口の中でわかる"早死にする人、ボケる人"
プレジデントオンライン / 2019年4月7日 11時15分
■老後、みんなが「歯」で後悔している
以前プレジデント誌では、シニア1000人(55歳から74歳の男女)を対象に「今、何を後悔していますか」と尋ねるアンケートを行った(2012年11月12日号)。すると、健康面では、運動不足や食事の不摂生、毛髪の手入れ不足などを上回り、「歯の定期検診を受ければよかった」がトップになった。「もっと歯を大切にすればよかった」と思わせる現象が、この年代に入ると起こるのだ。歯科医の波多野尚樹氏(波多野歯科医院院長)は、口の中を見れば寿命がわかるという。口の中がどんな状態だと、早死にするのか、取材した。
例えば酒を飲んでそのまま寝てしまった朝、歯の裏や舌の上、口の中を覆っている口腔粘膜全体が、ネバネバで不快な感じになったことはないだろうか。口の中には、何百種類もの細菌が棲み着いていて、これが、口の中に残った糖をエサに大繁殖し、ネバネバの粘性物質を作って口腔内にべったりと張り付いているのだ。これを口腔バイオフィルムという。プラーク(歯垢)ともいうが、バイオフィルムの中では歯周病菌も、大繁殖する。歯周病菌は菌の細胞膜そのものに毒があるため、歯肉に触れただけでも炎症を起こす。悪くなると膿が出て、ひどい口臭がするようになる。
自覚症状としては、歯を磨くと血が出る程度で痛みもないことが多い。だが、鏡で口の中を見ると、歯の間の歯肉が赤く腫れ、軽くぶよぶよしていたり、また最近歯間に食べ物が詰まりやすくなったと気づくだろう。
実は、歯周病の人の口の中は、歯肉だけでなく粘膜全体が赤くただれているのだ。舌の表面に白いカビがこびり付いて「舌苔(ぜったい)」ができている人も多い。口内炎もできやすくなり、喉の奥が赤く腫れて白い粒々が付いている。これらはみな、歯周病という感染症の症状で、全身の病気を引き起こす寿命に関係する怖い兆候だ。
では、なぜ歯周病菌が全身の病気を引き起こすのか。歯肉に腫れが起こると、体はリンパ球や白血球を集結させて炎症を抑えようとする。このとき、歯肉にはリンパ球を送り込むための新しい血管が作られる。この血管の中に歯周病菌が入りこみ、全身へと流れていってしまうのだ。
全身の血管をめぐり始めた歯周病菌は、あちこちで血栓を作って血管に付着し、血液の通りを悪くする。これが心臓に近い冠動脈で起これば心筋梗塞、脳血管で起これば脳卒中、腎臓の血管が詰まれば腎不全になる。酒も飲まないのに起こる非アルコール性脂肪肝炎(NASH)や、近年、患者数が急増している潰瘍性大腸炎でも、歯周病菌が肝臓や大腸にまで至り、作用していることがわかってきている。
また、歯周病は糖尿病とも関係している。血中に糖があふれ、血管を傷つけるのが糖尿病だが、あらゆる治療をしても血糖コントロールできなかった人が、歯科で歯周病を治したら、糖尿病治療もうまくいくようになったという報告もたくさんある。
今や日本人の死因の第3位とされる「誤嚥性肺炎」も歯周病菌と関係がある。ものを飲み込む力が弱くなり、食べ物や唾液が食道ではなく気管に入ってしまうことを「誤嚥」という。この誤嚥の際に、唾液に交じり込んだ歯周病菌など多くの口腔内細菌が気管に入り込み、慢性的な炎症が起こり、そこにインフルエンザの感染などがきっかけになって誤嚥性肺炎が起こるのだ。
また、歯周病が進み、歯がなくなると、認知症になる可能性が高まる。歯周病は、炎症がやがて歯周ポケットといわれる歯肉の奥深くまで広がり、歯を支えている「歯槽骨」という骨を溶かしていく。支えがなくなった歯はぐらぐらし、抜ける原因になる。まず犬歯が抜ける人が多く、次に奥歯が抜ける。すると、残った歯に食事のたびに負担がかかり、次々にダメージを受けて、連続して歯が抜けていく。名古屋大学の調査では、アルツハイマー病患者は健康な高齢者に比べて、残っている歯の数が平均して3分の1しかなかった。また、健康な人に比べて、歯が抜けた後に義歯を使用している割合も半分しかいない。つまり、歯の保有数や治療の有無は、脳の萎縮にも関係することがわかったのだ。
■口の中は、人生をも表す
そんな恐ろしい歯周病を加速させるのが、喫煙だ。口の中を見ると、タバコを吸っているかいないかがすぐにわかる。ニコチンによる色素沈着だけではない。血流が悪いために酸欠が起き、粘膜の細胞はますます再生能力を失い、口の中は焼けたようにただれている。血流が低下するから、白血球などの免疫細胞も少なくなり、歯周病菌が繁殖するのだ。
歯周病の治療に通っていながら、そういうひどい状態が見えたときは、はっきり言うことにしている。「喫煙者は救われない。このままタバコを吸い続けるなら、あなたの寿命はもう長くありません。治療を続ける意味があるか、自分で考えてほしい」。そうして患者さんの覚悟を促し、歯周病という感染症の本当の怖さを伝えていくしかないからだ。
これまでむし歯も歯周病もなく、きれいなピンク色の歯肉だった人が、何年後かに診ると口の中の様相が変わり、歯肉にはばい菌がびっしり付いているというようなこともある。それは、生活に何か問題が起きているということなのだ。仕事がうまくいっていない、経済的な問題、夫婦間トラブル、離婚、介護疲れ等々。
ストレスや疲労、睡眠不足で免疫力が低下し、細菌感染がひどくなったのかもしれない。いや、困難な生活の中で、自分のケアが二の次になった結果なのだろう。口の中は寿命だけでなく、その人の生活環境や人生までも表すのだ。
だが、歯の治療にはお金がかかる。歯のことで、老後に悔いを残さないためにはどうしたらいいか。それは、今すぐ歯の磨き方を変えることだ。
歯磨きとは歯に付着している細菌を掃き落とす行為をいう。ヨゴレを落とすのではない。抗菌効果をうたった歯磨き粉にこだわる必要はない。鏡で口の中をよく見て歯並びを自覚しながら、磨き残しのないように磨く。特に、歯並びの個性的な人は、八重歯の裏などに磨き残しが出やすい。そこには細菌が繁殖しやすく、歯周病も起きやすい。フロスで歯間のそうじをする習慣もつけよう。
私はインプラント治療に取り組んでいるが、まずは、歯磨き講習から始めなければならない人は多い。すさまじい細菌の繁殖を食い止めなければ、せっかく埋め込んだインプラントの周囲にも炎症が起こり、周囲の骨を溶かしてしまうからだ。
口腔ケアという生活習慣を身につけることが、歯と全身の寿命を延ばし、人生の後悔を1つ減らすことにつながるはずだ。
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慈皓会・波多野歯科医院院長
1946年生まれ。日本歯科大学卒業。医学博士・歯学博士。MAXIS インプラント インスティチュート主幹。日本のインプラント治療のパイオニアの1人で、即日完成インプラントを開発。
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■▼シニア1000人「『歯』で後悔」
(慈皓会・波多野歯科医院院長 波多野 尚樹 構成=南雲つぐみ 撮影=奥谷 仁 写真=iStock.com)
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