無差別に女性の着衣を切り裂く50男の闇
プレジデントオンライン / 2019年2月14日 9時15分
■ビジネスマンとして積み上げた地位や収入、信用が水の泡
窃盗や性犯罪、傷害事件、薬物関係の裁判で、動機を尋ねられた会社勤めの被告人が、仕事のストレスを理由に挙げるケースは多い。
・残業続きで疲労が溜まって正常な判断ができなくなっていた
・上司や部下との人間関係に悩んでいた
・異動で慣れない仕事を任されプレッシャーに押しつぶされた
などである。
酔ってクダを巻く程度ならまだしも、ビジネスマンとして積み上げてきた地位や収入、世間の信用が水の泡になるリスクを冒してまでやることとは思えない。だが、損得勘定で割り切れないから事件になるのだ。
ストレス解消法なら、カラオケで歌ったり、飲み屋へ行ったり、友人とバカ話したり、旅行に出かけるといった方法もありそうなものだ。
しかし考えてみてほしい。一人カラオケは楽しいか? いや楽しい面もあるだろうけど、それは練習の成果を披露する場(宴会や仲間と出かけるカラオケ)があればこそではないだろうか。ひとり酒をじっくり楽しむには、心とサイフの余裕が必要だ。友人がいなかったらバカ話の相手はいない。旅行も成立しにくい。それらを凌駕するような長年続く趣味があれば、そもそもそこまでストレスは溜まってない。
不満や疲労のはけ口がない、孤独で暗い心情のせいで目先の快楽を追うことになり、どうなってもいいというヤケクソな気持ちを生み、結果的に第三者の目から見ると割に合わない犯罪行為に走るのではないだろうか。
■裁判傍聴でいくら事情を聞いても、いまいち納得できない
裁判傍聴を始めた2001年当時から今日まで、これらの事件は後を絶たず、“ストレスを言い訳にビジネスマンが引き起こす犯罪”は、もはやひとつのジャンルとして定着していると筆者は思っている。
特徴は、いくら事情を聞いても、いまいち納得できないことだ。
裁判傍聴するとき、筆者は被告人の立場で、自分だったらどうしたかと考えるのが常。時と場合によっては、自分も同じ犯罪行為をしたかもしれないと思うことさえある。しかし、犯罪によるストレス解消にはそれがなく、疑問だらけのまま判決を聞くことになりがちだ。
■なぜ50代営業マンはカッターで若い女性の臀部を切りつけたか
たとえばこんな事件。傍聴したのは5年ほど前で、被告人は50代の営業マン(裁判時は無職)。容疑はカッターナイフで服の上から若い女性の臀部を切りつけたというもの。賠償金15万円を払ったものの、女性の憤りは収まらず被害届を出されて御用となった。
余罪もたくさんあり、ストレス解消のために約50人の着衣をカッターナイフで切りつけてきたという。思いつきの犯行ではなく、常習者といっていいレベルだろう。被告によれば、いつもは服(ダウンジャケットの裾の部分など)だけを狙うのだが、このときはパンツ(ズボン)のみ切るつもりだった。ただ、いきおい余ってか、お尻の肉まで切りつけてしまった。ヒリヒリすると感じた被害者が手で触ると血がついていたため発覚したのだった。性犯罪ではないけれど、被害者が女性ばかりであるところからもそれに近い匂いを感じた。
しかし、被告人はあくまでも、ストレスが原因だと言い張る。切りつけを始めたきっかけを、このように説明するのだ。
「仕事はイベントや催事での販売でしたが、デパートでの催事を任され、商品の選定や現場での忙しさが半端でない上に売上のプレッシャーが重なっていきました。自分で何でもしなくちゃいけないので、その点がきつかったです。ストレス解消? そうですね。ドキドキ感がありますんで、それを味わいたくて繰り返してしまいました」
■被害者が、悔しがったり怖がったりするのを想像して楽しむ
発覚しないためのテクニックも使っている。薄着になり、切ってすぐ発覚する可能性が高い夏場は避け、厚着になる冬場に集中的に活動するのだ。尻を狙ったのは、被告人いわく「人を傷つけちゃいけない」からだそうだが、後ろから追い抜きざまに狙えて周囲から目立ちにくい場所ということだろう。
「傷つけたのは初めてです。ずるいようですが、見つからないように切るのが目的で、うまくいくと楽しかった。今回は、自動改札機を抜けたところで切りましたが、(被害者が)急に止まったのでぶつかるような形になり、深く切ってしまった」
あとから気づいた被害者が、悔しがったり怖がったりするのを想像して楽しむ。それがストレスのキツイ職場で働く被告人の慰めになっていたのだ。澱んだ欲望が垣間見える、暗い犯罪である。本人もそこは承知しているらしく、卑劣な犯行であると認め、違う趣味を見つけるべきだったと反省した。
「50歳をすぎて、こんなばかげたことばかり繰り返し、申し訳ないと思っています。一人で悩むより、ちゃんと精神科へ行こうと思っています」
■検察の尋問により被告の「本性」が現われた
これだけなら、欲望の処理法を誤った男としてすぐ忘れてしまったかもしれない。だが、検察の尋問で様相は一変する。
「あなた、相手は誰でも良くて、ただ切って楽しんでたふうなこと言ってますけど、被害者を駅前の広場で見つけてついていってますよね」
防犯カメラに、被告人が被害者の後を追う映像がバッチリ写っているという。だとすれば、被告人は切る相手を物色していたことになるが、どうやらそれだけではなかったらしく、こんなことを言い出した。
「あのときは酔っ払ってまして、誰かナンパしようかなとうろうろしていました。(被害者が)酔って歩いていたので、声をかけようと思いましたが、タイミングがなかったものですから、様子をうかがううち、(誘っても)無理だろうと……。で、あきらめて切ることにしました」
無理ありすぎだ。ナンパと切ることはぜんぜん違うではないか。ナンパを試みて失敗する男など、週末の都会にはいくらでもいるだろう。でも、腹いせにカッターナイフで尻を切るなんて聞いたことがない。欲望の方向が違うからだ。
被告人は酒好きで、休日前夜は繁華街で一人飲みをするという。独身だから彼女が欲しい。周囲のカップルがうらやましい。酔った女を飲みに誘って、あわよくば自分もうまくやりたいと思う。そこまでは、よくあることだろう。
でも、酒で気が大きくなっても、被告人には度胸も自信もなく、事件のときも結局、声すらかけずに後をついて回るだけだった。そして、カッターナイフを手にするとがぜん大胆になり、迷うことなく切っている。
■衣服やバッグを傷つける行為という歪んだストレス発散法
検察官の見立てはこうだ。被告人はナンパ目的で酔った女性を物色していたのではなく、最初から切る目的で、好みの相手を探していた。気づかれてはならないことや、自己の欲望を刺激するターゲットとして、酒に酔った派手めな女性に狙いをつけ、衣服やバッグを傷つける行為を繰り返していた。被告人はあくまでも切る相手を物色していたのである――。
振られた腹いせでもなく、リア充への嫉妬でもなく、若い女性を安全に痛めつけたい。そういうストレスの発散法なのだ。被告人には、女性部屋に忍び込んで暴力をふるい捕まった前科がある。そこを重くみる検察は、再犯の恐れが高く、つぎは性犯罪を引き起こしかねないと強調して尋問を終えた。求刑は1年。判決には執行猶予がついた。
再犯を防ぐ方法として被告人が口にしたのは、何か他の趣味を持つこと。健全な楽しみがあれば、自分は女性の尻など切らないと言いたげだった。性癖ではないと言いたいのだろうが、筆者は仕事のストレスを減らすことこそが再犯防止の近道だと思う。
仕事でイライラが生じ、発散すべく酒を飲み、気が大きくなってカッターを持ち歩くというサイクルなのだから、入り口である仕事のところをなんとかしないとどうにもならないだろう。
趣味は万能ではない。まして50を過ぎた男が新しい趣味を見つけることはたやすくない。
これ、被告人だけの問題ではないと思う。仕事をすれば多かれ少なかれストレスはついて回るものだ。カンペキな人なんていそうでいない。頼もしさ満点の上司だって、楽しげに見える同僚だって、仕事やプライベートのどこかに問題を抱えているものだ。
異動あり、転勤あり、転職あり。定年世代までの道程は長い。それを自覚した上で、ストレスを許容範囲内に収め、日常生活を回していく。仕事の能力も大事だが、セルフコントロールに長けていることも、パンクせずにビジネスマン生活をまっとうするために欠かせないことではないだろうか。
(コラムニスト 北尾 トロ 写真=iStock.com)
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