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「町中華」がしぶとく生き残る5つの理由

プレジデントオンライン / 2019年2月25日 9時15分

『町中華探検隊がゆく!』(交通新聞社)より、京急本線新馬場駅徒歩8分にある町中華「あおた」の「中華丼」(650円)。撮影=山出高士。

かつてはどの町にも個人経営の中華料理店があった。「町中華探検隊」の隊長として、そうした店を訪ね歩いているライターの北尾トロさんは「現在残っている店は、これまでの競争に勝ち抜いた店ばかり。なにかしらのストロングポイントがある。それを探すのが楽しい」という――。

■生き残る「町中華」はなぜ生き残るのか?

僕が町中華に興味を抱いたのは、2013年の年末に、学生時代から馴染んできた中華店を訪ねたら閉店していたのがきっかけだった。ショックを受けつつ、一緒にいた友人に僕は言った。

「こういう町中華はどんどんなくなっていくんだろうね」

そのとき発した“町中華”という言葉を友人がおもしろがり、町の中華屋をふたりで食べ歩くようになったのが町中華探検の始まりだ。おもしろがる仲間が増えて、2015年から本格的に「町中華探検隊」と称して活動を始めた。活動の趣旨は、消えゆく昭和の食文化を記憶・記録していくことである。

町中華という言葉は僕の造語ではなく、以前からごく一部で使われていた呼称だったが、それまで“大衆中華店”とか“ラーメン屋”、“中華屋”など、適当に区分けされていた店を、ひとつのジャンルにくくるのにピッタリの呼び方だったのだろう。

テレビなどがめざとく食いつき、町中華を取り上げる番組が増え、徐々に一般に浸透。ちょっとした流行のようになり、いまではすっかり定着した感すらある。月刊誌『散歩の達人』で始めた、都内各所の名店を巡る町中華探検隊の連載企画も4年目を迎え、これまでの探検をまとめた『町中華探検隊がゆく!』を上梓したところだ。

この流れに「待ってました」と反応したのは、昭和生まれのオヤジ世代である。若い頃にさんざん町中華の世話になった50代、60代が、黙っちゃいられないとばかりに町中華体験を語るのは、それが自らの青春の1ページだからだろう。

■チェーン飲食店育ちの20、30代も町中華に関心

予想外だったのは、チェーン飲食店育ちで町中華体験のなかった20代や30代に新しい食のジャンルとして興味を持つ人が現れたことだ。どうやら若い人はこれまで、町中華に対して入りにくいイメージがあったらしい。

店主は高齢の上、寡黙。常連客が多く、今の相場からすればとくに安いとも言えない。外観は古ぼけているし、味は店ごとに違い、接客マニュアルなどない。そういう店は彼らにすれば入りにくいのである。でも、メディアに紹介される町中華は、どこかのんびりしたレトロ感漂う雰囲気。いったん足を踏み入れれば、独特の居心地の良さがわかってくる。

■古ぼけた「町中華」がむしろ支持され続けるワケ

とはいえ、町中華が衰退していく食文化であることに変わりはなく、町中華探検を始めてからの数年間で、閉店する店をいくつも見てきた。潰れるのではなく、店主が体調を崩すなどの理由で急に店を畳むケースが多い。

昭和30年代からの高度成長期に人気となり、昭和末期の1980年代前半にかけてその数を増やしていった町中華は現在、高齢化が進み、店主の大半は60代以上。重そうに鍋をふる70歳を過ぎた店主がザラである。後継者不足も深刻。チェーン店に押され、かつてのように儲かる商売ではなくなったので、自分の代で終わり、息子にはあとを継がせないと語る店主が大半だ。なかには後継者に恵まれたり、新たに独立オープンしたりするところもあるが、いまのところはまだ少数に留まっている。

『町中華探検隊がゆく!』(交通新聞社)。隊長を務める北尾トロさんら隊員5人が都内の名店50軒を取材。

しかし、「ああ、また一軒消えた」と悲しんでいるのは探検隊メンバーくらいのもので、世間的にはそんな気配を察していない人が大半だと思う。なんだか流行っているみたいだし、今が旬のようにとらえている人さえいそうだ。

なぜ、こんなギャップが生じるのか。それはまだまだたくさんの町中華があるからだ。大都市なら、私鉄沿線の小さな駅でさえ、周辺を歩けばひとつやふたつの店が発見できる。全盛期を知っている者は、かつてはこんなもんじゃなかったと思うわけだが、見方を変えれば、駅前の一等地をチェーン店が占拠する時代にこんなに残っているのは大健闘と言えるかもしれない。

■「町中華」がしぶとく生き残る5つの理由

ゆるやかに数を減らすことはあっても、一気にはなくならない。その理由は個人店ならではの強みを生かしている結果だと僕は思う。いくつか挙げてみよう。

【1:今ある店はすべて勝ち組】

全盛期、過当競争と思えるほど林立していた町中華。現在残っている昭和の時代に創業された店は、競争に勝ち抜いた店ばかりなのである。評価の基準は味だけとはかぎらない。町中華は日常食。住んでいる町や勤務先近くで食べることが多い。味はそこそこだけど立地が良い、すぐできる、安い、量が多い、メニューが豊富、居心地が良い、マンガが揃う、店主の人柄が良い……ストロングポイントはいろいろあり、それを認める人がリピーターとなって支えてきた店だ。固定客中心で、通りすがりの客を当てにしない強さがある。

【2:旨すぎない味である】

飲食店で最も大事なのは味という常識も町中華には通用しない。もちろん味は大事だが、旨ければ良いというものではない。カンジンなのは、癖になる味付けであることだ。そこそこ旨くて、なぜだかしらないが週に一度は食べたくなるような店こそ最強なのである。

■味・量・接客・コスト削減……したたかな経営戦略

【3:常連客は裏切らない】

町中華の客は、引っ越しや転勤がないかぎり、何十年と気に入った店に通う。昼は定食やセットメニューを注文し、夜は“飲み中華”として愛用する人も多い。寡黙に見える店主だが、話し好きで気さくな人も多く、小さな町では週末の午後など、サロンのようにくつろぐ常連客の姿を見ることができる。彼らは律儀だから、それなりの注文もしてくれるし、知り合いも連れてきてくれる。

『町中華探検隊がゆく!』(交通新聞社)より、下北沢の「丸長」の店内風景。撮影=山出高士。
【4:家賃や人件費がかからない】

全盛期の町中華は「出前だけで食っていける」と言われるほど外からの注文が多かったという。いつもガランとしているのに潰れないのには、そんな理由があったのだ。

流行っている店では多くの従業員を雇い、出前専門のスタッフもいた。現在、出前の需要は激減したが、生き残り店はそうした変化に対応し、家族経営に切り替えることでコストを節減。開店時の借金は返し終わり、持ち物件で商売する店も多い。いつ店をやめることになってもいいと腹もくくっているが、それでも鍋を振り続けるのは、店の厨房が起きている時間の大半を過ごす“自分の居場所”だからだ。

【5:行列はいらない】

地域密着型ですでに客のついている町中華は宣伝の必要がない。ヘタに有名になって、他所からの客が増え、「俺の店」だと思っている常連客が離れてしまうことを何より恐れるのだ。行列なんてちっとも欲しがってない。町中華探検隊でも、ここぞと思う店に取材を断られることはしょっちゅうあり、「悪いけど、常連さんが座れなくなったら申し訳ないから」とスパッと言い切れる町中華の強さを感じている。

「おかげさまでウチはなんとかやってこれたけど、こういう商売をこれからやるのは大変だよ。メニューが多くて材料のロスが出やすいし、手間もかかる。中華だったらラーメン専門店のほうが当たれば儲かるでしょう」

ある町中華の店主がそう言って笑った。

「いつまでやるかって? とりあえず東京オリンピックまでは頑張るよ」

町中華は滅多なことで潰れない。静かに歴史を閉じることはあっても。

(コラムニスト 北尾 トロ)

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