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イキった会社員は動物園のサルに過ぎない

プレジデントオンライン / 2019年2月13日 9時15分

QUANTUM クリエイティブディレクター川下和彦氏(撮影=原貴彦)

やりたい仕事ができない時には転職するしかないのか。博報堂の子会社で事業創造を手がけ、執筆活動も行う川下和彦氏は「単独で行動するよりも、会社のリソースを活かしたほうが可能性は広がる。組織でオリジナルな仕事をしたければ、“サバンナ”である社外の空気を吸うことが大切だ」と強調する――。
連載『センスメイキング』の読み解き方

いまビジネスの世界では、「STEM(科学・技術・工学・数学)」や「ビッグデータ」など理系の知識や人材がもてはやされている。しかし、『センスメイキング』(プレジデント社)の著者クリスチャン・マスビアウは、「STEMは万能ではない」と訴える。
興味深いデータがある。全米で中途採用の高年収者(上位10%)の出身大学を人数別に並べたところ、1位から10位までを教養学部系に強い大学が占めたのだ(11位がMITだった)。一方、新卒入社の給与中央値では理系に強いMITとカリフォルニア工科大学がトップだった。つまり新卒での平均値は理系が高いが、その後、突出した高収入を得る人は文系であることが多いのだ。
『センスメイキング』の主張は「STEM<人文科学」である。今回、本書の内容について識者に意見を求めた。本書の主張は正しいのか。ぜひその目で確かめていただきたい。

第1回:いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚(山口 周)
第2回:奴隷は科学技術、支配者は人文科学を学ぶ(山口 周)
第3回:最強の投資家は寝つきの悪さで相場を知る(勝見 明)
第4回:日本企業が"リサーチ"より優先すべきこと(高岡 浩三)
第5回:キットカット抹茶味がドンキで売れる理由(高岡 浩三)
第6回:博報堂マンが見つけた"出世より大切な事"(川下 和彦)

第7回:イキった会社員は動物園のサルに過ぎない(川下 和彦)

■サラリーマンが“檻”から出る意味

サラリーマンとして働いていると、ある意味で“鋳型”にはめられる感覚がありますよね。組織の思想や手法に同調できる人間が評価され、できない人は排除されてしまう。そうしたあり方は20世紀の大量生産時代においては有効だったかもしれませんが、今は状況が変わりつつあります。

現代のように複雑さの増した時代には、個人が自ら考え、生き抜く力が必要です。こうした力を、私はあえて“野性”と表現していますが、長らく鋳型にはめられてきた現代人は、ある意味で野性がそがれている状況にあるのかもしれません。

こうした考え方に通じる指摘が、『センスメイキング』にありました。本書には「『動物園』ではなく『サバンナ』を」という項目があり、「現実世界に回帰せよ」といった内容が書かれています。

■会社の中は「動物園」

サラリーマンにとっての動物園とは会社の中のことです。社内では、大抵の場合同じ分野の人間が同じ部署でまとまっていますよね。動物園ではライオンはライオン、キリンはキリンで同じスペースにまとめられていて、異なる動物同士がお互いに接する機会もなく、やがて本来の野性は失われてしまう。

安全な社内から社外に踏み出すことは、動物園からサバンナに出ていくことに似ています。私が意識的に社外に出て、職域外の人と出会うのも、ある意味で野性を取り戻すための行動と言えるでしょう。

社外に出てみると、さまざまな出会いがあります。ひとつの出会いが新たな出会いにつながり、自然と野性のセンスが磨かれていく感じがします。もちろん、仕事によっては社外に出にくい場合もあると思いますが、休日に社外の人と会うだけでも人生に良い影響があるでしょう。会う人数は少なくても構いませんから、その人の関心事や疑問に触れる機会を増やすことが、きっと人生の糧になるはずです。

■AIやIoTが奪う「考える力」

現代人のセンスが衰えているのは、皮肉なことに便利なツールによる影響も少なくありません。AIやIoTの登場によって生活は楽になっていくばかりですが、これが考える力の低下につながっていることは明らかでしょう。ツールを使うこと自体は否定しませんが、丸呑みする前に注意しておきたいところです。

考えてみると、自動車が生まれたことで人間の脚力は大きく低下しました。実際、かつて東海道五十三次を歩いていた頃に比べると、日本人の多くの脚力は失われているのではないでしょうか。そしてごく一部のトレーニングを行っている人だけが脚力を保っている。

そういった意味で、これからはセンスを磨くためのトレーニングも一般的になるかもしれませんが、自分の感覚に自覚的になることは、今すぐできるはずです。昨今はデザインシンキングなど、とかく「思考法」が話題になりますが、思考よりむしろ、「気持ちわるい」「心地よい」といった感覚を大事にすることが、センスを磨くうえでは意味があると思います。

■2カ月で200本の映画を見てマーケティングを学んだ

また、文化・芸術に関わる作品に触れることも有効だと思います。私自身のことを振り返ると、博報堂に入社した当時、マーケティングの発想を培うために相当な数の映画を見ていました。休日も含めると、2カ月で200本程度は見ていたでしょうか。

それだけ集中して映画を見ていると、グッと響くシーンのパターンが見えてきます。そうすると、だんだんと人の心に届く広告の作り方が感覚的に分かってくる。『センスメイキング』の書籍では、文学や歴史、哲学などの人文科学から審美眼を磨くことを提唱されていますが、私自身の経験からも、業務と一見関係のないことが仕事に必要なセンスを高めてくれることがあると確信しています。

センスを磨く方法に近道はありません。エッセンスだけを抽出したガイドブックを読んでいても効果は期待できませんから、じっくりと時間をかけ、答えを探す行為そのものに意味があると信じて取り組むと良いでしょう。

■あえて「花形部署」から外れる

センスを磨くために、環境を変えることも重要です。ポイントは、自分にとって良い影響をもたらす可能性の高い環境に身を置き、逆は避けること。たとえば、満員電車に乗っていると、周りの人も自分もイライラしてトラブルが生じるリスクが高まりますよね。だったら、少し早起きをしてすいている電車に乗ればいい。

サラリーマンの勤務環境に関して言えば、多くの人が花形部署を望むと思いますが、私はあえてメインストリームから外れた場所に身を置くことも、センスを磨く意味では有効と考えています。花形部署から外れると、ハングリー精神が育まれるのはもちろん、注目されていないからこそ、自らやりたい仕事を考え、センスを活かす仕事をできる可能性を高めるからです。

私も、最初はメインストリームであるかどうかより、自分の価値をどう築いて行くかを考え、チャレンジに対する自由度が高いと思う部署を志望しました。その結果、仕事を通じて外部の有識者やメディアなどと幅広いネットワークを作ることができ、それが私自身の糧になったと思っています。

■「変わった人」が「変える人」になっていく

環境の大切さは、私の幼少期の経験からも実感します。私は最初、兵庫県の都市部に住んでいて、本でもプラモデルでも、すぐに買いに行ける環境だったのですが、家庭の事情で同県の田園エリアに引っ越してからは環境が一変しました。歩けど歩けど田んぼしかない場所でしたから(笑)。そうなると、面白いことをするには何か行動を起こさなくてはならないわけです。

クリスチャン・マスビアウ『センスメイキング』(プレジデント社)

このときに私は、「欲しいものを自分からつかみに行く」ということを学んだような気がします。統計上、都市部出身者に比べて地方出身者の方が社会人になって活躍しているという話もありますので、あえて自ら望んで不便な環境に身を置いてみることも、センスを磨くには必要なことなのでしょう。

ここ数年、組織の中にいながら、鋳型にはまらずに活躍する人が増えてきていると感じます。そうした人たちは、他の人と違った動きをしますから「変わった人」と思われがちですが、彼らのそうした動きが組織に活力を与え、新たなビジネスを生み出すことも少なくありません。つまり、「変わった人」が「変える人」になっていく。

私自身、博報堂に入社して以来、一度も転職の経験はありませんが、社外の人たちと関わりながら仕事の幅を広げており、組織のやり方に縛られないことで、ユニークな事業を生み出せている気がします。

■いきなり会社を辞めてはいけない

組織に属しながらオリジナルな仕事をするには、やはり社外の空気を吸うことが必要です。これはセンスメイキングに通じることだと思いますが、時代の変化を肌身で感じることが、後から思いもよらない形で自分の仕事につながっていきます。

とはいえ、いきなり社外に飛び出すことを不安に感じる人も少なくないでしょう。そうした時には、「飛び出す」ではなく、「はみ出す」と意識してみるといいかもしれません。少しずつ外の世界に触れて、合わなければ戻る。それでいいのです。

時々、「社外に出よう」としていきなり会社を辞めるような極端な行動を取る人もいます。しかし、私は会社を辞めることを推奨しているわけではありません。私自身、転職経験はありませんし、単独で行動するよりも会社のリソースを活かした方が、実はやりたいことができる可能性は高まるとも思っています。

■まずは小さな成功事例をつくる

そもそも、会社自体が時代に応じて変化するものですから、今は会社にやりたい仕事がなくても、永遠にその状況が続くわけではなく、自分のやりたい仕事を実現できるようになるかもしれません。博報堂も、現在は広告にとどまらない事業創造も手がけていますが、数十年前はテレビCMの制作がメインでしたし、さらに遡ると雑誌広告を主に扱っていました。こうした組織内の変化を感じ取ることも、センスメイキングのひとつです。

とはいえ、現実問題として組織の上司に「これをやりたい」と相談しても、うまくいかないこともあるでしょう。そんなときには、「まず小さな成功事例をつくる」ことを意識すると良いと思います。

いきなり正面を切ってアイデアだけを上司に見せてしまうと、とくに新しいチャレンジの場合NGになる可能性が高い。そのため、まずは自分だけで小さなトライをやってみて、目に見える成功事例やプロダクトができたら、そのタイミングで上司に相談すると、認めてもらえる可能性が高まります。場合によっては、アイデアを会社の仕事としてスケールさせる方向に進むかもしれません。

自分のやりたいことがあるのに、それを自主規制することほどつらいことはありません。まずはできる範囲でサバンナに出て、自分のやりたいことを実現させるためのセンスを育ててみてはいかがでしょうか。

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川下 和彦(かわした・かずひこ)
QUANTUM クリエイティブディレクター
1974年兵庫県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2000年博報堂入社。マーケティング部門、PR部門を経て、グループのスタートアップ・スタジオQUANTUMでクリエイティブディレクターとして新規事業開発を担当。著書は『コネ持ち父さん コネなし父さん 仕事で成果を出す人間関係の築き方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ざんねんな努力』(共著、アスコム)など。

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(QUANTUM クリエイティブディレクター 川下 和彦 構成=小林義崇 撮影=原貴彦)

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