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日本のVCの投資額が米国の50分の1なワケ

プレジデントオンライン / 2019年3月9日 11時15分

写真=iStock.com/Yue_

■アメリカは110社、日本は4社

企業価値または時価総額が10億ドル以上となる未上場ベンチャー企業、または上場ベンチャー企業を2023年までに20社創出する――。18年6月に政府が発表した「未来投資戦略2018」でこのKPI(重要業績評価指標)が掲げられ、ユニコーン企業が注目を集めている。ユニコーン企業とは、評価額10億ドル以上ある、未上場の企業を指す。創業10年以内のテクノロジー企業が多く、ベンチャー・キャピタル(VC)の世界で、近年よく聞かれるようになった言葉だ。

「評価額10億ドル以上」については、説明を要するだろう。株式公開企業なら時価総額が「発行済み株式数×株価」で計算できるが、ユニコーン企業は未上場のため、将来のキャッシュフローを算出して、そこから現在の価値を割り引くDCF(Discounted Cash Flow)法を用いて計算する。つまり、企業の将来性を織り込んだ評価額になる。

なぜ政府はこのようなKPIを掲げたのか。今までは産業を育てれば全体が底上げされるという発想があったが、ITやバイオなどのビジネスは、勝って1を得るか、負けてゼロになるかという世界である。早く1になるトップ企業をつくり上げないと、国際競争力が弱まるという懸念があるのだろう。

そもそも、日本には世界で注目されるベンチャー企業が他の経済大国に比べて極端に少ない。アメリカには110社を超えるユニコーン企業があり、中国にも55社ある。アメリカのUber1社で時価総額が680億ドル(約7兆円)というから規模が違う。それに対し、日本で近年、評価額が10億ドル程度に達したベンチャーは、次の4社ぐらいだ。AI技術のプリファード・ネットワークス、衣服型ロボットのサイバーダイン、バイオベンチャーのペプチドリーム、そして18年6月に上場したメルカリ。これを20社まで増やして、世界と肩を並べようというわけである。

「2023年まで」というのは、遠からず近からずの適切な目標ではないだろうか。ITはじめテクノロジーのベンチャーは、創業から5年以内の株式上場を目標にしているところが多い。その成長スピードからすると、できたての会社でも可能性はある。

■起業に失敗した者は、再起不能なのか

日本の産業界は、これまでにも何度かベンチャーブームを経験している。戦後の復興期にソニーやホンダが創業し、高度成長期からバブル期にかけては京セラや日本電産、ソフトバンクが登場した。今回のような政府主導のベンチャー育成はバブル崩壊後の1990年代に始まり、99年からのITバブルでは楽天、サイバーエージェント、DeNAなどが誕生している。当時のベンチャーは人手不足だったが、現在は大企業で働いていたエンジニアが参加することも珍しくなく、人材が流動化したというプラス面がある。

しかし海外に比較すると、日本はベンチャーが少なく、起業家が育ちにくい環境だといわれてきた。たとえば起業家が資金調達する場合、日本にはVCなどからのリスクマネーの供給が少ないという指摘がある。2017年、日本におけるVCによるベンチャーへの投資額は、約2000億円弱。しかし中国は3兆円、アメリカは9兆円を超えている。日本でも投資額が増えてきているとはいえ、中国やアメリカと比べれば、上昇カーブは緩やかだ。

ただし、ビジネスモデルがしっかりしたベンチャーがあれば投資したいと考えているVCや、事業会社が設立したコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)は少なくない。潤沢とまでは言わないが、それなりにリスクマネーは供給されていると言えよう。

そこで問題になるのは、VCやCVCの担当者の経験であり、能力だ。前述したようにユニコーン企業を評価するDCF法は、将来性を見抜く力が必要とされる。またVCやCVCは投資するだけでなく、経営指導しながら一緒に会社を大きくするパートナーであることも求められる。その能力がある者を、今後もっと増やさなければいけないだろう。

さらなる問題が、起業家を目指す人が圧倒的に少ないということである。もし大企業を辞めて起業すると言い出せば、身内や周囲の人たちから反対されるに違いない。学校教育では起業家になるための勉強はなく、「将来なりたい職業」のアンケートでも、起業家の順位は決して高くないのが現状だ。

ましてや日本では、起業に失敗すると再起不能になるというイメージが強い。個人保証で家を取られ、個人破産したという噂がよく聞かれる。これは資金調達の中心が長らく銀行融資だったせいだ。最近では増資による資金調達が増えており、このような個人破産に至ることは非常に少ない。アメリカなどは、初めからVCなどのリスクマネーで資金調達する。失敗すれば出資者に損をさせるものの、借金ではないから個人破産には至らない。

そのアメリカでは失敗を経験しても、「よく挑戦した」と称賛され、1度も起業したことがない人よりも、2度目、3度目のチャレンジというほうが、「2度と同じ轍は踏まないだろう」と評価される。日本では1度失敗すると「もうおしまい」と烙印を押される風潮だ。これでは起業家はなかなか生まれない。ベンチャー企業が3年後に生き残っている確率は30%、5年後の生存率にいたっては、わずか5%と言われる。たった一回の挑戦で成功するのは、奇跡的と考えたほうがよいのである。

そしてもうひとつ日本にユニコーン企業が少ない理由として、グローバル展開が不得意ということもある。DeNA、楽天、GREEなどは、国内で成功した後、海外に打って出た。しかし最初、国内用につくったビジネスモデルを、海外用に修正してもうまくいかなかったのである。

これから5年間で評価額10億ドルに達するには、国内市場で展開しているだけでは難しい。メルカリの創業者・山田進太郎CEOは、早い段階から海外でも成功することを視野に入れていた。そのように初めからグローバル市場をターゲットにしたビジネスモデルが必要になっていくだろう。

■ベンチャー育成に、国も本気を出した

現在、国がベンチャーを育成しようとする、本気度の高い取り組みが増えている。スタートアップ企業約1万社の中から選ばれた一押し企業92社が、官民の支援を受けられる「J-Startup」。ベンチャーを世界のイノベーション拠点へ選抜・派遣していくプログラム「飛躍 Next Enterprise」。全世界に拠点を持つジェトロも、海外展開したいベンチャーと、現地のベンチャーをつなぐ事業を始めた。

とはいえ、政府だけ、もしくはベンチャーだけが頑張っても成果はなかなか出ない。ベンチャーを取り巻くあらゆる要素が関連する「エコシステム」の構築が不可欠である。身内の理解も、学校教育も、インフラ整備も、リスクマネーの拡大も同時に進め、お互いがメッシュのようにつながって、初めて全体が広がっていく。

現在、そうした「エコシステム」が徐々に強化されつつあることを考えると、「未来投資戦略2018」のKPIの達成はありうるかもしれない。一方で、20社や10億ドルの目標を意識するあまり、無理に評価を高めてバブルを生むことには警戒が必要だ。楽観も悲観もできない、というのが現在の率直な評価である。

私が楽観的にとらえているのは、起業家に対する価値観の変革である。棋士の藤井聡太七段が現れたら将棋がブームになったように、日本人は比較的熱しやすい気質を持っている。もし今後、若くて挑戦心にあふれた“ベンチャーの旗手”と呼べるスターが1人でも誕生すれば、ベンチャーへの憧れが一気に醸成されるのではないか。それが遠くない将来であることを、期待している。

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長谷川博和(はせがわ・ひろかず)
早稲田大学大学院ビジネススクール教授
野村総合研究所で自動車産業の証券アナリスト、ジャフコでベンチャー投資を経験して、1996年に独立系のグローバル・ベンチャー・キャピタルを設立。取締役、監査役として多くのベンチャー企業の経営にも参画する。2012年から現職。近著に『ベンチャー経営論』(東洋経済新報社)。

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(早稲田大学大学院ビジネススクール教授 長谷川 博和 構成=Top communication 写真=iStock.com)

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