年2000億円"無断キャンセル被害"の深刻
プレジデントオンライン / 2018年12月14日 9時15分
■「無断キャンセル」と「ドタキャン」は何が違うのか
日時を過ぎても飲食店に予約客が来ないことを「無断キャンセル」と言う。飲食店が予約客に電話をしても出ないこともある。近年では予約客が姿を見せないことから「ノーショー」とも言われるようになった。これは旅行業界やホテル業界の隠語が外食業界にも浸透したものだ。
無断キャンセルとドタキャンは混同されがちだが、飲食店にとっては全く別物だ。ドタキャンは、予約客からキャンセルの意思が示されるので、予約日時の1分前の連絡だとしても、飲食店は予約席を開放するなど何かしらの手を打てる。もちろん、キャンセルの意思表示が早ければ早いほど対策の幅は広がる。
ところが、無断キャンセルは予約時間を過ぎても、来るか来ないかはっきりしないお客を待つことになる。その間、他のお客を席に通すこともできず、その席の売上が立たないばかりか、用意した食材や配置したスタッフまでも無駄になるなど見えない損失も多い。さらにはスタッフの精神的なダメージも大きい。無断キャンセルのほうがはるかに悪質なのだ。
■損害額は年間約2000億円に
経済産業省は11月1日、『No show(飲食店における無断キャンセル)対策レポート』(以下、対策レポート)を公開した。2017年から3回にわたって行われた「有識者勉強会」の議論をまとめたもので、筆者も飲食店向けのITサービスを提供する立場として参加した。
対策レポートでは、無断キャンセルが外食業界に与える損害を年間約2000億円と推計。経済的なインパクトが大きく、生産性向上を妨げるものだとしている。また無断キャンセルをなくすために、キャンセル料の設定目安として、コース料理は全額、席だけを予約した場合は平均客単価の5割と言う指針を示した。
ちなみに、これらはあくまで無断キャンセルに対するものであり、事前キャンセルやドタキャンについては言及していない。もちろんドタキャンも飲食店にとっては痛手ではあるが、まずは無断キャンセル対策が重要という認識がある。
飲食店向けの予約台帳「トレタ」に蓄積された予約データを分析すると、予約全体の0.9%が無断キャンセルに当たる。割合としてさほど大きくないと思われるかもしれないが、無断キャンセルで発生した損失は通常の営業ではカバーしにくい。
外食業界は他業界に比べ、雇用を多く生み出しているが、その一方で人手に頼る労働集約型産業で生産性が低い。また家族経営など小規模事業者も多く、ITシステムなどの導入が進みづらい。多くの事業者は無断キャンセル対策の必要性を感じつつも、対策を取れずにいる。
■飲食店側にもできることがある
対策レポートの発表を受け、「飲食×IT」領域の企業5社(favy、ブライトテーブル、ポケットメニュー、USEN Media、トレタ)が集まり、「無断キャンセル対策推進協議会(以下、協議会)」を設立した。
無断キャンセルを減らすためには、消費者のマナーに求めるだけでなく、飲食店側にできることもたくさんある。協議会では、啓発活動に加えて、ツールや仕組みを提供して無断キャンセルがなくなるようにサポートして行く考えだ。
すでに5社ともに、無断キャンセルの防止や万が一発生した場合のさまざまなサービスを提供している。
一例を挙げると、飲食店予約サービスの利用者に対して、メールやショートメッセージサービス(SMS)、アプリのプッシュ通知などで予約日時をリマインドする機能を各社が提供中だ。favyとトレタでは、SMSを活用し、飲食店と予約客との間で予約内容やキャンセルポリシーの合意を取り付けることのできるアプリを新たに提供開始した。
ポケットメニューでは、万が一無断キャンセルが発生した場合、その席を買い取ってクレジットカード会員に向けて再販する仕組みを提供している。飲食店予約代行のブライトテーブルでは、予約代行の依頼者が無断キャンセルをした場合、飲食店と依頼者の間に入ってヒアリングを行う。トレタでは、弁護士などの専門家のサポートもスタートした。
■無断キャンセルはSNSの普及で可視化された
協議会を設立してから、無断キャンセルが増えているのかと質問を受けるようになった。筆者自身も、SNSで無断キャンセル問題を目にする機会が多くなったと感じており、店主が悪質な無断キャンセルを嘆いたり、「許せない!」「悪質だ」と声を上げ、その内容が拡がっている様子をたびたび目にする。
一方で、SNSで無断キャンセルを知ったお客が来店して損失をカバーできるなど、ネットをうまく活用して飲食店側の被害軽減を実現するケースも増えている印象だ。2018年3月には、無断キャンセルが裁判になり飲食店が勝訴したことも話題になった。
だからと言って、無断キャンセルが増えているのかと言えば、決してそうではない。筆者は2000年から十数年間にわたり飲食店の経営に携わっていたが、一定の割合で無断キャンセルは起きていた。当時はその悔しい気持ちを広く発信する機会がなかった。SNSの普及によって情報発信が簡単になったことで、無断キャンセル問題が可視化されたのだろう。
■消費者の意識と3つの無断キャンセル
そもそも、無断キャンセルはどうして起こるのだろうか。原因は大きく3つに分けられる。まずは「うっかり」だ。予約そのものを忘れてしまったり、日時を勘違いしてしまったりする、というケースだ。お客が飲食店へのキャンセル連絡を忘れてしまうこともここに含まれる。会社勤務の人が電話をしやすい昼休みや終業後の時間帯は飲食店にとっては忙しいため、電話が繋がらず、キャンセルを伝えられなかった、ということもあるだろう。最近は、同じ日時に複数の店を予約し、直前にひとつを選ぶというお客も増えているという。そこで、選ばなかった店へのキャンセル連絡を忘れてしまうのだ。
ふたつ目は消費者の「認識不足」だ。無断キャンセルが飲食店の収益を大きく圧迫する事情を理解していないお客は、残念ながらまだまだ多い。だから、仮に予約した飲食店に行けなくなったとき、「きちんとキャンセル連絡を入れる」ことが一般常識になっているとは言いがたいのが現状だ。たとえ無断キャンセルしてもすぐに別のお客で席が埋まると考える消費者も少なくない。無断キャンセルの深刻さを理解する消費者が増えるだけで、無断キャンセルは確実に減らせるものと考える。
最後は「悪意」だ。飲食店に対して不満を持つお客の腹いせや、ライバル店を蹴落とすための嫌がらせで架空の予約を入れ、わざと無断キャンセルをしたりするというケースも、残念なことにゼロではない。
■ITの力を使って無断キャンセルの抑止を
ただし、無断キャンセルの多くは「うっかり」や「認識不足」だ。だから、消費者に対して無断キャンセル問題への理解を深め、マナーの向上を呼びかけ意識を変えることには一定の効果は期待できる。
しかしそれだけでは根本的な解決にはならない。無断キャンセルの背景には、「お客が飲食店にキャンセルの連絡をしたのに電話が繋がらなかった」とか「予約日時の聞き間違い(言い間違い)があった」といった事情があるからだ。ITの力を活用すれば、解決できるケースも少なくない。
■無断キャンセルがなくなれば消費者に利益が還元される
無断キャンセルが減ると何か起こるのか。まず飲食店の損害が減るので、その分消費者に還元できる。無断キャンセルを恐れて「コースのみ」など予約に制限のある飲食店もある。そうした店でも、予約の自由度が上がるかもしれない。あるいは、従業員に還元できれば、モチベーションが上がり、よりよいおもてなしも実現する。飲食店の収益を守ることで、結果としてそのお店を利用する大多数の「善意のお客」も幸せにできるのだ。
無断キャンセルはお客の理解と飲食店の工夫があれば、限りなくゼロにしていくことができる。その一方で、通常のキャンセルはどうすればいいだろうか。体調が悪くなった、事故やトラブルで行けなくなるなどの突発的なトラブルは誰にでもありうることだ。
飲食店の多くは、そのようなお客に対してキャンセル料を徴収すべきだとは考えていない。無断キャンセルをゼロにできれば、それで十分という飲食店が多いのだ。
やむを得ない事情を抱えたお客がリスクを負うことなく、気軽に予約できる環境を守っていくためにも、飲食店を利用する際には、キャンセルがわかった時点でできるだけ早めの連絡をお願いしたい。われわれも、スムーズにキャンセル連絡ができる環境を整えることで、飲食店とお客の双方のお役に立っていきたいと考えている。
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トレタ代表取締役
2013年に株式会社トレタ設立。飲食店向けの予約/顧客台帳サービスを提供。パナソニック、外資系広告代理店を経て2000年に飲食店を開業。立ち飲みバー「西麻布 壌」、とんかつ「西麻布 豚組」、豚しゃぶ「豚組 しゃぶ庵」などの飲食店を経営。ツイッターを活用した集客で「外食アワード 2010」を受賞。2011年には食の写真投稿アプリ「ミイル」をリリース。「食の未来アカデミア」のラボ長を兼任。2018年11月より無断キャンセル対策推進協議会理事長。
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(トレタ代表取締役 中村 仁 写真=iStock.com 画像・写真提供=トレタ)
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