柳井正"これまで読んだ中で最高の人事本"
プレジデントオンライン / 2019年1月11日 9時15分
■人事の本では、これまでで最高の1冊
――本書をお読みいただいてありがとうございます。
著者の「東海さん」て、なんか聞いたことがあるなって思ったのだけれど、思い出しました。僕は大学を出て最初にジャスコに就職したのですが、そのときの面接官が小嶋千鶴子さんだったんです。その小嶋さんが「東海くん、東海くん」と呼んでいた。その声をね、読んでいて思い出しました。
それにしても、この本は久々の傑作だと思いました。経営とは人事のことなんです。この本は今まで僕が読んだ人事の本の中で最高の本です。だから最高の経営の本ともいえる。小嶋さんの言葉という素材が最高なのはもちろん、著者の東海さんがそれを実によくまとめている。小嶋さんは僕と経営に対する考え方が全く一緒。この本、全社員に配りたいくらいです。
■小売業の経営者を超えている小嶋千鶴子
――小嶋千鶴子さんについてはどのような印象でしょうか。
これを読むと、やはり小嶋さんがイオンの実質的な創業者だなとよくわかります。小嶋さんは小売業の経営者を超えていますね。小嶋さんは実に見識が広い。その広い見識をもとに、教育者であり、クリエイティブディレクターでもあり、組織をまとめることもする。それこそ真の経営者なんだと思います。
人事というのは、人間そのものを理解しないといけないのだけれども、さらには組織と人間の関係、社会の成り立ち、未来予測といった全方位的なことを知らないかぎりできないものなんです。さらに、必要なのは厳しさと愛情ですね。小嶋さんにはそのすべてが詰まっている。
本では厳しさばかりを書いているけれど、僕の真意も同じです。読んでいて小嶋さんと僕は性格がすごく似ているんじゃないかと思います。やはり経営者はこうでないといけないと思いました。小嶋さんは本当にすごい人だと思います。
■「退職する時、小嶋さんにだけ手紙を書いた」
――柳井さんがジャスコに就職したのはどういった経緯だったのでしょう。
家業の洋服屋(小郡商事)がダイワというショッピングビルをつくったんです。その共同経営者の長男がジャスコに就職するので、お前もいっしょに行かないかと言われて。僕は「できたら仕事をせずに一生を過ごそう」というタイプだったので就職についても特になにも考えていませんでした。でも親父がそういうのだったらしょうがないな、ということで、就職したんです。
5月に入社して次の年の2月まで。在籍していたのはわずか10カ月です。しかしこれを読んで思ったのは、僕はやっぱり小嶋さんの影響をものすごく強く受けたんだということです。
――小嶋さんと接触はあったのですか?
小嶋さんは人事部長でしたからね。何回かお会いはしました。具体的に言われたことや何かはほとんど覚えていなくて、「うるさい人やな」ということくらい(笑)。
しかし、退職するときは、小嶋さんにだけ手紙を出しました。こういう理由で退職しますという手紙を書いたんです。この人だったらひょっとして僕の気持ちをわかってくれるんじゃないだろうかと思ったのです。それぐらいジャスコでは印象深い人でしたね。
■岡田卓也さんは豪胆な実行者
――岡田卓也(イオン名誉会長)さんとは交流はなかったのですか?
在職中に1回だけ、岡田卓也さんに会いました。岡田さんに言われて覚えていることがひとつあって、「商売はアタマで考えるものじゃない。カラダで慣れろ」と。地味なスーツを着ていらしたんで、卓也さんの印象は「この人えらい地味で実直な人だな」。現場主義の人だったのだと思います。
小嶋さんが会社の構想を練ったり、人間的な側面を見たりして、岡田さんは実務を行った。いまでいうところのCEOが小嶋千鶴子さんで、岡田卓也さんがCOOですね。会社の基本的なこと自体は、彼女のほうがよく理解していたのではないかなと思います。岡田さんは豪胆な実行者だったのではないでしょうか。
当時は、岡田屋、フタギ、シロで合併をするのに、シロの経営内容が非常に悪い、という話を岡田さんがされていたのをよく覚えています。
■若い人への教育が徹底されていた
――ジャスコでの仕事はいかがでしたか?
教育が行き届いていた会社だというのは感じましたね。僕は最初に雑貨売り場に配属されたのですけど、そこのフロア長が僕より2年ぐらい上で、とてもよくできる方だった。そのフロア長は、最後は九州ジャスコの社長までされたと聞いています。
「ジャスコはすごいな、2年しか違わないのに、僕とはえらい違いだ。こんなしっかりした人がいるんだ」と、それぐらい若い人への教育は徹底されていましたね。それこそ、小嶋さんとか著者の東海さんがしっかりと担当されていたんだと思います。
一方、店長とか、その下にいた人とはいつもケンカしていました。フロア長が「ネクタイをしてこい」というから、「雑貨売り場で荷物を運ぶのに、ネクタイは必要ないでしょう」って。新入社員だったけど、くってかかっていましたね。
そうしたらフロア長が「それなら、まあ、いいよ。柳井くん」って。でも、そういうことがいえる会社だった。いい思い出ですね。最初の配属は四日市の本店で。そのあと、実家が紳士服を扱っていたので、紳士服売り場へ異動になりました。でも、あまり紳士服での思い出はないです。
■ジャスコを辞めて英語の専門学校へ
小嶋さんが作った星雲寮というのが四日市にあり、そこで僕も若い大卒の人と一緒に生活していました。2人1部屋だったかな。その人は警察官になるって言って、辞めていきました。「柳井くんも警察官にならないか?」なんて、声をかけられてね。もちろん断ったけれど、僕自身も仕事に情熱がもてなくて、すぐに辞めることになりました。
――ジャスコを辞められてからは、すぐに家業に戻られたのですか?
いえ、その後、上京して、留学しようと英語の専門学校に入りました。高校の同級生のアパートに住まわせてもらったのです。だけど、彼はもう勤めていたので夜にならないと帰ってこない。僕は学校が終わってすぐに帰ってきては時間を持て余している。そのギャップに自分が惨めになってね。
そもそも勉強も地に足が着いていないものだから、なかなか身につかないし、いやになってしまったんです。親も帰って来いというし、半年くらいして実家に帰りました。それで家業に入ったんだけれど、そんな息子が従業員に対してああでもない、こうでもないって言うものだから、社員が全員辞めてしまった。自分で振り返ってみてもあのときは最悪でした。
■「小嶋さんの言葉がイオン最大の資産」
――経営者として、この本をどのように読まれますか?
イオンにとっては、小嶋さんの言葉、これが最大の資産ではないでしょうか。ジャスコの合併というのは、小嶋イズムで全社合併し、小嶋さんの考えで実質的には岡田屋に経営が統一されていったのではないかと思います。それくらい小嶋千鶴子という人は強い人です。
小嶋さんはその当時ドラッカーなども相当勉強されていました。僕は、ドラッカーはビジネスの学者じゃないと思っています。ビジネスをする“人”とは何なのか、個人と組織の関係、会社との関係、組織はどうあるべきか、世の中はどう動いていくのか、そういうことを説いているのだと思っています。
■小売業経営者への警鐘でもある
小嶋さんも経営をそのように理解されていたのではないでしょうか。そしてそれを教育体系の中に盛り込んでいた。だから、これだけイオンは大きくなったのではないかと思います。ほとんどの小売業の人は、「いかに売るか」しか考えていません。しかし、小嶋さんは違った。単に商売だけではなしに、人間とは何かをすごく理解しようとしていた人、それが小嶋千鶴子さん。そういう経営者は小嶋千鶴子さん以外、会ったことがありません。
――小嶋千鶴子さんの哲学がいま世に出てきたことはどういう意義があるでしょうか。
この本からは著者の東海さんが抱いている、小売業への危機感もとても強く感じました。本来、小売業というのはもっと人を大切にして、人に投資するものだった。ところがいまは資本による統治のみで組織だけが肥大化していく。この本は、小嶋イズムを受け継いだ東海さんによる小売業経営者への警鐘でもあると思いました。
(ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長 柳井 正 聞き手・構成=プレジデント社書籍編集部)
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