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「女子会」命名は居酒屋チェーン「笑笑」

プレジデントオンライン / 2019年2月16日 11時15分

「女子会」ということばで、女性は外に飲みにいきやすくなった。(AFLO=写真)

■「女子会」や「加齢臭」はなぜ定着したのか?

「女子会」「加齢臭」「婚活」――これらのことばには共通点があります。それは、あるとき生まれて、人々の間に広まり、市場をつくり出したことです。このような言葉はどのように生まれ、市場創造へと至るのでしょうか。

私がこのようなことばとマーケティングの関係について興味を持ったきっかけは、2000年前後に起きた「癒し」ブームでした。1999年「リゲインEB錠」(第一三共ヘルスケア。当時は三共)のテレビCMに使用された坂本龍一の「エナジー・フロー」という曲がインストゥルメンタルでオリコン初の1位になり、またソニーの犬型ロボット「アイボ」がヒットしました。こうした現象について、多くのメディアが「癒しの時代にフィットしたからだ」という説明をしていたのです。実際、コンピレーションCDからホテルの宿泊プラン、木造注文住宅に至るまで、多様な業界で「癒し」ということばを使ったマーケティングが行われていました。

■「局所的豪雨」か「ゲリラ豪雨」か

この「癒し」ブームでわかったのは、ことばは特定の商品やカテゴリーを超えて、巨大なマーケットをつくることができるということでした。さらに、私たちの振る舞いすら変えてしまうことがあります。今では当たり前のように使われている「癒し」「癒されたい」という表現は、00年以前はほとんど使われることはありませんでした。98年に出版された『広辞苑』第5版を見ると、「癒し」という名詞はなく、「癒す」という動詞しか掲載されていません。その意味も、「病気や傷をなおす。飢えや心の悩みなどを解消する」というものでした。一方、00年代以降の「癒し」は、多くの場合、自分自身を癒すものとして使われています。「癒し」ブームは、私たちのことばの使い方まで変えてしまったのです。

市場を創造したことばの1つに「女子会」があります。女性だけの飲み会や食事会を表すことばとして定着していますが、もともとは、リクルートライフスタイルのクーポンマガジン「HOT PEPPER」が、居酒屋チェーンの「笑笑」を運営するモンテローザと「わらわら女子会」という女性専用のプランメニューを09年から提供したことが始まりのようです。

居酒屋といえば男性が利用するイメージが強いですが、担当者によれば、実は主婦や女子大生など、女性同士の食事の場としても利用されている事実があったそうです。その事実にラベルをつければ売れると考え、「女子会」と名付けたところ、大ヒットしました。さらに、「女子会プラン」をモンテローザだけで独占せず、他社でも展開することで、飲食業界全体に波及しました。

同じ「HOT PEPPER」で失敗した例に「サマ会」があります。暑気払いにラベルをつけることで、夏の宴会需要を高めるのがねらいでした。みんなで日頃の労をねぎらう「おつかれサマ会」、ひとりで楽しむ「おひとりサマ会」などのコピーを用意したものの、「女子会」のように裏付ける事実がなかったため、普及しませんでした。

「加齢臭」も市場を創ったことばの1つです。資生堂が99年、「ノネナール」という物質が中高年者の独特の体臭の原因であることを発表し、命名しました。科学的な根拠と同時に、その体臭に対する中高年の不安という事実があることで、このことばがインパクトを持って受け入れられたのでしょう。

これらの例を踏まえると、市場を創造することばは、あらかじめことばになっていない事実があり、それに適切なラベルを与えることによって、その事実が顕在化し、多くの人の関心を集め、それにまつわるさまざまなビジネスに展開すると考えられます。逆に言えば、どれだけうまいことばをつくったとしても、そのことばが表す事実がなければ、市場創造にはつながらないということです。

そうしたことばをつくるには、2つの方法があります。1つは「一からことばをつくる」方法です。例えば、「公園デビュー」ということばは、光文社の「VERY」という雑誌から生まれました。以前は、結婚・出産を20代でする人が多く、公園に子どもを連れていってもコミュニティに入りやすい状況がありました。しかし、昨今は結婚・出産のタイミングが人によって大きく異なり、親のバックグラウンドも多様化したため、公園でのコミュニティづくりが一大事になってしまった。その状況をうまく表したことばと言えます。

もう1つは、認知科学でよく言われることですが、「既知なるものから未知なるものを類推する」方法です。例えば、「ゲリラ豪雨」ということばがあります。気象の専門家によると「局所的豪雨」が正しい表現だそうです。しかし、我々素人にすれば、「ゲリラ」ということばは、「いつどこに現れるかわからない」ことのメタファーとしてわかりやすく、すっかり定着しています。

すでに知っていることばとくっつけることも有効です。例えば、「婚活」ということばは「就活」から派生したことばです。「活」の前に別の漢字をくっつけることで、何かを一生懸命やるという意味として捉えられやすくなるわけです。2文字で表現できると、メディアでも使いやすいため、「終活」「妊活」「美活」「朝活」など、さまざまなことばが生まれています。

■「食べるラー油」はなぜブームになったか

市場を創造することばは、4つの類型に整理することができます。

1つめは「呼称」です。「コギャル」「美魔女」「草食男子」などのように、ある種の特徴を持つ人々を表します。

2つめは「行為」です。「婚活」「クールビズ」「断捨離」など、ある種の行動を表します。

「呼称」や「行為」のことばには、よい面と悪い面があります。よい面を挙げると、「女子会」や「婚活」ということばは、それを行う人たちを解放することにつながりました。「女子会」は女性同士で外で飲むことのハードルを下げましたし、「婚活」は結婚相手の紹介サービスを利用しやすくしました。悪い面としては、ことばができることで、特定のイメージを押しつけられたと感じ、不快感や拒否感を覚える人もいるということです。

3つめは「脅威」です。「加齢臭」「脇汗」「メタボ」などのように、解決すべき問題を顕在化させます。この場合は、脅威と同時にその解決策を提示することでマーケットが生まれます。ただし、安易にマーケティングに使うと、消費者に「金儲けのために危機感を煽っている」と捉えられ、反感を買うリスクがあります。

4つめは「カテゴリー」です。最近の例では「クラフトビール」「サードウェーブコーヒー」などが挙げられます。カテゴリーは1つのブランドだけでは成立しません。例えば、サントリー「ザ・プレミアム・モルツ」の登場で「プレミアムビール」というカテゴリーが広まりましたが、以前からそのカテゴリーにはサッポロの「ヱビスビール」がありました。しかし、1ブランドしかなかったためにカテゴリーとして広まらなかったのです。このことから言えるのは、カテゴリーを1社で独占するのではなく、他社とともに広げていくことの必要性です。少し前に「食べるラー油」がブームになりましたが、あのときは、先行した桃屋に、それまでラー油市場で9割以上のシェアを持っていたS&Bが、対抗商品をぶつけたことによって話題になり、広く認知されることにつながりました。

いずれにせよ、賛否両論が起きるようなことばのほうが話題になりやすいため、市場の創造につながる可能性は高まります。ただし、そういうことばは炎上するリスクもあり、使う場合には注意が必要です。

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松井 剛(まつい・たけし)
一橋大学大学院経営管理研究科教授
一橋大学商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)。専門はマーケティング、消費者行動論、文化社会学など。著書に『いまさら聞けないマーケティングの基本のはなし』『ことばとマーケティング』、共著に『欲望する「ことば」』など。

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(一橋大学大学院経営管理研究科教授 松井 剛 構成=増田忠英 写真=AFLO)

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