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哲学者が田舎暮らしを熱狂的に勧めるワケ

プレジデントオンライン / 2019年3月20日 15時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/pixdeluxe)

「デュアラー(二拠点生活者)」という言葉が注目を集めている。哲学者の小川仁志氏は「私も田舎に住みながら都会に働きに出ている。二拠点生活をすることで二項対立に縛られない価値観を持つことができる。みんな田舎に住んでみるべきだ」という――。

■なぜ二重生活がブームなのか

今、都会にベースを置きながらも、時々田舎に住むというライフスタイルが流行りつつあるようです。そうした二重生活を送る人たちのことを「デュアラー」というそうです。二重を意味する英語dualから来ています。

今回はそんなデュアラーについて、思想的に意義を読み解くとともに、こうしたムーブメントが今後どうなっていくのか考えてみたいと思います。

そもそも私がこのムーブメントに興味を持ったのは、自分自身が田舎に住んでいるからです。私の場合、都会をベースにして時々田舎に来ているのではなく、逆に田舎に定住して、時々都会に出ていくというライフスタイルをとっています。

もともと私も都会に住んでいました。京都出身で関西育ちなのですが、大学を出てからはおしゃれな商社マンに憧れて東京に行きました。横浜に寮があったので、そこに住んでいました。その後台北、北京、東京と東アジアの主要な首都を制覇? し、30代前半は市役所に転職したため名古屋で働いていました。

市役所で働きながら大学院に通い、博士までとった私は、36歳の時に山口に移り住んだのです。そこに哲学のポストがあったからですが、それは家族と共に田舎に移住することを意味していました。何より、哲学のポストは希少ですし、私の経歴からするとほぼそれは山口への永住さえ意味していました。

■私が田舎にこだわる理由

しかし、躊躇はまったくありませんでした。なぜなら、田舎暮らしに憧れていたからです。ずっと都会に住んでいて、息苦しさを感じていたのでしょう。今は新幹線でも飛行機でも、あっという間に東京に行ける時代です。本州の端っこであろうが、何百キロ離れていようが、少しも遠いとは感じませんでした。

その後メディアにも出だして、取材や打ち合わせなどで頻繁に東京、大阪、名古屋などの都会に行く生活になりましたが、それでも都会に住もうと思ったことは一度もありません。「どうして都会に移らないんですか?」とよく尋ねられるのですが、都会に住むことがいいとは思っていないのです。

その気になれば、今の大学も博多あたりから通うことは可能です。現にそういう同僚もいます。都会のライフスタイルを味わえるからです。でも、私の感覚だと、せっかく田舎に仕事があるのに、無理に都会をベースにして、わざわざ田舎に休みに行くのはもったいないような気がするのです。都会にはいくらでも仕事で行く用事があります。それなら、普段はのんびり田舎で過ごしていたほうがいいのではないかと思うのです。

■レヴィ=ストロースの見解

それにしても、なぜ私は田舎を好むのか? それは田舎には都会にない魅力があるからです。昔は田舎にはネガティブなイメージがありましたが、今は変わってきています。いや、今でもそう思っている人が多いのはたしかです。なぜなら、田舎は都会から離れているから不便だという固定観念があるからです。そして都会には色々なものがあるが、田舎にはないと。はたしてそうでしょうか?

私はそうは思いません。まず、都会から離れていても不便とは限りません。先ほども書いたように、交通はどんどん発達していますし、インターネットのおかげで田舎でもなんでも手に入ります。都会にいても買い物はアマゾンだけという人も増えています。それに田舎には何もないどころか、逆に都会にないものがたくさんあります。つまり田舎は都会のオルタナティブとして、もっと積極的な意味を持っているのです。

構造主義で有名なフランスの思想家レヴィ=ストロースは、未開社会をフィールドワークした結果、未開社会が必ずしも文明社会に劣っているわけではないことを明らかにしました。むしろそこには、「野生の思考」ともいうべき英知が宿っているのだと。

■二項対立から抜け出すには離れ業が必要

それは私も感じます。都会は災害に弱いとか、窮屈だといいますが、反対に田舎は強靭さや、おおらかさに溢れています。ただ、誤解しないでいただきたいのは、何も都会より田舎のほうが優れているといっているわけではありません。田舎には田舎の良さがあると言いたいのです。その点はレヴィ=ストロースも同じです。しかし、レヴィ=ストロースの議論自体がそうなのですが、やはり両者を二項対立的にとらえている時点で、どうしてもどちらかに与した見方をしてしまいがちなのです。

私自身は都会と田舎のどちらも同じようにとらえたいのですが、そのためには両方に住むという離れ業が必要なのかもしれません。今、そうした離れ業が現実のライフスタイルとして流行りつつあります。それがデュアラーにほかならないのです。

■デュアラーのすすめ

都会と田舎を行き来するデュアラーが増えているのはなぜか考えてみましょう。最近は、東京一極集中に加え、共働きが増えたせいで、皆都心の便利なところに住むようになっています。そうすると、都会生活の息苦しさから逃れるべく、田舎での生活に憧れるようになるのです。かといって、仕事の関係で移住するわけにもいかないため、週末だけとか、長期休みの時などに田舎に住むという二重生活を始めることになるのです。

あるいは、働き方改革もあって、テレワークが広がり、週に何回かは田舎に住むという人も出てきています。2つも家を持つのは大変そうに思うかもしれませんが、安くで古民家を借りたり、シェアハウスをしたりと、意外とお金のかからない方法が増えています。

それならいっそのこと移住してしまえばいいようなものですが、田舎に住むというのは、都会生活があるからこそ楽しめるという部分もあるのです。ここがデュアラーのポイントです。結局私もそうなのだと思います。多い時は毎週末といっていいほど頻繁に都会に行く機会があるため、普段は田舎でのライフスタイルを楽しめているのです。

■とどまりたいのに、とどまれない

これは思想的にも説明がつきます。先ほど構造主義の話をしましたが、奇しくもその構造主義の二項対立を批判して登場したポスト構造主義がそれです。その代表格といってもいいのがフランスの哲学者ジャック・デリダです。

デリダは、物事が差異で成り立っていると唱えました。この世に都会と田舎の2種類が存在するのは、両者に違いがあるからです。そして違いというものは、常に生み出されていることを指摘したのです。これは人間の本能であるようにも思います。あるものを手に入れると、別のものが欲しくなる。だからどっちかではいけないのです。

都会でも田舎でもないデュアル生活。いわばこれは「住まう」という概念の脱構築だといってもいいでしょう。脱構築もまたデリダの用語なのですが、簡単にいうと、既存の価値を揺るがし、構築し直すといった意味です。住まうというのは、本来どこか1カ所にとどまることをいうはずです。ところがデュアラーの場合、どこかにとどまるのではなく、そこから「抜け出す」ことにこそ住まうことの意味があると感じているのですから。

私たちはどこかにとどまりたいくせに、とどまった瞬間、そこから抜け出したくなる願望を抱くのです。その願望を実現したのがデュアラーではないかと思うのです。

■田舎をベースに都会に働きに出るのが主流に

都会から抜け出すことが容易になるにつれ、今後もデュアラーは増えていくことでしょう。ただ、今は都会をベースにして時々田舎に住むという人が多いわけですが、働き方改革やテクノロジーの発展に伴い、今後は田舎をベースに都会に働きに出るのが主流になるのではないかと思います。なぜなら、田舎のほうが圧倒的に暮らしやすいからです。物価は安いし、自然が豊かで、のんびりしている。子育てにも最適です。

あるいは、こんな未来も想定できるかもしれません。これは思想の側から予測してみたものです。つまり、構造主義、ポスト構造主義と見てきましたが、その次の段階はポスト・ポスト構造主義と呼ばれています。その代表格はドイツの哲学者マルクス・ガブリエルの新実在論でしょう。ガブリエルの新実在論は、ごく簡単にいうと、見たものがそのまま存在すると説くものです。たとえば、同じ田舎の風景を10人が見ていれば、10通りの見方があるのではなく、10通りの現実が存在するというわけです。

一見ばかげているようにも思われるでしょうが、バーチャル世界はそれに近いといえます。VR(仮想現実)などを使えば、同じ現実の中にいつつ、あたかも異なる世界にいるような感覚にとらわれるのですから。したがって、VRやAR(拡張現実)などで体感している世界は、もう1つの生活圏であって、それもまたデュアラーの1つのあり方になりうるのではないでしょうか。週末忙しくても、どうしても田舎に行きたければ、ゴーグルをかけてバーチャルな田舎生活を味わうことだってできるのです。田園風景を見ながら、のんびりと時間を過ごす。多分次の週末には実際に田舎に向かっていると思いますが……。

(哲学者 小川 仁志 写真=iStock.com)

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