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動画より具体的"超初心者用"料理本の中身

プレジデントオンライン / 2019年2月13日 9時15分

荻田尚子『魔法のケーキ』(主婦と生活社)

料理の初心者向けの「動画レシピ」が人気を集めている。だが主婦と生活社の料理本編集長・小田真一さんは、「料理の初心者こそ本を参考にしてほしい。編集者が試作を重ね、表現にこだわっており、『誰でも必ず同じように再現できる』という点には自信がある」と話す。そのこだわりとは――。

■10万部ヒットのケーキレシピ

料理本業界で数多くのヒット作を手がけ、注目を集める編集者がいる。実用書の老舗出版社「主婦と生活社」の料理編集・編集長の小田真一さんだ。

2006年に当時100円ショップの人気商品だった「スキレット」(小型フライパン)を使ったレシピ『ジュワッと! 100スキCOOKING』(みなくちなほこ)は複数のテレビ番組で取り上げられ、09年にはブームになりつつあったケーク・サレ(おかずケーキ)も扱った『パウンド型ひとつで作るたくさんのケーク』(若山曜子)は発売10年で12刷のロングセラーになるなど、時流を読んだ料理本をヒットさせている。

15年に刊行した『魔法のケーキ』(荻田尚子)も、版を重ねて現在では9刷10万部を超えた。発売直後からネットでも話題となり、「レシピ本大賞 in JAPAN 2016お菓子部門」で大賞を受賞。ふわふわのスポンジ、濃厚なクリーム、弾力あるフラン(牛乳や卵などをタルト生地に流して焼いたもの)という3層が折り重なったケーキを、1つの生地を焼くだけで作れるという手軽さと目新しさで、多くの人の興味を引いた。多くの類似本が後追いで出版されたのも、ヒットの証しといえるだろう。

■フランスのアマゾンをパトロール

手がけた書籍の中には著者である料理研究家からの持ち込み企画もあるが、小田さんのアイデアの源泉はフランスのレシピ本だ。フランスのアマゾン(Amazon.fr)を月に数回“パトロール”し、気になる本を買っては翻訳アプリを使って読んでいる。

「大学時代に第二外国語でフランス語の基本的ルールを学んでいたことも助けにはなっていますが、レシピは材料さえわかれば、どういう工程かはたいだい想像がつくんです」(小田さん)

前述の『魔法のケーキ』も、フランスで人気のケーキ「ガトーマジック(魔法のケーキ)」をアレンジしたレシピ集だ。フランスの料理本からアイデアを得て、それを元に日本人に好まれるようなレシピを著者である料理研究家が作っていく。この黄金の方程式により、ヒット作を世に送り出してきた。

■動画の再生数は伸びたが……

フランスからの“直輸入レシピ”の最新作が、2018年10月に発売した『並べて包んで焼くだけレシピ』(上田淳子)。これはフランスの伝統的な調理法「紙包み焼き」のレシピ集だが、「型紙」が付いているのが特徴だ。

『並べて包んで焼くだけレシピ』より

1つのレシピが見開きページで紹介されており、右ページには材料やレシピ、完成品の写真などが掲載され、左ページには材料が実物大に描かれたイラストがある。このイラストが型紙となっており、その上にクッキングシートを敷いてイラストに沿って材料や調味料を並べ、包めば準備OK。あとはオーブンレンジやフライパンなどで加熱すればできあがりだ。

発売前に、このレシピの手順動画を編集部の公式ツイッターに投稿したところ、40万回以上再生されるほど大きな反響があった。

だが、その後重版はかかったものの、現在のところ想定よりも売れ行きは伸びていないという。

「ネットで興味を持ってくれる層と、実際に購入する層が異なりました。もともと実用書はオンライン書店より実店舗のほうがよく売れるのですが、書店では手に取って中を見ないと、この本の良さがわからないのが、難しいところです」

■初版完売でも「赤字」の料理本業界

想定外の売上推移は、料理本全体の売り上げ減も遠因となっている。

「自分の肌感覚ですが、料理本は2017年下半期から一段と売れなくなっているように思います」

料理本は、小田さんいわく「小さなビジネス」だ。

「だいたいの本は初版5000部前後ですが、初版が完売しても赤字というケースは少なくありません。料理研究家やカメラマン、スタイリストなど1冊にかかわるスタッフが多く、そこに材料代、食器のリースやスタジオ代が加わる。さらにはだいたいの場合、本そのものの判型が大きく、全ページがカラー。他ジャンルよりも制作費がかかるんです」

そのため、「長期間売れる本をつくり、版を重ねて利益を出す」というやり方が確立されてきた。そのなかで、2000年代中盤に料理ブロガーブームが起こり、07年頃からはブロガーたちのレシピ集が発売されるようになる。出版点数が増えても、書店の料理本コーナーのスペースには限りがある。売れ行きが悪ければさっさと返本されてしまうが、わかっていながらも各社は“棚”を獲るために新刊を出し続け、結果さらに点数が増える。この悪循環が現在に至るまで続いているという。

■料理をしない人に作ってもらえる本

また、ネット上には無料レシピサイトが数多く存在し、動画で工程を見せる“動画レシピ”もすでに定着した。これらが料理本業界を脅かす存在になっているのだ。

上田淳子『並べて包んで焼くだけレシピ』(主婦と生活社)

「料理本にも読者の高齢化の波が押し寄せています。そのため、どこの会社も“料理をしない人”への間口を広げる戦略をとり、その層に向けたものと、上級者向けという2極化が進んでいる。動画レシピに慣れている若年層の中には、レシピの文章すら読みたくない人もいます」

前出の『並べて包んで焼くだけレシピ』も、小田さんが、料理をしない人にどうしたら作ってもらえるかを考えたことがスタートだ。実物大の材料が描かれた型紙を手にした読者からは、「よくレシピにある『少々』って、このぐらいの量だったんだ」という反応が見られたという。

■「適量」「少々」でつまづかないように

小田さん自身、「10年前に料理本の編集部に異動になるまで、料理を作ったことはありませんでした」という。現在ではお菓子もお手の物だが、そこに至るまでは毎日仕事帰りに研究と実践を重ねた。特に家庭料理は調理方法や時間、材料や調味料の分量を守れば、レシピの再現性は高い。そういった料理の化学的な面白さを実感し、読者にも伝えたいと思っていた。

「そのため、今までは『レシピに細かく書いたのだから、文字を読めばわかるでしょ』という気持ちがどこかにあったんだと思います。SNSでの『並べて包んで焼くだけレシピ』の反響を見ているうちに、料理をしない人にとっては、『適量』『少々』『水をひたひたに』といったレシピ独特の言い回しが引っかかる箇所なんだと気づきました。一度ひっかかると、心が折れてその先に進まない。実際、そういった声を聞いて、レシピを読者に伝える努力を怠っていたなと反省しました」

『並べて包んで焼くだけレシピ』より

実際、『並べて包んで焼くだけレシピ』を買った人からは、「レシピを読みこむ必要がなく、絵を見れば一目でわかるため、『子どもと作ったら楽しそう』など、多くの好反応がありました」という。これは紙の本ならではの特長だろう。

「もっと多くの人に、料理は楽しいんだと知ってほしいんです。だから『魔法のケーキ』や『並べて包んで焼くだけレシピ』のように、料理やお菓子作りを始めるきっかけになる本をつくっています。それって、自分で好きなものを作って食べられる、手軽な幸せの獲得方法だと思うんです」

(ライター、編集者 佐伯 香織)

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