大河"いだてん"をマネて走ってはいけない
プレジデントオンライン / 2019年2月23日 11時15分
■「いだてん」疾走シーンに刺激されて走り出す人々
ひとは影響を受けやすい生き物だ。雑誌やテレビでラーメン特集を目にすると無性にラーメンが食べたくなる。それと同じように、NHK大河ドラマ『いだてん 東京オリムピック噺』を見て走りたくなった人もいるだろう。
しかし、『いだてん』を見て、急に走りだすのはお勧めしない。
少し落ち着いて、じっくり、ゆっくりと動き出してほしいと思う。なぜなら、歌舞伎役者・中村勘九郎が演じる主人公・金栗四三(かなくり・しそう)の「走り」や「習慣」にはランニングを続けるうえでのリスクがたくさんあるからだ。
金栗四三は日本人で初めてオリンピックに出場したランナーで、日本における「マラソンの父」と称される人物。箱根駅伝を創設したことでも知られている。ドラマの性質上、ランニングのシーンが非常に多い。だが、彼の「走り」は現代とマッチしていない。
■金栗四三の走り方は現代の常識とは異なる
中村勘九郎は2017年6月からプロランニングコーチの金哲彦氏の指導を受けている。
大河の物語は、大正時代の金栗の少年時代から始まり、その後、出場したストックホルム五輪に向けて展開していく。当初の金栗の走り方は現代の常識とは異なる。「速くなるフォーム」や「美しいフォーム」ではない。次第にフォームは洗練されていくのだが、ドラマでは洗練される前の金栗の走り方をデフォルメしているのだ。
しかも、日本にランニングシューズがなかった時代である。
当時は、足袋をゴム底で補強しただけの「マラソン足袋」で走っており、現在のランニング事情と大きく異なる。ドラマの影響を素直に受けてしまうと、“大正時代”のフォームで現代を走ることになり、非常に不格好だ。また、一般的なランニングシューズは爪先部分よりもかかと部分が厚くなっている。爪先からかかとまでがほぼ均一の厚さである足袋の走りをマネることで、ランニングシューズのポイントとズレてしまう。
生まじめな金栗を象徴するエピソードとして、電車を使わずに走って通学したり、真冬に毎朝水浴びしたりするシーンが出てくる。実は、これもランニングを続けるという視点でいうと非常によろしくない。
■やる気になって「毎日」走る人ほど挫折しやすい
スポーツメーカーのデサントと計測器メーカーのタニタが2013年に行った調査によると、ランニングを始めて6カ月以内に辞めてしまう“燃え尽きランナー”が67%にものぼることが明らかになっている。そのうち、開始当初のランニング頻度が毎日(24%)、2日に1回(21%)と高い多い者ほど挫折しやすい傾向が高かったのだ。反対に継続できているランナーは、3日に1回(38%)が最も多く、逆に毎日走っていたランナーは4%しかいなかった。
また、ドラマ中に金栗が意識的にしている「スースー、ハーハー」という呼吸のリズムも気になる部分だ。少なくとも現代のトップクラスのランナーで、こうした呼吸法を実践している人は聞いたことがない。ランニングの呼吸法は奥が深く、実は「何が正解か」は意見が分かれるところだが、市民ランナーに最もいいのは「呼吸を特に意識しない」ことだろう。意識することで過呼吸になってしまう人もいる。走るペースによって、身体に必要な酸素の量は変わってくるが、楽しく走るためには、呼吸が乱れない“ニコニコペース”が基本。具体的には、会話できるくらいのペース・心拍数で走るのは理想的だ。
■ランニングを継続するには「頑張らない」ことがコツ
ドラマを見て、走りたい気持ちがフツフツと沸いてきたら、どうしたらいいのか。
ランニングが継続できるように少しアドバイスしてみたい。まずマネをするなら中村勘九郎が演じる金栗四三ではなく、大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)や設楽悠太(ホンダ)ら日本のトップランナーを意識してみるといい。特に見習うべきは、上半身だ。
トップランナーと初心者ランナーとでは走る速度が大きく異なる。大迫や設楽はフルマラソン(42.195km)を、1キロ3分を切るような驚異的な平均速度で走破する。しかし、初心者ランナーは5kmというごく短距離を、大迫らの半分のペース(1キロ6分)で走るのも簡単ではない。だから、彼らの走りをマネようとしたことで、筋力や肺活量が違いすぎて、余計に走りが硬くなってしまう。
上半身の動きだけを意識して、その部分を自分の走りに投影させてみるといい。彼らの走りは肩の力が抜けており、楽に走っている印象を持つはずだ。ランニングは「リラックス」することが何よりも大切。その次に、上半身が前後や左右にブレないように視線を一定に保ち、重みのある頭がフラフラしないように気をつける。大迫らのように上半身のリラックスを手に入れることができれば、スムーズな走りにつながっていく。
■ランニング初心者はこうして走ると長続きする
さらに注意したいのは、走る速度と時間だ。先ほど会話できるくらいの“ニコニコペース”と書いたが、苦しくなったら、無理せず歩いてもOKだ。
走る時間は、最初は20~30分間を目標にしよう。例えば、「30分」走ると決めたら、(1)ウォークとランを5分ずつ交互に繰り返す。(2)ウォーク5分+ラン10分+ウォーク5分+ラン10分、(3)ラン15分+ウォーク5分+ラン10分。(4)ラン30分という具合に段階的にランの時間を増やしていくと無理がない。距離は走るペースで変わってくるので、最初はあまり気にしなくていい。「もっと走りたいな」くらいの気持ちで切り上げるのもポイントになる。
走る頻度はどれくらいが適当だろうか。前出のデータが示している通り、詰め込みすぎても長続きはしない。最初は週に1~2回で十分だ。週に1回なら土日のどちらか。週に2回なら土日のどちらかと平日に1回(※疲労を溜めないためにも2日連続は避ける)がいいだろう。くれぐれも、頑張りすぎないように注意したい。週1~2回の頻度でも自然と「走り」は変わってくる。努力の成果を実感できるので走るのがだんだんと楽しくなってくると思う。
ひとは影響を受けやすい生き物だ。誰かの頑張りを目にすると、自分も頑張ろうという気持ちになる。金栗四三の熱い気持ちはしっかり受け止めながらも、正しい知識と、軽い気持ちで、楽しく、気持ちよくランニングを続けていただけたら幸いだ。
「体力、気力、努力」は、金栗が大切にしていた言葉だ。
最終回まで、ゆるくてもランニングを継続することができれば、ドラマ『いだてん』を心身ともに味わうことができるはずだ。それは、2020年東京五輪における個人的な“感動”にもつながっていくのではないだろうか。
(スポーツライター 酒井 政人 写真=iStock.com)
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