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乳腺外科医は女性患者の胸を舐めたのか

プレジデントオンライン / 2019年3月8日 9時15分

手術時に使用される麻酔のひとつ(写真=筒井冨美)

手術直後に女性患者の胸を舐めたなどとして、43歳の男性医師が準強制わいせつ罪で逮捕・起訴された事件で、今年2月、東京地裁は無罪とする判決を言い渡した。麻酔科医の筒井冨美氏は「全身麻酔後に患者がせん妄状態となり幻覚を見ることは珍しくない。そうした事実は広く知られるべきだ」という――。

■「乳腺外科医わいせつ疑惑」事件で発覚したヤバい案件

2016年5月、東京・足立区の病院に勤務する男性外科医のA医師(43歳)が、30代の女性B子さんの乳房の右胸から乳腺腫瘍を摘出する手術をした後、その女性の胸を舐め回し、自分の股間を擦った、などとして、同年9月に準強制わいせつ罪で起訴され、100日以上も身柄を拘束された。

検察側は「主治医としての信頼を逆手に患者の身体を欲望の赴くままにもてあそび、反省が見られず再犯の可能性がある」として懲役3年を求刑し、弁護側は「女性は手術後の譫妄(せんもう)状態にあり幻覚を見ていた」として無罪を主張し、全面的に対決した。

この事件に関して、報道直後から医療界では大きな話題となった。

「全身麻酔後による幻覚だったのでは?」
「これが有罪なら、男性医師は女性を診察できない」

筆者のまわりでは「医師に非はなかった」との意見が大勢を占め、筆者も同じ考えだった。

■東京地裁の無罪判決に検察は控訴した

2019年2月、東京地方裁判所が胸を舐められたとする女性の証言について「迫真性に富み、一貫性もあるが、麻酔の影響で幻覚を体験した可能性がある」と無罪を言い渡した。これで一件落着と思いきや、3月に入り、東京地検が判決を不服として控訴する方針を固めたと報道された。

本件の法的問題点や解説は、多くの専門家やジャーナリストがすでに述べているので割愛する。医師として気になるのは、患者B子さんは、裁判の中で「この事件は冤罪なんかじゃない。A先生、あなたは性犯罪者です。医師免許剥奪は当然のこと、今まであなたが楽しんだ分の長い長い実刑を望みます」と訴えていることだ。

2月の地裁判決後の記者会見でもB子さん側の弁護士は「無罪が出て、本当にびっくりしている」「この事件で無罪になったら性犯罪は立件できない」などと述べ、判決を批判している。そして、今でもB子さんは主治医によるわいせつ行為を「真実である」と確信しているという。

医学的には、このようなリアルな幻覚はよくあることなのか?

■麻酔後の幻覚で「浮気がバレる」こともある

私の本職は麻酔科医である。よって、毎日のように全身麻酔後の患者を診ている。その経験からいえば、「大声で叫ぶ」「つじつまの合わない話をしゃべり続ける」「突然、ベッドから立ち上がる」などの不穏な行動をする患者を診ることは決して珍しくない。

麻酔後の幻覚は高齢者に多いとされ、「がん手術後に75歳以上の27%でせん妄が起きた」(公益財団法人 長寿科学振興財団HPより)という報告もある。本件を知った時、筆者の第一印象は「30代で麻酔による幻覚を見るのは珍しい」というものだったが、「若い世代はあり得ない」というわけではない。

また筆者の医療現場での経験上、麻酔後の幻覚状態では、「理性で抑圧している本音」をベラベラしゃべってしまうパターンが多い。典型的なのが、婚外交際中の既婚男性が、付き添う妻の前で愛人女性の名を呼んでしまうことである。ネット上の人生相談でも「全身麻酔後の幻覚で夫の本心を知ってしまいショック」といった悩み相談の投書を見かける。

1992年公開の映画「外科室」では、吉永小百合が演じる伯爵夫人は「私は心に一つ秘密がある。眠り薬はうわ言を言うと申すから、それが一番怖くてなりません」と主張して、麻酔なしでの手術を受けるシーンがある。

■マイケル・ジャクソンも愛用した麻酔薬「プロポフォール」

今回の43歳医師が女性患者に使用した麻酔薬のひとつが、プロポフォールである。麻酔後の目覚めが爽快で、熟眠感が得られ、吐き気が少ないので、近年では広く用いられている。

A医師が患者Bさんに手術時に使用した麻酔「プロポフォール」(写真=筒井冨美)

故マイケル・ジャクソンは、薬剤の白濁した外観(写真参照)から「ミルク」と呼んで睡眠導入剤として愛用していたが、次第に量が増えていったらしく、2009年の急死の一因になったとされている。

プロポフォールと幻覚については、1990年頃から報告がある。1992年には、アメリカの病院において「20歳女性がプロポフォール投与後に元交際男性との性経験を告白」という症例報告もあるので、今回事件の30代のB子さんが幻覚を見てもおかしくはない。

麻酔による性的幻覚(Erotic hallucination/Sexual hallucination)を報告する医学論文

麻酔後でぼんやりしているときに、医師が「胸に心電図を貼る」「血圧計をシュポシュポ加圧する」「(婦人科などで)子宮内に器具を挿入」などの正当な医療行為をしたことが、「あたかもレイプされたような幻覚を誘導される」という説もある。

 

■「男性医師の性欲は理性がきかないほど過剰なのか?」

本件の医師は、最終的には無罪となる可能性が高いと筆者は見ているが、世間も同じ意見だとは言い切れない。なぜなら、男性医師に対して悪い印象を持つ人も少なくないからだ。

2019年1~2月だけでも、「東京大学医学部付属病院の整形外科医(38歳)が女子高生に電車で痴漢」「横浜市にある大学の付属病院に勤務する歯科医師(29歳)が治療中の女性患者にわいせつ行為」「昭和大医学部2年生の男がタイ人風俗嬢を撲殺」「昭和大学病院の内科医ら2名が催眠作用のある薬物を混ぜた酒を女性に飲ませて暴行」などの事件が報じられている。

弁護する気はさらさらないが、「男性医師の性欲は理性がきかないほど過剰なのか?」と聞かれたら、「一般男性と同じぐらいのレベルの性欲」というのが個人的な実感である。また、仮に性欲が旺盛でも、罪を犯していいはずがない。こうした男性医師の下半身のだらしなさによって、医師への信用度が下がったとしたら極めて残念だ。

■弁護士は病院にも苦言を呈した

今回の事件で、A医師の弁護士は、「術後せん妄が起きることは、医師たちの間では共有されているが、きちんとした症例報告や対策が行われていない」として、医療界にも対応を求めた。

これまで、日本の病院は手術後の幻覚について医療関係者内では話題にしても「死んだり後遺症をもたらしたりするものではなく、時間がたてば自然に治る」と解釈して、積極的に対応策をとってはいなかった。

たまに「すごいリアルな夢をみました」と訴える患者がいても、「性的趣味」「配偶者に秘密にしたい恋愛」などが明るみに出ないよう、あえて追及しないことが「大人の対応」という共通認識のようなものが医師側にはあった。

本件の影響なのか、知人の勤務する病院でも「60代女性が手術後に過剰に胸を触られた」という訴えがあったそうだ。失礼ながら、個人的には「60代女性にセクハラするだろうか」と内心疑いつつも、病院では「もし逮捕などで医師が欠員になったら診察の手が回らなくなる」との考えから、院長と主治医が丁重に謝罪して、事なきを得たそうである。

■手術後の集中治療室などに監視カメラを設置する対策案

対策としては「異性患者とは2人きりにならない」などが挙げられるが、多忙な手術前後に完全に守ることは困難であり、カーテンなどの遮蔽物を用いずに大部屋で診察することは別の問題がありそうだ。

他に考えられる対策は、ビデオカメラの設置だろう。プライバシー保護との兼ね合いとしては、「手術後の集中治療室・回復室に限定した監視カメラを設置し、画像データは一定時間後に消去」するといった運用が落としどころになりそうだ。

個人の見解としては、患者の命を預かる医師が100日以上の拘束や、2年以上の裁判を経て、無罪判決が出たのもつかの間、控訴された外科医の心境は察するに有り余る。この一件を踏まえ、麻酔後の幻覚があるということについて、法曹関係者や一般人の理解が深まり、患者・医者の双方にとって不幸な事件が減るよう、本稿が参考になれば幸いである。

(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美 写真=筒井冨美)

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