コダックが倒れ富士フイルムが残ったワケ

プレジデントオンライン / 2019年2月23日 11時15分

■なぜ富士フイルムは、ヘルスケア事業に進出できたのか

グーグルやアマゾンを代表とする米国のIT企業が躍進し、世界中で事業を急速に拡大している一方、ものづくりで成功してきた日本企業は、いまだに迷走している感があります。国内では、政府主導で米国流の株主利益主義が浸透し、さらには中国企業が台頭してくる中で、日本企業はかつて成功したパラダイム(考え方の枠組み)のもとに、ひたすら効率を高め、コストを削減して、利益を上げようとする方向に進んでいます。

しかし、こうしたやり方を続けていては、変化の激しい環境には対応できません。重要なのは、コスト削減よりも付加価値を最大化することです。そのためには、パラダイムの変革が必要であり、企業には、従来と異なる能力が求められます。それが今、経営学の世界で注目されている「ダイナミック・ケイパビリティ(変化対応自己変革能力)」です。

提唱者のデイビッド・ティース(カリフォルニア大学バークレー校教授)は、企業の能力をオーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)とダイナミック・ケイパビリティの2つに区別しています。

オーディナリー・ケイパビリティとは、現状を維持しながら、より効率を高める能力、コスト削減能力、管理能力などのテクニカルな能力(技能的適合力)を指します。この能力は利益を最大化しますが、付加価値を最大化するものではありません。

環境が変化すると、この能力だけでは対応できなくなります。変化によって生じた環境と企業活動のギャップを埋める能力がダイナミック・ケイパビリティです。変化に対応するために、既存の資源(資産・知識・技術など)を再形成、再配置する能力(進化的適合力)のことです。変化を感知する(センシング)、利益を生み出す機会を捕捉する(シージング)、資産を再編成し変容する(トランスフォーミング)、という3つの能力によって構成されます。

ダイナミック・ケイパビリティは、オーディナリー・ケイパビリティを変革する、より高次な能力です。オーディナリー・ケイパビリティだけでは、その場限りの対応に留まるため、企業は進化できません。ダイナミック・ケイパビリティを併せ持つことによって、企業は時代の変化に合わせて進化していくことができるのです。

■縮小する市場に、どう手を打つか

ダイナミック・ケイパビリティの有無が明暗を分けたのが、イーストマン・コダックと富士フイルムのケースです。写真フィルムのトップメーカーだった両社は、1990年代にデジタルカメラが普及し始めると、将来的に写真フィルム販売が大幅に落ち込むことを認識していました。特にコダックは、デジタルカメラに利用されているコア技術を発明した会社でもありました。

デジタルカメラの普及というピンチをチャンスに変えられた。(時事通信フォト=写真)

両社とも写真フィルムに関する高度な技術や知識資産を保有していましたが、コダックはそれらの資源を有効利用することなく倒産しました。一方、富士フイルムは事業を多角化して生き延び、以前よりもさらに成長しています。

コダックは、早い時期から市場の変化に伴う脅威を感じていましたが、アメリカ企業のため株主主権(「会社は株主のものである」という考え方)に基づいて利益最大化を求め、オーディナリー・ケイパビリティのもと、一方でコスト削減に励み、他方で豊富な資金で大量の自社株を購入し、株価対策を講じていました。

これに対して富士フイルムは、株主主権に基づく利益最大化ではなく、会社として生き残るために、ダイナミック・ケイパビリティのもと、既存の高度な技術や知識資産を再利用・再配置して事業を多角化し、そこに保有資金を投入しました。

既存の資源を活かして成功した製品として、写真フィルム技術を利用した、液晶を保護するための特殊なフィルムや、写真フィルムの乾燥を抑えるために利用していたコラーゲンをめぐる技術を応用した化粧品などがあります。さらに現在は、サプリメントや医薬品の開発まで行っています。

■OSとアプリケーションの関係を形成する

コダックと富士フイルムの明暗を分けたのは、技術や知識、資金の力ではなく、オーディナリー・ケイパビリティでその場限りの対処をしたか、ダイナミック・ケイパビリティで大胆に既存の資源を再構成したか、という違いにあったのです。

ダイナミック・ケイパビリティの必要性を、経営学的に説明してみましょう。現在が成功している状態で環境が変化しなければ、保有する資源を最大限活用していることになり、機会費用(資源を他の行為に投じた場合に得られる最大の利益)は小さくなります。しかし、環境が変化しても現状を維持し続けると、保有する資源を最大限活用できていないことになるため、機会費用が大きくなり、逸失利益(本来得られるはずの利益)を失っていることになります。こうした機会費用や逸失利益を小さくするためには、環境の変化に合わせて、既存の資源を再構成するダイナミック・ケイパビリティが必要になります。

しかし、現状を変えるには、現状から利益を得ている多くの利害関係者を説得しなければならず、取引コスト(取引をする際に生じるさまざまなコスト)が発生します。そのため、取引コストを上回るメリットが出るように、既存の資源を再構成する必要があります。

その際に注目すべきものとしてティースが挙げているのが「共特化の原理」です。単独では特殊で大した価値はなくても、相互に結合することによって大きな価値を生む資源の組み合わせがあり、その原理に従って再構成を考えるべきだとティースは言います。

しかも、共特化には企業内の結合だけでなく、企業間の結合も含まれます。生物は外部のものを利用して進化してきました。人間も、視力を補うために眼鏡を作ったり、速く移動するために自動車を造るなど、外部のものを活用して進化してきました。企業も同様に、内部だけでなく外部にも目を向けて、ビジネス・エコシステムを形成することが重要だと指摘しています。

共特化の例として、OSとアプリケーション、自動車とガソリンスタンドなどの関係が挙げられます。

ビジネス・エコシステムの例では、ソニーがプレイステーションでゲーム業界に参入したときの戦略が挙げられます。ソフト開発企業や販売店と協力して、共にメリットが得られる関係を築くことで任天堂を破りました。

また、広島県の特産物である「広島レモン」のブランド戦略でも、ビジネス・エコシステムが形成されました。カゴメとの商品開発や、料理家や飲食店を巻き込んでのレシピ開発、航空会社やJRと連携しての商品販売などを展開し、成功しています。

ダイナミック・ケイパビリティは、日本企業に適した能力だと思います。なぜなら、日本企業は欧米企業と異なり、職務権限が曖昧で、職務転換が可能だからです。これは、変化に対応して人員を再配置・再構成しやすい性質を持っているということです。

しかも、日本企業は多くの知識資産を持っています。それらを柔軟に再配置・再構成・再利用できれば、変化の激しい環境でも乗り越えていくことができるはずです。そのためには、社内にどのような資源があるのか、再点検が必要です。富士フイルムは、資源の再点検を徹底的に行ったそうです。

日本企業には、自社の強みだけをとことん追求する傾向がありますが、それだけでは環境の変化に対応できません。一段高い視点に立ち、環境の変化を常に意識して資源の再構成を考えることが必要です。

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菊澤研宗(きくざわ・けんしゅう)
慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科教授
慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。専門は組織の経済学、ダイナミック・ケイパビリティ論、比較コーポレート・ガバナンス論。著書に『ダイナミック・ケイパビリティの戦略経営論』(編著)、『改革の不条理』『組織の不条理』など。

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(慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科教授 菊澤 研宗 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)

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