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"夜に子供を預けて働く"のは親失格なのか

プレジデントオンライン / 2019年2月27日 9時15分

小池百合子東京都知事(撮影=プレジデントオンライン編集部)

東京都は1月、深夜保育を支援するため、新年度予算に6000万円を計上すると発表した。支援の対象は介護、看護、それに飲食業などで深夜働く親の子供たちだ。夜間に子供を預けて働くことには批判もある。小池百合子都知事に政策の真意を聞いた――。

■「待機児童」にすらなれない子供たち

深夜、ベビーホテルに預けられているのに、待機児童にすらなれない子どもたちがいる。

待機児童とは、保護者が子どもを認可保育園に入園させることを希望しているにもかかわらず、空きがないために入園できずに順番待ちをしている状態の子どものことだ。1990年代後半から社会問題となり、国や自治体はさまざまな策を講じてきたが、依然として1万9895人(2018年4月時点)の待機児童がいる。

その一方、深夜のベビーホテルには、待機児童にすらカウントされず、いないことにされている子どもたちもいる。多くの自治体が「夜間保育園」を設置していないため、深夜保育のニーズが把握されていないのだ。

現在、認可の夜間保育園は、札幌市、東京都、名古屋市、京都市など全国40都市以上にあるが、その数はわずか81園にとどまっている。

夜間保育園の制度が始まったのは、1981(昭和56)年である。当時、ベビーホテルの開所には設置基準がなく、ニーズに応じて簡単に増やせた。ただし多くの施設で、安全面と保育の質に重大な問題があった。無資格の経営者によるずさんな保育の実態について、TBSが1980年3月から継続的に報じ、国会でも「1日じゅうテレビの前に寝かせたまま」(1980年5月14日衆院田中美智子議員の質疑)として取り上げられた。その結果、夜間保育園という制度ができた。

それから40年が経とうとしているが、夜間保育園は一向に増えていない。増えているのはベビーホテルだ。全国の施設数は1530カ所。ベビーホテルの数は、届け出のあった施設だけでこの40年で約3倍に増えた。

■「水商売」の親たちへの支援にもなる

そこへ今年1月、東京都の小池百合子都知事が深夜保育に関する施策を発表した。飲食業や介護、看護などに就く親のために、都独自の保育制度である認証保育所のうち、7施設の深夜保育の実施を見込み、約6000万円の予算を計上しているという。

小池都知事は、夜間保育の中でも22時以降の深夜帯、そして、介護や看護だけでなく、飲食業にまで言及した。これはいわゆる「水商売」の親たちへの支援に踏み込んだとみることができる。

「うれしい。東京の話とはいえ、まるでこれまでの活動にエールを送られたような気持ちです」

こう喜ぶのは、福岡市で夜間保育園を経営する天久薫さんだ。天久さんは夜間保育事業者の草分けだ。1973(昭和48)年、中洲のホステスの子どもたちを預かる夜間託児所を開設。1981(昭和56)年に夜間認可保育園が制度化されると、翌年、夜間保育園を開園した。現在、深夜2時まで保育を行っている。

開園当初から今にいたるまで、夜間に子どもを預けて働く親、なかでも「水商売」の親への偏見と差別は保育業界にさえあると感じてきた。「水商売の親を支えていることを前面に出すと、夜間保育が必要だということが理解されにくかった」と、天久さんは振り返る。

同業者の団体として全国夜間保育園連盟をつくり、制度拡充や保育の質の向上の活動にも携わってきたが、約60の加盟園のうち、24の保育園が、深夜型ではなく22時までの夜間保育園だ。そのため、陳情に際しては「さまざまな働き方の親がいます」と、あえて水商売の親たちについて触れないよう気を配ってきたという。

■「苦労している女性は、昔からいっぱいいると思います」

ところが、小池氏は私たちの取材に対して、意外そうな表情を浮かべた。

「夜の飲食のお仕事は、急に始まったわけではありません。苦労している女性は、昔からいっぱいいると思いますよ。そのニーズに応えるというのは行政としてあるべき姿ではないかと普通に思います。それが、何か特別な関心を引くというのは、へーって思うわね」

1月末、小池氏へのインタビューはこのように押され気味に始まった。

――知事は女性が夜間に子どもを預けて働くことをタブーとは思わないのですか?

「だって、いろんな仕事があるわけです。夜働いている人たちがいて、家族を持っている。その暮らしを支えることはごくあたり前のことだと思いますよ。なにもね、ルビコン川を渡るようなことではないわけです」

何をわかりきったことを聞いているのだろうといわんばかりである。

前出の天久さんは、深夜型の夜間保育園が増えない原因として、「自治体の担当者の間に、夜間保育は望ましくないという考え方が根強い」と指摘する。

平成28年度には全国で49カ所のベビーホテルが認可保育園に移行しているが、調査を実施した厚労省の少子化総合対策室では、そのうち夜間保育園に移行した園の有無を把握していなかった。他方、夜間保育園の数はここ数年、ほぼ横ばいである。既存園の中に夜間保育をやめた園がある可能性を考慮しても、ベビーホテルから夜間保育園に移行した施設は極めて少ない。

また、九州のある市では、ベビーホテルが認可保育園に移行した際、ベビーホテル側は夜間保育園への移行を望んだが、自治体に認められず、やむなく昼間の保育園として再スタートしたという事例もある。

■シームレスなサポートは「行政のあるべき姿」

「もちろん、夜、子どもを預けるのはいかがなものか、という考え方もあるでしょう。けれども、夜のお仕事というのは実際にあるわけですから、そこをシームレスにサポートするというのは行政のあるべき姿だと思いますね。子どもの側から見るのと、働く親の側から見る、その両方が大事なんだろうと思います」(小池氏)

日本社会には子育ての責任は母親にあるとする「母性神話」が根強い。「夜、子どもは親と過ごすもの」という子育ての常識を軽々と飛び越えてみせると、小池氏の話は多様な働き方へと移った。

「働き方も職種も多様化しています。ナイトタイムエコノミーの観点からも、夜働く方たちの生活があって、その方たちが家族を持つのも選択として十分あり得ることです。東京は深夜営業が非常に多いわけですから、サポートしていかなくてはならないという思いがあります」

ナイトタイムエコノミーとは、夜間から深夜にかけての経済活動のことだ。訪日観光客が急増する東京で、ナイトタイムエコノミーの充実は重要な課題だが、一方で飲食店の人手不足は深刻である。

■「選択肢がもっとあるということが大事」

「親が深夜働いている家庭のお子さんを保育する、という仕事もまたあるわけです」と小池氏(撮影=プレジデントオンライン編集部)

小池氏の説明は続いた。

「飲食店だけではなく、介護、看護などの分野で女性が当然働いておられるわけです。そういった分野は24時間で稼働していますし、親が深夜働いている家庭のお子さんを保育する、という仕事もまたあるわけです」

さらに、仕事か子育てか、専業主婦か働くか、その2択を女性たちが迫られ、数少ない選択肢に身を合わせるようにやってきた状況を変えなくてはならないと、女性と子育てをめぐる状況の問題を小池氏は指摘した。

「保育の社会化を議論する前提として、選択肢がもっとあるということが大事です。特に女性の場合、ライフステージによって選択肢が変わっていきます。だから、夜働きながら子育てしなくてはならない人には、それに応じたサポートをするということです」

小池氏はサラリとこう言ったが、過去、女性の働き方との関わりで深夜保育に関してここまで肯定的に踏み込んだ自治体の首長はいない。

思わず、ここ10年で移り変わった男性都知事の顔が浮かんだ。果たして彼らはこのような判断をしただろうか。

■「認可」ではなく「認証保育所」での深夜保育

夜間保育への取り組みは、国も自治体も後手に回ってきた。東京都の新たな施策はそうした状況を変える可能性がある。ただし、懸念もある。今回の施策は、認可保育園ではなく認証保育所での深夜保育を促すものだからだ。

認証保育所は、東京都が独自で運営する制度だ。設置基準を見てみると、0~1歳ひとりあたりの広さは、認可保育園の場合、3.3平方メートルに対し、認証保育所は2.5平方メートルまでの緩和が認められているが、東京都の担当部署によれば、広さに関しては、3.3平方メートルが維持されているという。また、保育士の数は認可保育園では職員全員が保育士資格者であることが条件だが、認証保育所では全職員の6割でよいとされている。

2016(平成28)年、全国の認可外保育施設で起きた7件の死亡事故は、すべて睡眠中の事故だった。深夜保育は子どもたちの就寝時間帯と重なるため、安全確保はより重要だ。認証保育所は認可外保育施設よりは保育士の数は多いが、より安全なのは職員全員が保育士の資格を持っている認可保育園だろう。

■「ゼロワンではなく、ベターな方法」としての認証保育所

――なぜ、認可ではなく、認証での取り組みなのでしょう?

「保護者が利用する際、直接契約であること、施設側が開所時間を自由に設定できることなどから、認証保育所のほうが夜間帯保育の実施にあたっては柔軟性が高いと考えています。それと、保育人材の確保の課題も大きい。夜の人材確保となるとさらにハードルが高いわけです。保育の質が担保されていないケースが多いベビーホテルよりは、認証保育所という形で東京都がサポートするのは現実的であり、保護者にとっても魅力的な話だと思います。ゼロワンではなく、ベターな方法を探っていくということ」

東京都内には認可夜間保育園が3園ある。そのうち深夜帯に保育をしているのは、24時間保育を行っている新宿区新大久保のABC保育園のみである。

認証保育所では、610カ所のうち24時間保育を行っているのは八王子市の1カ所だ。

では、ベビーホテルはどうか。東京都福祉保健局によると、2017(平成29)年に届け出のあったベビーホテル536カ所のうち、24時間保育を行っている施設は52カ所だという。東京都の認可外保育施設指導監督基準では、職員の3分の1以上を保育士の資格者にするよう求めているが、基準が守られない場合、まずは行政指導、その後も改善されない場合は、改善勧告、施設閉鎖命令等と、処分までに時間がかかる。東京で深夜預けられている子どもたちのほとんどが、こうした環境で夜を過ごしていることになる。

認可外保育施設で事故が起こりがちだという目の前の問題を解決するには、まず認証保育所に深夜保育への取り組みを促すという方針は、現実に即している。

■子供の数117人は「報告のあった人数」にすぎない

具体的には、4月以降、東京都の担当部局から保育園の実施主体である区市町村の保育課に説明し、保育課が各認証保育所に働きかけていくことになる。

取材に同席した福祉保健局の担当者は「実際にどうなるかは現段階では分からないが、積極的に区市町村や事業者へ夜間帯保育の重要性を説明し、実施に向けて働きかけていきたい」と話した。

だが、仮に手を挙げる事業所がなければ、計画に示されているような7園での深夜保育が実現しない恐れもある。

東京都によると、平成28年10月1日時点でベビーホテルに深夜の時間帯に預けられている子どもの数は117人。だが、117人は、届け出のあったベビーホテルから報告のあった人数にすぎない。深夜預けられている子どもたちが、より安全な保育環境に移っていけるのか。まずは117人に対して効果的な運営が始まることに期待しながら注目したい。

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三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
1967年熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009~2014年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「BilionBeats」運営。

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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

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