セックスロボットとの「愛」は成立するか
プレジデントオンライン / 2019年4月6日 11時15分
■「ロボットを人間としてみる」と起きる大問題
人工知能とロボット工学の進歩によって、かつてSFの世界であったものも、次第に現実味を帯びるようになってきた。その一つは、人間をサポートするロボットだ。人間と会話したり、サービスを補助したり、あるいは、医療や福祉の分野で心理的なケアを担ったりするロボットは、すでに幾つかのものが実現している。
それらは総じてソーシャル・ロボットと呼ばれる。1999年にソニーが発売した犬型ロボットAIBOや、2014年にソフトバンクがリリースしたPepperは、その代表例だ。現時点での性能は初歩的だが、いずれは完全に自律的な人間のようなロボットも登場するのではないかと期待されている。
しかし、ロボットが人間的な性質を持つための条件は、ロボットだけにあるのではない。「人間がロボットをどう感じるか」も重要なポイントなのだ。
後述するように、ロボットの友人や恋人としての役割は、しばしば、私たちに感情的な依存を引き起こす。つまり、ロボットがこれらの役割を担うようになるにつれ、私たちは、ロボットを人間としてみる傾向が強くなることが分かっている。それは同時に、さまざまな軋轢も生むことになる。
■ごく普通の人々のセクシャル・ヘルスのための市場
そこで今回は、「セックス・ロボット」について取り上げたい。人工知能やロボット開発の多くは公益に資することを目指しているが、プライベートな事柄、もっと言えば、性的な部分でも活用が進んでおり、これには激しい議論が巻き起こっているからだ。
以下では、セックス・ロボットの特徴に関する性的な記述やリンクが含まれることを、あらかじめ断っておく。それらを不快に思う読者は、読み進めないことをお勧めする。
セックス・ロボット開発の背景には、セックス・ドールないしはラブ・ドールとも呼ばれる人間型の人形を愛好する人びとの市場がある。ある報告では、この市場は、安価なノベルティ商品の製造から、高品質でリアルなラブ・ドールまでを含み、数百万ドル規模の世界的産業へと成長を遂げている。
公平を期すために言えば、この市場は、特殊な性的嗜好を持つ人びとのものというわけではなく、ごく普通の人々のセクシャル・ヘルスのための市場でもある。
■「約半数は50年以内にロボットとセックスする」と予想
また、2017年の調査では、アメリカの成人の約半数が、今後50年以内にロボットとセックスするのが一般的な慣習になると予想している。このことからすれば、この市場は、今後もさらに成長するものと予想される。
セックス・ドールやラブ・ドールは、その大半が男性向けのものだ。しかし、2018年には、Realbotix社が女性向けのセックス・ロボット「Henry」を正式にリリースする準備ができたと報じており、ディルドなどのセックス・トイ同様に、女性のニーズに応える商品開発も進められている。
しかしながら、セックス・ドールやラブ・ドール、あるいは、それらの発展形態としてのセックス・ロボットに対しては、それを肯定する者と、批判する者の間で、目下、激しい議論が巻き起こっており、単にプライベートな事柄として済ますわけにはいかないようだ。
いったい何が問題とされているのか、そして、経験的な調査からは何が分かっているのか。本稿ではできる限り新しい研究に即して論じてみたい。
■所有者の好き嫌いを学び、好みに近づくロボットも登場
議論を進めるにあたって、まず、セックス・ロボットとは何かについて考えてみよう。現在のところ、セックス・ロボットの実用的な定義はなく、また、実際には、SF並みのセックス・ロボットもまだ存在しない。
目下、私たちが「セックス・ロボット」と呼んでいるのは、シリコン製のドールの中身を機械化し、コミュニケーションを可能にするプログラムを組み込んだ機械人形のことだ。市販されているセックス・ロボットは、スチール製の関節とシリコン製の肌を持ち、音声作動プログラムが内蔵されているものが大半だ。
だが、中には、私たちが想像するよりもはるかに高度なロボットもすでに存在している。TrueCompanion社が販売している男性型ロボット(Rocky)や女性型ロボット(Roxxxy)は、容姿をカスタマイズできるだけでなく、所有者のタッチに反応する機能や、人工知能アプリケーションを通じて所有者の好き嫌いを学び、所有者の好みに近づくようにプログラムされている。
このようなセックス・ロボットに対する批判は、大別すると、二つの観点から提起されている。
第一の観点は、セックス・ロボットを作り、促進するアイデアや実践それ自体を問題にするもので、その意味では、ロボット以前のドールにも当てはまるものだ。
第二の観点は、ロボットの性能や機能を問題にするもので、セックスを含めた親密な関係の相手となる、ロボット自体が備えておくべき道徳性を問うものだと言える。
■セックス・ロボットが普及すれば性犯罪は減るのか?
第一の観点から見てみよう。アメリカで起きている「セックスロボット反対運動」によれば、セックス・ロボットやドールを開発したり、使用したりするアイデアや実践それ自体が、女性や子供に対する暴力であり、ジェンダーの不平等の表れであって、それらの開発や販売、使用は、女性や子供を性的快楽のための単なる道具として見なす行為(Sexual Objectification)であるという。さらには、女性や子供の姿をしたロボットやドールに対して、暴力的かつ抑圧的に振る舞うことが、現実の女性や子供に対する同様の行動を助長する可能性もあると指摘している。
これらの批判は、簡潔に言えば、セックス・ロボットやドールの開発や使用は、それらが表象する女性や子供、あるいは男性への共感を破壊することに繋がると指摘するものだと言える。
しかし、こうした批判には、次のような反論もある。それは、セックス・ロボットやドールの開発や使用は、現実の女性や子供、あるいは男性との売春を減らすことに繋がり、それによって、他者を性的快楽のための単なる道具として見なす行為は、むしろ減る可能性があるというのだ。
このような批判や反論は、具体的な調査に基づいたものが少なく、多くは思弁的なものにすぎない。実際のところ、セックス・ロボットやドールを購入した人びとの動機や経験はほとんど知られていないのだ。
■所有者たちは「性的欲望のはけ口」にはしていなかった
そうした中、2018年に、実際にそれらを購入した83人を対象とした調査研究が発表された。この調査研究の成果は、批判者の想定の一部を覆すものであり、同時に、どのようなセックス・ロボットが望ましいかに関しても、大変興味深い示唆を与えるものだった。
この調査に参加した所有者のほとんどは、批判者の予想に反して、セックス・ロボットやドールを「物」として暴力的かつ抑圧的に扱うようなことはしておらず、むしろ、それらとパラソシアルな関係(Para-social Interaction)を築いていたのだ。
パラソシアルな関係というのは、例えば、テレビやラジオの視聴者が、著名人や架空のキャラクターなどに対して、まるで親密な関係を持っているように感じることをいう。この関係は、もちろん一方的なものだ。しかし、思いを寄せる側の心理においては、現実の社会関係と同じように感じられる関係だ。
調査に参加したある所有者は、セックス・ロボットとの関係をこう記述している。
■「性的な関係」は彼らの関係の一部にすぎない
先に述べたように、批判者たちは、所有者は、セックス・ロボットやドールを性的欲望のはけ口として暴力的かつ抑圧的に扱うはずだから、それが現実の他者との関係も悪化させる要因になると考えていた。しかし、この調査の成果は、そうした想定が必ずしも正しいとは限らないことを示唆している。
所有者たちは、セックス・ロボットやドールを単なる性的な対象と見てはおらず、性的な関係は彼らの関係の一部にすぎないようなのだ。調査を主導した研究者たちは、むしろ、彼らの関係は、「愛情」や「仲間意識」によって特徴づけられており、所有者の孤独を癒やすことはあっても、対人関係や他者への共感を必然的に破壊するというものではないと述べている。
この調査でさらに興味深いのは、所有者たちが、高機能ロボットと交換することにも、ロボットをさらに機能向上させることにも否定的だったということだ。彼らは、所有するロボットに愛着を感じており、入れ替え不可能な相手と見なしていたわけだ。
■「パートナー・ロボット」に性的な機能は必要なのか
このことは、ロボットが人間的な性質を持つための条件が、必ずしもその性能や機能に還元されるわけではないことを示している。もっと言えば、ロボットがより人間らしく感じられ、絆を築く相手として感じられるための条件は、所有者のロボットやドールに対する想像力なのかもしれないのだ。そうだとすれば、想像力を発揮する余地を奪うような、完全に自律的なロボットの開発は、少なくともこの市場においては、歓迎されないかもしれない。
この調査結果は、人間は、ロボットの機能や性能がどうであれ、それらとの間でも親密な関係を築くことができる、ということを示している。そして、セックス・ロボットやドールとの関係が暴力的かつ抑圧的であり、それが現実にも悪影響を及ぼすという想定は、必ずしも妥当ではないということも示している。しかし、だからといって、セックス・ロボットやドールの開発や使用に対する批判がすべて無意味になるわけでは、もちろんない。
セックス・ロボットやドールの表象のされ方や使用の仕方の中には、性暴力として非難されるべきものが確かにある。それを指摘した上で、この調査が示したように、性的な関係と、それを含みつつもそれ以上の親密な関係とを区別することができるとしたら、その時何が問題になるだろうか。
つまり、セックス・ロボットやラブ・ドールという表現ではなく、「パートナー・ロボット」とでも呼べるロボットとの親密な関係の中で、その一部として性的な関係を持つ場合には、どのような問題があるだろうか。これが、先に述べた第二の観点だ。
■ロボットにまで拒否されれば、所有者は深く傷つく
この考察は、ロボットがもっと高度化した場合に、とくに重要なものになってくる。ここでは、答えを示すというよりも、どのような問いが成り立つか、いくつか考えてみよう。
第一の問いは、親密な他者としてのパートナー・ロボットは、どこまで性的な関係を誘惑したり、あるいは拒絶したりすべきだろうか、というものだ。過剰な誘惑は、所有者に身体的・精神的な負荷を与えるかもしれない。性的な関係の拒絶は、ロボットをより人間的に見せる要素になるかもしれないが、何度も人間から拒否された経験がある場合には、所有者を深く傷つけることになるかもしれない。
第二の問いは、パートナー・ロボットは、ロボットだということをどこまで所有者に認識させるべきか、というものだ。ロボット技術の高度化は、いま以上に感情的な依存を引き起こすかもしれない。所有者の好みにより忠実になるプログラムがロボットに組み込まれるとすれば、所有者は、そのロボットの関係に満足し、リアルな人間との関係を築こうとしなくなるかもしれない。
第三の問いは、パートナー・ロボットは、人間とは異なる性的な刺激を与えたり、誘惑をしたりできるようになるべきか、というものだ。ロボットが複数の手や乳房、性器を持つことは、所有者をより満足させるかもしれないが、それに慣れることは、やはり現実の人間との関係を疎外するかもしれない。
■人間関係に疲れる人が増えれば、ロボットの人間化は失敗する
パートナー・ロボットを高度化することは、パラソシアルな関係を、ある部分、双方向なものに変えることを含んでいる。ロボットが、SF的な意味で自律化するようになれば、それは一層顕著になるだろう。それは、ロボットとの非対称的な愛の関係を、つまり、一方的な思い入れを、人間同士の関係と同じように対称的なものに変えることを意味する。
そうなれば、人間とロボットとの性的な関係にも、おそらく同意や不同意が必要とされるようになるだろう。ロボットやドールとのセックスを「レイプ」と見なす論者もいることを考えると、こうした方向を望ましいと言うのはたやすい。
しかし、その時、セクシャル・ヘルスの市場やロボット市場は、どのようなものになるだろうか。先に挙げた調査への参加者たちと同じように、孤独を癒やすことを求める人びとや、人間関係に疲れた人びとが増えるなら、ロボットを技術的な面で人間化する方向は、市場においては失敗することになるだろう。
ロボットがSF世界のように自律化する未来が来ても、本当に人びとが求めるのは、パラソシアルな関係を築ける稚拙なロボットなのかもしれない。
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政治社会学者
1977年生まれ。博士(社会学)。首都大学東京客員研究員。現代位相研究所・首席研究員ほか。朝日カルチャーセンター講師。専門は、政治社会学・批判的社会理論。近著に『人工知能時代を<善く生きる>技術』(集英社新書)がある。
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(政治社会学者 堀内 進之介)
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