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なぜ学童保育は"遊んでるだけ"に見えるか

プレジデントオンライン / 2019年3月19日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/paylessimages)

放課後に子どもを預かる「学童保育」。供給が不足していることから、国は「放課後子供教室」での代替を進めつつある。だが早稲田大学の増山均名誉教授は「子供教室は大人によって与えられた活動プログラムに参加する場所。学童保育とは『何もしなくてもよい時間』も保障する場所で、代替にはならない」と指摘する――。

■法律のどこにも「学童保育」の規定はなかった

子どもの放課後の居場所の一つとして、いまは誰もが知っている「学童保育」。戦後1950年前後に、共働きの親たちが安心して働き続けるために、放課後の子どもの安全な居場所を求めて生み出した共同保育が「学童保育(学齢児童のための保育所)」の原点です。

1960年代の高度経済成長期に全国で進んだ女性労働と都市化の広がりのなかで、大都市部に出現した「カギっ子」(放課後親のいない留守家庭に鍵をあけて入り親の帰宅を待つ子ども)問題への不安から、学童保育への需要は一気に高まりました。

しかし親たちの必要から生み出された新しい社会的需要(①共働き家庭の子育て支援、②放課後の子どもの居場所)にこたえる「学童保育」は、残念ながら教育・児童福祉関連法のどこにも法の規定がありませんでした。そのため公的な財政支援は等閑視され、公的施設としての学童保育づくりは進みませんでした。

実は、児童福祉法には法制定の当初から、放課後の子どもの遊びの場として第40条に「児童厚生施設(児童遊園と児童館)」の規定がありました。しかし当時は、地域開発とモータリゼーションが始まる前ですから、全国どこの地域にも、路地裏や子どものたまり場など、放課後の子どもの遊びと生活の場がたくさんありました。「ガキ大将集団(子どもの遊び仲間)」とともに、地域の子どもたちに目をかける大人のつながりが存在していたので、学童保育や児童館がなくても放課後の子どもの生活は保障されていたのです。

■子どもの居場所づくりが後回しになったワケ

放課後の子どもの生活環境が大きく変化し、子どもの発達上の問題が誰の目にも見え始めたのは、1970年代からです。問題の大きな特徴は、次の諸点に現れました。

第一に、産業構造の変化によって都市化が進み、伝統的な村落共同体のつながりが希薄化するとともに、子どもが安心して遊べる自然環境が失われていきました。

第二に、進学競争と親の教育熱の高まりを背景として、子どもの塾通いや習い事が拡大しました。同時に学校教育が子育ての中心になり、放課後の子どもの遊び仲間の世界は軽視されていきました。

第三に、テレビの普及からはじまり、子どもたちを惹きつけてやまないゲーム機器、電子メディアの爆発的普及があります。遊びの室内化・個人化によって仲間関係の変化がはじまり、子ども世界の変容への心配が高まりました。

こうした社会・文化環境の変化を背景として、「放課後の子どもの生活」の保障、安心と安全の居場所を求める親の関心は次第に高まり、特に働く親の強い要求の下で生み出された「学童保育」とともに児童館や遊び場、子ども集団づくりの取り組みが広がっていきました。

しかし、地域開発においては、子どもの遊び場・居場所づくりよりも経済効果を生み出す土地活用や施設づくりの方に優先順位があり、子どもの環境整備は後回しにされてきました。働く親にとって切実な「学童保育」については、その施設をささえる法律の根拠がなかったために、さらにその発展はとどめられていたのです。

■学童保育の設置数は、今や小学校数より多い

学童保育の充実・発展を求める全国の親たちの連絡組織として「全国学童保育連絡協議会(全国連協)」がつくられたのは1967年のことです。その後、学童保育への公的支援と法制化を求める国民運動(1975年の50万人署名、1985年の100万人署名など)が高まり、1997年になってやっと児童福祉法が改正されました。その中に初めて学童保育が「放課後児童健全育成事業」(第6条)として書き込まれたのです。

法制化によってその後学童保育の設置数は急速に増加し、全国連協の最初の調査時(1967年に515カ所)、児童福祉法に法制化時(1997年に9048カ所)、2018年5月現在では「カ所数」2万3315カ所、「支援の単位数」3万1265カ所(全国連協調査)となり、今や小学校の数(1万9892校)より多い時代になりました。

法制化以降の急速な増加にもかかわらず、学童保育はその需要に追い付かず、いまなお学童保育に入れない待機児童が約1万7000人(全国連協調べ1万6957人、厚労省調べ1万7279人、ただし正確な数は把握されていない)いるといわれています。政府は、女性就業率の上昇を踏まえ、2023年末までに計30万人分の受け皿を整備するという方針を出していますが、学童保育の量的拡大の実現は急務です。

■学童には「放課後児童支援員」が必ず必要

学童保育の今日的課題は、まず量的拡大にありますが、質的向上の課題も見逃せません。質の向上という点では、学童保育の支援員の専門性の向上と施設環境の改善にむけて、2014年5月に厚生労働省令(「放課後児童健全育成事業の設備及び運営に関する基準」以下省令基準)が出されるともに「放課後児童クラブ運営指針」(2015年3月)が定められたことに注目しておきたいと思います。

学童保育の大規模化の解消にむけて「おおむね40人以下」「児童一人につきおおむね1.65平方メートル以上」とする省令基準にしたがい、分割(「支援の単位」化)が進んでいます。そこには「2人以上」の支援員を配置すること、そして専門職としての研修(16科目24時間)を経た有資格者としての「放課後児童支援員」を必ず1名配置することが義務づけられました。

しかし現在、支援員の確保の困難を理由とする自治体の要望を受け入れて政府内(地方分権改革有識者会議)では「基準の引き下げ」(「守るべき基準」から「参酌すべき基準」への変更)の方向が選択され、基準緩和の改革法案が準備されている状況です。学童保育の質的向上に向けての歩みが始まったばかりであるにもかかわらず、大きな岐路に直面しています。

■「支援員は誰でもできる」はとんでもない誤解

放課後の子どもの生活と遊びへのかかわりは、特別に専門性がなくても意欲があれば誰にでもできるように考えられがちですが、それはとんでもない誤解です。

学童保育が対象とする子どもたちは、それぞれに発達段階の違う異年齢集団であり、学校教育のように同学年ではない難しさが伴います。また現在どの施設も抱えている施設空間の狭さと設備条件の不十分性(体調の悪い子どもがゆっくり静養するスペースがないなど)の中で、元気あふれる子どもたちに日々関わらねばならないのです。

さらに今、「児童福祉法」や「放課後児童クラブの運営指針」には「子どもの権利条約」の理念や精神に沿った関わりをすることが明記されており、一人ひとりの子どもの声をよく聞き、活動への子どもの主体的な参加を実現し、子どもたちの発達を保障するための働きかけが必要となります。 学童保育は、単なる放課後の居場所にとどまらず、子どもたちの健やかな成長・発達(「健全育成」)を保障する場となることが求められており、支援員の専門性の向上にむけての研修は不可欠です。

■狭い教室に大人数を収容している「放課後子供教室」もある

放課後の子どもへの施策としては、文部科学省による、学校の空き教室を利用し地域のボランティアの協力を得た「放課後子供教室」づくりも進められています。しかし「放課後子供教室」は、大人によって与えられた活動プログラムに参加する場所であり、「学童保育」の代替にはなりません。

「学童保育」は、子どもの生活(暮らし)を保障する施設であり、用意された活動メニューを子どもが利用する場所ではなく、遊びの内容や活動を子ども自身が主体的・自治的につくり出す場所です。また、遊びや活動など「何かをする」だけでなく、おやつを食べたり、休息をしてゆっくりくつろいだり「何もしなくてもよい時間」が保障された場所なのです。

家庭に代わる暮らしの場所ですから、当然そこには、子どもたちの生活状況や想い・願いを系統的につかみ、働く親と連携し、子どもの様子や子育てを理解し合い、日々子どもたちに寄り添える複数の専任支援員が配置されることが不可欠です。

「学童保育」は国の基準で「おおむね40人以下」とされていますが、「放課後子供教室」には、必ずしも上限がありません。そのため「全児童対策」の名のもとに、「学童保育」に入れなかった子どもも含めて、100人を超える子どもを受け入れているところが存在しています。狭い教室に多数の子どもを収容しているために、子ども同士のトラブルや、けがの心配もあります。そこに通う子どもたちもすべてが毎日来る子どもだけではありませんし、大人の支援員も常勤ではないので、子どもの名前をおぼえることすらできにくいのです。

兄弟姉妹も少なく、異年齢のかかわりが少なくなり、安心して外遊びや集団での遊びができにくくなった今日の子どもたちの状況を考えると、すべての子どもたちにとって、「学童保育」のように子ども主体の遊びと生活(暮らし)が保障される安心の居場所が必要な時代になっているのではないでしょうか。

「学童保育」は、共働きの親の子育てにとって不可欠な施設であるにとどまらず、放課後も日本の子どもたちが健やかに成長発達するうえで、必要な福祉と教育と文化をつなぐ新しい子育ての場のモデルでもあるのです。

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増山均(ましやま・ひとし)
早稲田大学名誉教授 日本学童保育学会代表理事
1948年栃木県生まれ。東京教育大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1982年日本福祉大学講師、助教授、教授を経て、2001年より早稲田大学文学部教授、2018年より、早稲田大学名誉教授。日本学童保育学会代表理事。『子ども白書』(日本子どもを守る会編)元編集長。専門は、社会教育学、社会福祉学。著書に『アニマシオンが子どもを育てる』(旬報社)、『子育て支援のフィロソフィア』(自治体研究社)など。

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(早稲田大学名誉教授 日本学童保育学会代表理事 増山 均 写真=iStock.com)

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