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売上命令"5倍の20億に"で50億達成した男

プレジデントオンライン / 2019年2月25日 9時15分

ジャーナリストの田原総一朗氏とB.LEAGUE事務局長 葦原一正氏

2016年に開幕したプロバスケットボールリーグ「Bリーグ」。アメリカのプロスポーツリーグの運営を参考に、市場規模は飛躍的に拡大している。豪腕・川淵三郎が頼った、ビジネス戦略の責任者に会いに行った――。

■中3で決心した、スポーツビジネス挑戦

【田原】葦原さんは何かスポーツをやられていたんですか?

【葦原】海城高校では野球部でした。だいたい都予選の3回戦くらいで敗退するレベルで、最初はレギュラーだったものの、最後は控え選手に。好きでしたが、ヘタクソでしたね。

【田原】プロになれないからスポーツビジネスに興味が?

【葦原】そうですね。中学3年生のとき、野球の専門誌でトレーナーの記事を読んで、選手じゃなくてもスポーツでご飯が食べられるということを初めて知りました。当時からプロの野球選手にはなれないとわかっていたので、自分は裏方でいこうと。

【田原】スポーツビジネスに進みたかったのに、大学院修了後はアーサー・D・リトルに。どうして外資系のコンサルティング会社に?

【葦原】いまも状況はあまり変わっていませんが、スポーツ業界で給料をもらうのはなかなか難しいんです。どこかに潜り込めたとしても、何か箔をつけておかないと他業界に転職するのは困難。そう考えて、まずコンサルティングファームに入社しました。そこでは電機メーカーの技術戦略の提案などをしていました。

【田原】2007年にオリックス・バファローズに転職して、スポーツ業界にお入りになる。経緯を教えてください。

【葦原】当時の外資系コンサルティングファームは3~5年で辞める人が多かったです。私がちょうどそうした時期を迎えていたときに、オリックス球団が社長室のスタッフを募集しているという情報をキャッチ。競争率は高かったんですが、宝くじ気分で申し込んだところ、運よく採用されました。念願叶ってうれしかったですね。もっとも、妻には猛反対されましたが……。

【田原】どうして?

【葦原】転職の話をしたのは結婚式の1カ月後。転職したら給料は半分になるし、埼玉出身の妻にとってオリックスのある神戸は馴染みがない。結婚詐欺だと怒られました(笑)。

【田原】給料が半分になれば、誰でも反対するよね。オリックスはあまり儲かっていなかった?

B.LEAGUE事務局長 葦原一正氏

【葦原】イチロー選手が抜けた後で、多額の赤字を抱えていました。それ以上落ちようがないくらいのひどい状態でしたから、逆にいえば上がり目しかない。その意味では非常にやりがいはありました。

【田原】具体的には何をしましたか?

【葦原】主には中期的にどう赤字を減らしていくかを考えていました。チケットを売るにしても空中戦と地上戦の両方が大事です。空中戦の1つはブランディング。当時、オリックスは近鉄から選手を引き継いだばかりで、本拠地も大阪なのか神戸なのかわかりにくかった。そこを整理してマーケティングしました。ただ、マーケティングで直接的に動員するのは簡単ではありません。むしろ当時球団スタッフ全員で一生懸命やっていたのは地上戦でした。対戦相手や曜日でだいたい動員の基礎数字は決まっているのですが、薄い座布団を重ねるように地道に営業活動をして、100人、200人と積み上げていく。スポーツ業界は華やかに見えますが、やっていることはかなり泥臭いです。

【田原】パ・リーグ6球団共同出資会社を兼務されて、12年に横浜DeNA、15年にはスポーツ系に強いコンサルティングファームを経て、いよいよプロバスケットのBリーグに行かれる。どういう経緯でしたか?

【葦原】もともとチェアマンの大河正明と面識がありました。当時はリーグ立ち上げまで1年しかなく、急ピッチで人探しをしなくてはいけない状況。あいつは暇そうだから、と声をかけたのでしょう。

【田原】日本のプロスポーツといえば野球とサッカー。どうしてバスケットに行こうと思ったのですか?

【葦原】理由は2つあります。まずは川淵三郎と一緒に仕事をしてみたかったから。強力なリーダーシップを持つ人の横で働くことは自分にとってプラスになると考えました。

【田原】川淵さんはJリーグ創設の立役者ですよね。どうしてバスケ界は川淵さんを招いたんだろう。

【葦原】かつては日本には2つのバスケプロリーグがありました。1つにまとまるための話し合いをしていましたが、不毛な争いがあってなかなかまとまらない。業を煮やした国際バスケットボール連盟が「これ以上喧嘩を続けるなら、日本代表はオリンピックの予選に出させない」と言ってきた。それで剛腕で鳴らす川淵に来てもらい、1つにまとめてもらったという経緯です。

【田原】難航していた話を、川淵さんはどうやってまとめたのかな。

田原総一朗●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。本連載を収録した『起業家のように考える。』(小社刊)ほか、『日本の戦争』など著書多数。

【葦原】パッションでしょうね。川淵にモチベーションの源泉は何かと聞いたことがあります。すると、「俺を衝き動かすのは怒りだ。このままでは日本のスポーツ界がダメになる。だから俺がやるんだ」と言う。じつは川淵はJリーグのときも「サッカーのため」と言っていないし、Bリーグでも「バスケ界のため」とは言わなかった。つねに「日本スポーツ界のためなら俺はやる」。その熱い思いに共感した関係者が多かったんじゃないでしょうか。

【田原】パッションは大事だけど、それだけで動くかなぁ。

【葦原】ターニングポイントになった会議があります。それまでリーグをまとめる会議は非公開でしたが、川淵が「オープンに議論しよう」と言ってマスコミを会議室に引き入れたんです。その瞬間、空気が変わって1つになったと聞いています。

【田原】それはおもしろい。先日のJOC竹田恆和会長の質疑応答なしの会見が象徴的だったけど。日本のスポーツ界は密室主義なところがあるからね。

【葦原】川淵は本当に表と裏がなくて、社内でも外でも言っていることが同じです。さらにビジョンをぶちあげるだけでなく、その根拠を自分なりに添えて話す。だから彼の言葉は人をひきつけるのでしょう。

【田原】先ほど葦原さんがBリーグに興味を持った理由が2つあるといった。1つは川淵さん。もう1つは?

【葦原】バスケのポテンシャルです。実は世界で一番、競技人口が多いスポーツはバスケなんです。

【田原】えっ、そうなんですか。僕はサッカーだと思ってた。

【葦原】世の中のほとんどの人はそう思っていますが、世界のバスケ人口はサッカーの約2倍。というのも、サッカー人口は圧倒的に男性が多いのに対して、バスケは女子も盛んだから。日本で運動神経のいい女の子はだいたいバスケかバレーに行きますが、世界も同じです。

【田原】国内だと競技人口は何人?

【葦原】サッカーが約90万人、バスケは約60万人で、サッカーが1.5倍になります。ただ、市場規模はそれ以上に差をつけられている。競技人口を考えれば、バスケはもっと稼げていい。そのギャップに魅力を感じました。

■「売り上げを5倍に!」川淵三郎からの無茶ぶり

【田原】葦原さんが入ったときは、もうリーグは1つになっていたんですよね。葦原さんの仕事は何ですか?

【葦原】まず川淵から「売り上げを20億つくれ」と言われました。ちなみに前年の2つのリーグの売り上げは4億円。Jリーグは準備から開幕まで5年でしたが、Bリーグは1年。5年かかるものを1年でやるだけでも難しいのに、売り上げを5倍にしろだなんて、いったいこの人は何を言っているのかと思いました(笑)。

【田原】そんなの無茶苦茶じゃない!?

【葦原】こちらも無茶するしかないので、それまで数千万円だったスポンサーのパッケージを10倍の値段で売りに行きました。当然、相手にされず、10人中9人の方には笑われました。でも、本質をわかってくださる方が1人でもいればと信じて回り続けました。

【田原】結果はどうでした?

【葦原】勝算も何もなかったですが、結果的に多くの方にご理解いただき、初年度は売り上げが約50億円になりました。もちろん私だけの力ではありません。大河やリーグスタッフ、クラブの方々、みんなのおかげです。

【田原】川淵さんの要求のさらに上を行ったわけですか。ちなみに開幕戦は盛り上がったんですか?

【葦原】開幕戦のカードは、アルバルク東京対琉球ゴールデンキングスでした。イメージは、1993年のJリーグ。一試合だけ先出しして行い、注目してもらう戦略です。具体的にやったのはLEDコート。ディスプレイをコート一面に敷き詰めて、選手が得点を決めるたびに選手の顔をコートに映します。まさにスポーツのショー。いままでにない雰囲気で盛り上がったと思います。

【田原】お客さんはどのくらい入りました?

【葦原】会場は代々木第一体育館。1万人が収容の会場が即完売でした。

【田原】すごいね! ただ、大事なのはシーズンを通してお客が入るかどうかですよね。観客動員を増やすために工夫したことはありますか?

【葦原】入場者数を増やすのに飛び道具はありません。大事なのはクラブ間のナレッジシェア。こうやったら動員が増えた、減ったという細かな施策の結果をクラブ間で共有するしかない。あとはデジタルシフトです。スマホで1~2クリックでチケットが買えて、アリーナに行けばサッと入れるという環境を整えました。日本の野球は球団ごとの販売しかありませんが、Bリーグのサイトからならどのチームの試合も購入できます。これらの仕組みは、アメリカのものを参考にしています。

【田原】アメリカのスポーツビジネスの仕組みは優れているんですか?

【葦原】野球では93年当時、日本もアメリカも市場規模は約1500億円で同じでした。球団数はアメリカのほうが多いので、1球団当たりの売り上げは日本のほうが多かったくらいです。ところがいまは、日本はほぼ横ばい、アメリカは7倍になって1兆円規模になりました。ダルビッシュやマー君、大谷がアメリカに流出したのも、売り上げが非常に伸びて選手に高い年俸を払えるようになったから。ただ、興味深いことにメジャーの観客動員数は伸びておらず、この20年では減っています。

【田原】お客が減るのに売り上げが伸びてる?

【葦原】そこがポイントです。彼らがこの20年で何をやったかというと、リーグによる統制です。たとえば以前は各球団がバラバラに放映権を売っていましたが、いまはリーグがまとめて売る。まとまると買い手は1人に限られるので、競争の原理が生まれて高く売ることができます。コストも同様です。各球団がサイトをつくるより、まとめたほうが安くなるし、お客さんも便利です。

【田原】なるほどね。大リーグがそれで成功しているのに、日本は真似しようとしなかったんですか?

【葦原】たとえばヤンキースは非常に儲かっていた球団ですが、業界を最適化するために権利を手放しました。でも、日本は儲かっている球団が権益を手放そうとしない。なかなか足並みがそろわないですね。

【田原】わかった。つまり巨人のナベツネが日本のプロ野球をダメにしたわけね(笑)。

【葦原】えーっと、私の口からはそこまでは……。とりあえず、よくも悪くも歴史的に球団の力が強すぎて、個別最適から全体最適に向かわないところが問題だと言っておきます。

【田原】バスケットは川淵さんの剛腕で権益をリーグに集中させて、売り上げ10倍以上になった。ひとまず成功ですね。

【葦原】Bリーグを知っているという人は、当初40%でした。それがいまは60%まで上がっています。ただ、野球やサッカーは80%以上。私たちも次のステージに行きたいと考えています。

【田原】Bリーグは軌道に乗って稼げるようになった。これから先はどのような世界を目指しますか?

【葦原】スポーツを観戦する人にはスポーツをやってほしいし、スポーツをやっている人もプロのプレーを見に来てほしい。この循環をつくることが一番大事だと思っています。実はマーケティング論でいうと、競技者と観客は必ずしも重なっていなくて、ターゲティングは別々にやったほうがいいんです。実際、球場に行って応援している人たちを見ても、野球部出身者はそれほど多くない。ただ、日本のスポーツの普及を考えたときに、そうしたマーケティング論でいいのかと。

■お金が集まれば、日本代表は強くなる

【田原】具体的にどうやってやるの?

【葦原】まだ構想段階ですが、競技者と観戦者のデータベースをつくりたい。たとえば普段は部活で忙しいバスケ部員にたまたま休みができたときに「今日近くでこんな試合があります」とプッシュ通知をしたり、引退後の空白期間に試合をレコメンドするアプリがあってもいい。ゆりかごから墓場まで、スポーツと接点を持つ世界観をつくっていきたいです。

【田原】葦原さんのご著書を読みました。タイトルは『稼ぐがすべて』。だからマーケティングのことしか考えていないのかと思いました。

【葦原】タイトルは出版社が決めたので過激になりましたが、私の真意は「稼ぐことを起点にしよう」です。これまでスポーツ界は、まず競技を普及させて、普及させたらレベルが底上げされて強化され、強化されればいつか稼げるという戦略でやってきました。しかし、それは幻想で順番が逆です。大切なのは、まず収益化すること。その利益を強化や普及につぎ込むことがスポーツの発展につながります。

【田原】稼いでから強化、普及という流れはもうできていますか?

【葦原】はい。ただ、ビジネスは短期で立ち上げることができても、強化は少し時間がかかります。中長期の視点で農耕民族的に着実にやっていけたらなと。2020年東京オリンピックへの出場はまだ決まっていませんが、選手たちはいま一生懸命頑張っています。ぜひ応援をお願いします!

■葦原さんへのメッセージ

僕は野球部出身。日本のプロスポーツといえば野球かサッカーだと思っていたから、Bリーグの躍進には驚きました。対談してよくわかったのは、むしろ日本のプロ野球リーグが遅れているということ。新聞社系の球団が力を持ちすぎていて、リーグ全体でまとまれないんですね。

葦原さんは野球界の出身ですが、日本プロ野球を参考にするのではなく、アメリカの手法を取り込んで1年目から軌道に乗せた。目のつけどころはさすがです。いつか野球界に戻って、古いやり方を刷新してほしいな(笑)。

田原総一朗の遺言:日本スポーツ界の体質を変えろ!

(ジャーナリスト 田原 総一朗、B.LEAGUE事務局長 葦原 一正 構成=村上 敬 撮影=宇佐美雅浩)

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