マーケティングの神様が語る未来の売り方

プレジデントオンライン / 2019年3月1日 9時15分

アメリカの経営学者 フィリップ・コトラー氏

インターネットの普及とSNSの台頭で、「消費」のあり方は大きく変わった。愛されるブランドであり続けるために、企業は何をするべきか。世界的なマーケティングの権威・フィリップ・コトラー教授と、数々のイノベーションを起こして成功を収めてきたネスレ日本・高岡浩三社長が徹底討論した――。

■デジタル時代に「顧客に愛されるブランド」とは

21世紀はデジタル化、人工知能(AI)、IoTといった技術革新によって大きな時代の転換点に来ている。

インターネットの普及により、あらゆることが即座に効率よく行われるようになり、アマゾンは店舗を構える書店を崩壊させた。かつてニュースを見るために大手テレビにチャンネルを合わせていた人々は、今ではツイッターを見る。商品を購入する際には、企業の大々的なキャンペーンや権威者の助言よりも、家族や友達、そしてフェイスブックなどのソーシャル・メディア上の見知らぬ人たちのアドバイスを重視するようになってきている。

このデジタル時代において、顧客に愛されるブランドになるには、何が必要なのだろうか。

■送るメッセージの内容もタイミングも個別に

過去5年間でマーケティング分野に起こった主要な変化とは何か。今後5年から10年でどのような変化が起こると予測するか。その質問にコトラー氏はこう回答した。

「この5年の変化は目覚ましいものでした。常に最大の変化をもたらしていたものは、新しいデジタルの世界です。多くの企業はまだ模索中の段階でしょう。私の見るところ、企業のデジタルへの支出は当初不十分であったものが、のちに過剰になりました。これはごく自然なことです。使いすぎの状態から、デジタルを真に有効活用する方法を学ぶ過程にあったわけです。

つまり、フェイスブック、インスタグラム、スナップチャット、そしてユーチューブで何をするのか、そしてどれが役に立つのか。各企業の価格設定や製品構成に対し、個々の製品やマーケット、各メディアの視聴者に適したアピールとはどのようなものなのか。それを学ぶ段階にありました」

デジタル化に予算を割く必要がないということではなく、「無用なデジタル化」をやめ、予算も50%ではなく、15~20%というような適切なスケールに収まるということ。

「それは、デジタル化への試みをやめるのではなく、『カスタマージャーニー』(顧客が製品購入に至る道筋)を正しく把握するための試みを常に続けていくことの大切さを意味しています。顧客は画一的ではありません。蓄積したパターンから仮設を立て、よりパーソナライズされたマーケティングをするために、必要なデジタルの役割がある。これらの学習はまだ十分に定量化されてはおらず、より一層の科学的な調査と検証を必要としています」

ネスレ日本代表取締役社長兼CEO 高岡浩三氏

そしてその分野においてこそ、AIの発展が寄与するのだとコトラー氏は指摘する。

「誰にでも同じようなメッセージを送るのではなく、必要な人に必要なものを、文節単位でパーソナライズされた正しいメッセージを、適切なタイミングで送信できるようになるということです。具体的には、Xという個人の特性を把握したAIが、蓄積されたデータの中から、Xに最適なメッセージをピックアップして、特定のメディアを通して午後2時に送信する、といった具合です」

ひと昔前なら夢物語だったこのような指摘も、もはや現実的なものになっている。GAFA、つまりグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンといった巨大IT企業は今後もデータを蓄積し、ますます巨大化していくだろう。そしてGAFAが紐付けられたSNSそのものもユーザーのデータを蓄積し、それぞれに適したパーソナルなメッセージを発信することが可能な時代なのだ。IoT(Internet of Things)によってモノがインターネットに接続されれば、さらに深く顧客の行動を理解でき、より適切なメッセージを送れるようになるだろう。

■ブランド名よりも、商品名で検索される

高岡氏はそれこそが「新しい現実」だと語る。そして、「20世紀型の伝統的なマーケティングはもはや通用しない。今世紀に適応した新しい現実的なマーケティングを考えなければならないのです」と、力を込めた。

「今インターネットやeコマースでわれわれが商品やサービスを検索するとき、ブランドで検索するのではなく、あくまでも自分が必要とする情報をテキストとして入力して、検索しています。つまり、顧客にとっては求めるものに応えてくれるなら、ブランドはどうでもいいわけです。その状況で、ブランドそのもの、ブランド認知がどれほど重要な意味をもつのか、マーケターは改めて考え直す必要があるでしょう」

高岡氏は、石油と電気が可能にした第二次産業革命に続いて、インターネットが第三次産業革命を起こしたという。例えば、Airbnbはホテル代が高いという問題を解決し、Uberはタクシーに乗らなくても安く自動車で移動できる手段を生み出した。「問題解決の手段」としてのインターネットを正しく捉えた企業が成長している。

「だからこそ、世界の超優良企業はインターネットソリューション企業で占められているのです。そして、新しい現実、顧客の抱える新しい問題とは、先進国市場で大抵の場合それは環境問題であり、日本では高齢化社会です。これらの現実と問題を把握して、われわれのマーケティングも変えていかねばなりません」(高岡氏)

■「パタゴニア」のマーケティング

では、実際に興味深いマーケティングの取り組みを行っている企業について具体名を聞いたところ、コトラー氏はアメリカのアパレルブランド、「パタゴニア」の名前を挙げた。

「必要以上の衣料品は作らないという主義を真剣に追求しているからです。これは大変珍しい取り組みで、例えば歯科医が自分の仕事がなくなるまで患者の歯を健全にしたいと願っているようなものです。

古くなった衣服を捨てるのはやめましょう、新しい衣服を次から次へと購入するのはやめましょうと、パタゴニアは主張します。縫い繕いましょう、誰かに譲りましょうと。多くの会社がこうした考えに賛同するとは思えません。自動車会社は、前回売った車よりもさらによい車を売りたいと考え、できることなら毎年車を買い替えてもらいたいと考えるでしょう。

ところがパタゴニアは一貫して地球の環境保全を訴えており、自社の利益のためだけに新製品を繰り出すということをしない。他の企業でこうした倫理を実践しているのを見ることはほとんどありません」

高岡氏のいう「新しい現実」の環境問題に適した企業といえるだろう。

■最も大事なことの1つは買い物データを得ること

そして高岡氏は企業のマーケティングについて「私たちにとって最も大事なことの1つは買い物データを得ることです」という認識を示した。

「20世紀、われわれは小売業者のPOSシステムなどから得られるデータのみを入手していました。しかし、日本では、多くの小売店が買い物データを開示していませんでした。食料雑貨小売店の統合が進んでおらず、現在でも400以上の地域的な小売業者が存在します。米国やヨーロッパの先進国市場と比較して、製造業と小売りの間における買い物データの共有という点で、日本は大きく遅れています」

しかし、eコマースでは買い物客と直接つながることができる。そのデータから買い物客を深く理解することができるようになっている。

「21世紀は産業カテゴリーが変化している時代です。つまり、製造業は単なる製造業者でなく、例えば自社ブランドのドットコムで直販をすることも可能です。小売業サイドにおいても、最も力のある小売業者は、基本的に上流産業から出てきている。

代表的なのが、ユニクロのように、自身で製造を行い自身で販売もする『製造小売り』。顧客情報をじかに得て、すぐさま自分たちの製品に反映させることができる業態です。この業態が力を持ち、産業の主流となるという潮流は止まることはないでしょう。デジタルの世界では容易に個々の買い物客にアクセスできるようにしていく必要があるのです」(高岡氏)

■アマゾンは「自動車すらも販売」するだろう

コトラー氏は高岡氏の指摘に理解を示しつつ、こう懸念する。

「そこで、非常に大きな問題となるのは『小売業の破滅』です。ここで小売業と私が言っているのは発注場所ではなく、店舗ベースの小売業のこと。つまり、Amazonはあらゆる商品を販売します。遅かれ早かれ、自動車すらも販売するでしょう。これは破壊的で恐ろしいことです。もしわれわれが店舗販売の利便性を残したいと思うなら、人々はどのような場合に店舗に出向き、店舗での購入を選好するのか検討してみる必要があるでしょう。

ただし、現代の消費者は、店舗をショールーム代わりにして製品の実物がどんなものなのか確かめたあと、ネットで一番安いところを探して発注することすらある。これでは小売店や百貨店は本当にたまったものではありません。店舗販売に頼る小売業者が淘汰され始めた場合、そのぶんの雇用はどうなるのでしょうか」

高岡氏も、現状をこう憂う。

「私は、あらゆる産業が破壊と変化にさらされているのではないかと思います。ただ、それぞれの産業のマーケットに変化の準備ができているか、産業の経営者層に変化を行う準備があるかどうかにもよります。例えば、日本ではタクシー業界の強い反対があるため、Uberを見かけることがない非常に珍しいマーケットのひとつです。しかし、物流業界では高齢化社会に伴って労働力が不足しています。eコマースの急速な発達によって労働力、つまりドライバーが不足しているのです」

実際、ネスレ日本は近年、ネスカフェ アンバサダー、ネスレ ウェルネス アンバサダーなど、定期購入を前提にしたeコマースを次々と展開しているが、想定以上の「配送コスト」に直面。高岡氏はそこに着眼し、新たな事業を始めたという。

「ネスレ日本はUber方式で、定年退職した高齢者が活躍できる新しい宅配サービスを開始しました。マーケティングとイノベーションは顧客の問題とその解決に基づくという点において、この事例は面白いものになると思います」

■マーケティング支出が、多い企業の特徴

そんな中、企業やブランドは生き残るために何をすべきなのか。コトラー氏が最も強く訴える主張がある。「ブランドアクティビズム」だ。

「ブランドアクティビズムとは、あなたの会社やブランドの価値を、人々に対して極めて明確にするということです。企業として何を大切にするのか、ということは、どんな製品を作り、サービスを提供しているかということ以上に大切なことなのです。

アメリカでは、例えば気候変動、水資源の供給維持、医療問題について立場を表明する企業が増えています。では、企業は高収益と、社会的に善良であることとを両立できるのでしょうか。私の答えは“YES”。実際は両立以上のものがあり、社会的に善良で社会問題に取り組んでいる企業ほど、高い利益を出しています。これは『Firms of Endearment』という書籍で明らかにされています」

この書籍では、BtoB企業も含め、人々に親しみがあるブランドほど、業績がよく収益が挙げられるというデータが示されている。さらに、「人々に愛される企業ほど、マーケティング支出が少ない」のだという。

「愛されない企業は、生き残りに必死であるがゆえに製品を買ってもらうためのマーケティングの支出を増やします。一方、愛される企業は、消費者自身が製品の宣伝をしてくれるので、多大なマーケティング支出は必要ありません。つまり、マーケティング予算を削るためにできる最も知的なやり方は“愛される企業になること”です。そうすれば、消費者がブランドのアドバタイザーになってくれる。そして、社会がCtoCの側面が強いソーシャルメディアを基盤としていく中で、“消費者同士の語り合い”が、支持される企業、ブランドを作り上げる。『愛着心』こそがブランドにとって最も重要なのです」(コトラー氏)

■▼ネスレ高岡社長が語る「アマゾンの強み」とは

十数年前、初めてネスレ本社での役員会議に出たときのことを今でも覚えています。テーマは「オンラインにおけるネスレの販売戦略」。今後広がるeコマース、力をつけようとするAmazonでいかにシェアを奪うかなどがスイス本社でも議論されていました。

私はそのときに「それは違う。Amazonで売ることも重要だが、長期的には自分たちで直接顧客に販売することがより大切だ」と主張しました。理由は簡単です。私たちが当時からマーケティングで抱えていた問題とは「顧客のデータが小売店のみに集まり、メーカーに集約されない」ことでした。そして、今後は顧客一人一人のデータをいかに確保し、活用できるかが一層重要になる時代がやってくると予測していました。その観点から見ても、Amazonはウォルマートを超えてますます巨大企業になっていくだろう、と。

そう考えたとき、Amazonでいかにシェアを取るかも確かに重要ですが、いくら売り上げを上げても、顧客の情報はAmazonの元にしか集まらず、彼らはそれを開示しない。しかも、宣伝費まで発生します。自分たちが自身で顧客のデータを集積しなければ、それをもとにイノベーションやリノベーションを起こすことが不可能になる、と私は考えたのです。

今でも「あのとき、浩三がいったのは正しかった」といわれます(笑)。結果として、Amazonは時価総額100兆円を超える大企業になり、「GAFA」に世界中の消費者の情報が集約している。それはすなわち、製造業、小売業のマーケティングに必要な情報を、独占されているということです。

翻っていえば、ネスレ日本で現在重視しているのは、顧客の情報をいかに集めるかということ。そして、その情報を得るためにも、メーカーだけをやっていてはいけない。製造も小売りもどちらも自社で手がける「製造小売り」としての会社の立場をはっきりさせようとしているのです。日本でユニクロやコンビニエンスストアが「一人勝ち」しているのは、いってしまえば上流から下流までの情報が集約される製造小売りだから。

ネスカフェ アンバサダーや、マチエコ便はまさに顧客の情報を直接集めるという狙いをもった事業です。直接オフィスにコーヒーを届ける。地域への定期お届け便を作り、顧客と直のやり取りをする。そうした直接のマーケティングを第一にしています。

ただ、マーケティングをして、顧客のニーズに応えた製品を生み出すことは必要ですが、それはただのリノベーション。味や品質、利便性を高めることは重要ですが、半面、簡単に価格競争に陥ってしまう。本当に必要なのは「顧客が気づいてもいない問題」「顧客が諦めていた問題」を発見し、解決する「イノベーション」なのです。リノベーションを進めなければならない一方で、21世紀の、GAFA時代の企業のチャレンジとは、突き詰めればイノベーションを達成できるか。顧客の抱える問題を考え抜き、発見するために、どんな「仕事」ができるかだといっても過言ではないでしょう。

----------

フィリップ・コトラー
アメリカの経営学者
1931年生まれ。ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院インターナショナル・マーケティングのS・C・ジョンソン・アンド・サン・ディスティンギッシュト・プロフェッサー。「近代マーケティングの父」「マーケティングの神様」と称される。
 

高岡浩三
ネスレ日本代表取締役社長兼CEO
1960年生まれ。83年、ネスレ日本入社。2005年、ネスレコンフェクショナリー社長に就任。10年、新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを構築、同年11月から現職。高利益率を実現し、本社から「ジャパン・ミラクル」と称される。
 

----------

(伊藤 達也 構成=伊藤達也 撮影=小倉和徳)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング