手術症例数が多い医師がいいわけではない
プレジデントオンライン / 2019年3月24日 11時15分
※本稿は、「プレジデント」(2018年12月31日号)の掲載記事を再編集したものです
■私に任せなさい、と言えない医師に任せられるか?
結論から申しますと、こと手術に関しては「教授」「准教授」という二者択一に意味はありません。
一般の方は、外科系の教授というと手術の腕を評価されて教授に選出されるものだと思っているでしょうが、実際は違います。外科系の教授でも実は手術は苦手ということはありえます。
一方、記憶に新しいところでは、群馬大学医学部附属病院の腹腔鏡手術死亡事件のように、教授を含めた上層部が若い執刀医(当時は助教)の暴走を食い止められなかった、という例もあります。
かつては大学病院でしか最先端の医療が受けられませんでしたが、今は全体的に医療のレベルが上がり、市中病院でも大学病院と遜色ない医療を受けられるようになりました。それなのに、いまだ「大学病院・教授信仰」が根強いのは不思議な気がします。
手術とは患者の体内に刃物(メス)を向ける治療行為です。当然ながら軽い気持ちで行えるものではありません。
手術では執刀医の腕のみがクローズアップされがちですが、術前の検査に基づく手術的根拠、手術手技、術後の心身ケアのトータルな医療が実践されてはじめて「手術」といえるのだと思います。
そのうえで「よい手術」の条件を挙げますと、「迅速、正確、仕上がりが美しい」の三拍子が揃っていることです。それは術前の治療方針が的確で、むやみに体内をかき回すことなく、したがって想定外の出血がなく、輸血を追加しないで済み、予定の時間内で綺麗に仕上がった手術だということを意味します。
私が専門とする大腸・肛門の手術なら、計画通りにメスを入れ、まわりの臓器や血管に注意を払いながら素早く、正確に患部を切り取るように努力します。続けて手術後に食べ物や排泄物の圧力で縫い目が裂けないよう、残された腸管の両端を綺麗につないで終了です。迅速、正確、かつ美しく仕上げられた(機能が再建された)腸管は、まず術後の合併症を起こしません。
反対に、「つたない手術」とはどんなものでしょうか。
通常は2~3時間で済む手術に半日近くかかるようなら、大出血など何らかのアクシデントが起きたと予測されます。予定を大幅に超えた麻酔や大出血は患者さんの体にとってダメージが大きく、術後の回復にも大いに影響しますし、予後も芳しくないでしょう。
術前・術中・術後が揃ってこそ手術だという意味がおわかりいただけると思います。
では、医者は何を基準に選べばよいのでしょうか。
症例数が多ければよい医者だという考え方もありますが、私はそう思いません。大雑把に行われた200症例と、よい手術を目指して丁寧にその都度取り組んだ100症例なら、後者に軍配をあげます。
また今日の外科手術は、個人プレーではなくチーム医療です。通常、執刀医、患者を挟んで執刀医に向き合いサポートする第一助手、執刀医の横に立つ第二助手の3名の外科医、そして麻酔科医、数名の看護師が1つのチームを組み、手術にあたります。
おおむね経験を積んだチームリーダーが執刀しますが、若手の指導を兼ねて第一助手となることもあります。万一のときはリーダーが助言し、手を貸して、それ以上のミスの広がりを防ぐ仕組みです。ここでリーダーが自分の中に「よい手術」の基準や時間軸を持っていれば、適切な処置ができるでしょう。
実際にメスを握るのが研修医だったとしても、最終的にはリーダーの資質と手術に対する姿勢がチームの方向と成績を決めるのです。
正直に申しますと偶然の要素が強いのですが、「よいチーム」に巡り合うための目安は挙げることができます。
それは、患者説明の際に「私に任せなさい」と言える外科医を選ぶことです。一見、悪しきパターナリズム(父権主義)のようですが、実はここに医者の資質が表れます。
外科手術に100%の確実性はありえません。誰よりも外科医本人がわかっています。そのリスクの中で、患者さんに生命を委ねられるのですから、そのプレッシャーは想像を絶するものです。
本来なら手術説明時に「任せなさい」とは言いたくありません。しかし、あえて患者さんの生命と健康の全責任を引き受けることによって、医者は自らを引き締め、律するのです。
最近はインフォームド・コンセントがゆきすぎて、やたらと術後合併症の発生率や、術中のリスクを並べる外科医が増えました。
「○○もあります。××が起きる可能性もあります。説明は以上です。では、この同意書に署名してください」
これでは最初から「私は自信がありません」と言い訳しているようなもので、医者と患者との間に強い信頼関係は生まれません。大学病院をはじめとする市中の大病院の勤務医は、往々にしてこのことを忘れてしまいがちです。
私はむしろ、患者さんには大学病院や教授というブランドではなく、地域の中小病院でも真摯に手術に向き合う外科医もいるので、それを見抜く目を養ってほしいと思っているのです。
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医療法人社団埴原会赤羽病院副院長
医学博士。専門は大腸肛門外科。群馬県北軽井沢生まれ。1976年、新潟大学医学部卒。横浜逓信病院院長などを経て現職。著書に『外科医の眼』がある。
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■▼「よい手術」と「つたない手術」
(医療法人社団埴原会赤羽病院副院長 森田 博義 構成=井手ゆきえ 撮影=大杉和広 写真=iStock.com)
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