「ずっと同じ医師」に頼るのがダメな理由
プレジデントオンライン / 2019年3月23日 11時15分
※本稿は、「プレジデント」(2018年12月31日号)の掲載記事を再編集したものです
■こんなに違う日本の開業医と欧米の「家庭医」
山本周五郎が小説で描いた『赤ひげ診療譚』の昔から、日本には高度な医学教育を受けた専門医があえて野に下り、病に苦しむ庶民を助けるという伝統がありました。今でも医学部で専門医教育を受けた医師たちの多くが、大病院の医師ではなく町の一般医として開業しています。元は心臓病が専門でも、開業後は風邪でも胃腸炎でも何でも診ますというスタイルです。
こうした「元専門医の開業医」というあり方は欧米では一般的ではありません。なぜなら欧米、特に欧州では「家庭医」が1つの専門領域として成立しているからです。家庭医は医学部での教育内容も臓器別の専門医とは異なり、広く浅く疾患の知識を身につけ、そのうえでコミュニケーション術やカウンセリング術を学んでから開業します。
開業といっても日本のようにレントゲンや超音波の設備などを所有する大きな診療所を持たない医師も多いですし、せいぜい聴診器と注射くらいで時には往診もしています。
彼らの役割は「ゲートオープナー」。患者が必要としている専門的な医療やケアの扉を開け、適切に受けられるように支援することなのです。
病気になればどの病院にでも受け付けてもらえる日本とは違い、欧州では緊急時を除き、家庭医を通さずに病院を受診することはできません。家庭医があらかじめ患者を振り分けることで、医療資源の無駄遣いを防いでいるのです。
■日本でも新制度がスタートした
日本の厚生労働省もこうした家庭医制度をまねて、2018年4月から「総合診療医」を専門医とする新制度をスタートさせました。
一方、「神の手」と呼ばれるような高度な専門医が在籍するのが高度専門病院です。こちらは現在、「センター化」といって一カ所に集約する政策がとられています。
今後、地方では患者数の激減によって病院(特に公立病院)が存続の危機を迎えるといわれています。そう遠くない将来には、県庁所在地クラスの都市に大学病院や高度な総合病院が1つ、それより小さい都市には200床未満の中小病院があるかないか、という状況がやってくるかもしれません。その中では医療の高度化もあいまって、これまでは急性期医療で頑張ってきた中小病院も、高度な難しい治療には手を出せなくなると見られています。
すると、がんや脳卒中、心筋梗塞など大がかりな手術や処置が必要な疾患は、多少遠くても大学病院や総合病院といった「センター病院」に集まるはずです。
そして腰痛や人工股関節手術などの整形外科領域や、肺炎、糖尿病、リウマチなど複雑な内科疾患は実力のある中小病院がきちっと管理し、より一般的な疾患や慢性期の下支えは、開業医が担当する。このような3段階の構造が出来上がるでしょう。
■「神の手」と「赤ひげ」どちらを選ぶべきか
こういった状況認識をしたうえで、遠方の「神の手」と地元の「赤ひげ」のどちらに診療を任せるべきか、というテーマについて考えてみましょう。まず言えることは、病気やそのステージ(病期)によって、選択の仕方が違ってくるということです。
たとえば、がんや心筋梗塞のように、最初の治療方針が成否を分けるような複雑な病気は、総合病院などの専門医に診てもらうべきです。すなわち「神の手」です。
他方、高血圧や脂質異常症(高コレステロール血症)、痛風(高尿酸血症)などシンプルな病気は、地元の開業医で診てもらうほうが後々の通院を考えても便利です。つまり「赤ひげ」を選択するべきです。
判断が難しいのは、2型糖尿病など、新しい薬がどんどん出てきて、治療法が複雑になっている病気です。
薬の組み合わせ次第で逆に悪化することもありうるので、最初は専門医を受診して、治療方針を確定してもらうほうがいいでしょう。その後、2型糖尿病の管理がうまい地元の開業医を紹介してもらうという形にすると、通院や待ち時間の負担が軽くなります。要するに、大病院と地元の開業医との「使い分け」です。
こうした使い分けができるのは、日本の医療制度ならではの利点といえるでしょう。
■地元の「赤ひげ」意外な"活用法"
ところで、「赤ひげ」――すなわち地元の開業医については、次のような「活用」の仕方もあるということを申し上げておきましょう。
一昔前までは「100%治癒」を目指していたのが医師をはじめとする医療者ですが、近年は患者の希望に沿って、リスクが高い治療や、苦痛ばかりが長引く延命治療を控えるようになっています。
ただ、高度専門病院の若手医師は「患者を救う」使命感に燃えて、患者に治療を強いてしまうことがあります。
「いや先生、私はこう思うから」と伝えることができればいいのですが、自分の希望を話すことができない患者が多いのも確かです。そうした際に、いつも診てもらっている「赤ひげ」先生に相談ができると心強いと思います。
日本の開業医はもともと専門性が高いと申し上げました。がんや脳卒中など、急性期を脱した後に専門的なケアが必要な病気であっても、場合によっては治療を任せられる専門性を備えた「赤ひげ」が町中で開業しているのです。たとえば、長期にわたる術後の抗がん剤治療を、開業した元・がん専門医が診ることも珍しくありません。
欧米の家庭医は手術に関する相談ごとや、終末期ケアにも丁寧に対応していますが、日本の開業医はそうした役割を果たせるうえに、専門性も備えています。こうした身近な医療資源をうまく使わない手はないと思います。
----------
中央大ビジネススクール教授
多摩大大学院特任教授。医学博士、総合内科専門医、経済学博士。1961年愛知県生まれ。名大医学部卒。著書『医療危機 高齢社会とイノベーション』『治療格差社会』など。
----------
(中央大ビジネススクール教授 真野 俊樹 構成=井手ゆきえ 撮影=大杉和広 写真=iStock.com)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
1万人の高齢者を診た医師が指南、治療よりも薬を飲むよりも“効く”「老いない」生き方
週刊女性PRIME / 2024年4月20日 6時0分
-
「悪い病院」「ひどい主治医」の見分け方 分野の異なる診療科を標ぼうするクリニックは要注意、やたら入院をすすめる病院も要警戒
NEWSポストセブン / 2024年4月16日 16時13分
-
病院を口コミサイトで探している人の「落とし穴」 自分に合った病院を探すにはどうするのがいいか
東洋経済オンライン / 2024年4月6日 6時50分
-
医師が推奨「がん患者の緩和ケア」なぜ大事なのか 緩和ケアには延命効果が、家族も対象に
東洋経済オンライン / 2024年3月29日 17時0分
-
希少疾患早期発見のための専門医相談プログラム、国立がん研究センター医師監修でスタート
PR TIMES / 2024年3月27日 11時15分
ランキング
-
1「いつまでも結婚できない40代男性」の勘違い…高年収でも女性から選ばれない“深刻な原因”
日刊SPA! / 2024年4月25日 11時11分
-
2老けるスピード3倍も!老化を早める体の酸化って?予防のための7つの習慣
ハルメク365 / 2024年4月25日 16時0分
-
3初期から老眼鏡をかけっぱなしにすると「老眼」が早く進む【一生見える目をつくる】
日刊ゲンダイ ヘルスケア / 2024年4月25日 9時26分
-
4平均月23万円だが…〈初給与〉に心躍る大卒新入社員〈給与明細〉を見て愕然「天引き額が多すぎる!」
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月25日 7時15分
-
5「ボケ防止に納豆はどこまで有効か」の最終結論…医師が解説「脳に効く食べ物」をめぐる驚きの真実
プレジデントオンライン / 2024年4月25日 15時15分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください