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東大がついに本気を出した産学連携の中身

プレジデントオンライン / 2019年4月17日 9時15分

日本の産学連携はなぜうまくいかないのか。原因のひとつは共同研究の規模の小ささだ。海外では数十億円規模の事例があるのに対し、日本では東京大学でも大半が300万円以下だ。五神真総長は「これまでの大学は本気の投資先になれていなかった。研究室レベルではなく、組織レベルで協働する必要がある」と指摘する――。

※本稿は、五神真『大学の未来地図』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■大学には最先端の知識と技術が集約されている

企業が未来へ投資しづらくなっている状況にあって、それを活性化させる機能を担うことができるのは大学です。だからこそ、大学は企業ともっと密に連携すべきだと思います。

なぜなら大学には最先端の知識と技術が集積されていますし、どうしても短期利益を重視せざるを得ない企業と違って、長期的なビジョンの構築を担うキャパシティがあるからです。また、学術研究には長い時間スケールを扱うものが多いので、企業の経営者が長期ビジョンを構築することに協力することもできるのです。

そのためには、大学側も産学連携のあり方を少し改善することが必要です。

東大では、民間企業と連携して年間1500件以上の共同研究を進めています。かなり多いと思われるかもしれませんが、事業規模でいうとその大半が300万円以下です(図表1)。一方、大企業が海外の大学と組んで共同研究を進める場合、一つのプロジェクトについて10億円、20億円の資金を用意するという話もよく聞きます。ところが東大との連携の場合、1件300万円以下の資金しか投じられないのはどうしてでしょうか。

■ボトムアップの共同研究は規模が小さい

東京大学 五神真総長(撮影=岡田晃奈)

大学と企業の共同研究は、理系の場合、これまで次のような流れで行われてきました。

企業で開発上の課題が何か生じた場合、まずは社内での解決を試みます。研究開発部門で解決できないときに、「機械工学の○○大学○○研究室に頼んで解決してもらいましょう」という話になります。つまり大学は、トラブルを解決するための相談をしに行く場所として利用されてきたのです。

あるいは、新規採用分の学生を確保するため、大学の先生との関係をつないでおきたいから、共同研究の機会を持ちましょうといった、顔合わせ的な意味合いの提携もあります。

東大の場合、1500件以上ある産学連携のほとんどは、企業における個々の事業の担当者と個々の教員の関係から生まれるボトムアップの関係です。そのため、必然的に規模の小さな共同研究が多くなってしまうのです。

これは、企業に見る目がないということではありません。大型の共同研究がなかなか生まれない真の理由は、これまでの大学が、共同研究を進める相手として10億、20億という投資に値する「本気の投資先」になれていなかった点にあります。

■知財が専門の弁護士を配置して組織的にサポート

これまで東大では、企業と共同研究を進めるにあたって契約書のひな型をいくつか用意し、それをベースに企業と契約を結んでいました。しかし、少し考えてみれば分かるように、契約書の内容はプロジェクトごとに大きく変わってきて当然です。

また、研究開発には特許がつきものです。企業と大学との共同研究で、かなりの数の特許を申請することがあります。ただ、これまで東大では、研究者に対して、特許の申請や、特許技術が有効に活用されるようにするためのサポートなどを、組織的に十分な形で展開することができていませんでした。

そこで、知的財産を専門とする弁護士を幹部職員として迎え入れ、企業がビジネス展開しやすい環境を整えることにしました。また、企業との共同研究では、これまでも共同出願の特許を申請するケースは多く見られました。しかし、研究者の素晴らしい研究成果については、共同研究が始まる前に単独で特許を取得しておくことも非常に重要です。そのための特許出願サポートも進めています。

■「産学連携」ではなく「産学協創」を目指す

企業との共同研究では、利益相反を上手にマネジメントすることも非常に重要です。企業は営利追求を第一に活動していますが、大学では真理の探究を第一義的な目標としています。お互い方向性の異なる目標を持っているため、共同研究を進めるなかで、教職員が企業と大学の間で板挟みになってしまう危険もあります。大切なのは利益相反を避けることではなく合理的にマネージすることです。東大では、そのために、規則やガイドラインを整備し、企業も大学も安心して共同研究が進められるような仕組みを整えています。

また、これは当然のことですが、秘密保持を徹底するための環境も整備しています。このようにして企業と大学は、お互いに信頼し合って連携する条件がはじめて整うのです。

大学という公共財を社会のために活用するという観点から、せっかくなら「産学連携」ではなく、さらに踏み込んだ「産学協創」を目指したいと私は考えています(図表2)。旧来の産学連携では、先に述べたとおり、企業と大学の研究室がボトムアップで個々に連携していました。しかし、東大の提唱する「産学協創」では、トップ同士が実現すべき未来社会像を共有した上で、企業と大学がそれぞれ組織レベルで協働し、そこに向かうための具体的な連携を進めることを目指しています。

■2016年には「日立東大ラボ」を開設

すでに述べたように、産業がグローバル化するなかで、産業界では株主からのプレッシャーが強まっています。そして、企業はより短期的な成果を上げることに比重を置かざるを得ない状況になっています。しかし、企業の持続的な成長のためには、長期的なビジョンとそれを実現するための投資が不可欠です。だからこそ、今、大学の出番なのです。

五神真『大学の未来地図』(筑摩書房)

大学の強みは、長期的な視点にもとづく基礎研究にあります。さらに、大学には、自然科学から人文社会系の学問まで、多様で幅広い分野の知のエキスパートが揃っています。研究成果を社会にどう活かすことができるのか、どのように経済活動に組みこんでいけるのかも提案することができます。

私たちはテクノロジーを活用してどんな未来社会を創りたいのか。いま、企業と大学が連携することで、社会に対してどのような新しい価値を提供できるか。どんな社会課題を解決できるか。そのために、いま、私たちは何をするべきか―。企業と大学の豊かな人的リソースを活用して、対等な立場で多様な人材が同じ場に集い、オープンディスカッションをしていくことが大事です。

こうしたディスカッションを通じて、解決すべき課題を明確化し、それに取り組むための共同研究を開始します。これが東大が目指す「産学協創」の形です。こうした考えのもとで、東大では2016年6月に株式会社日立製作所と「日立東大ラボ」を開設し、翌7月には日本電気株式会社(NEC)とパートナーシップ協定を結ぶことができました。

■「大企業にいる卒業生」の能力を最大限活用したい

このように企業と大学が協創できれば、その活動を通して、社会をより良い方向に導くことに貢献できます。もちろん、企業の持続的な成長にもつながるでしょう。

産学協創は比較的大きな企業との関係を想定しています。実はこれにはもう一つの意味があります。東大はこれまで優秀な卒業生を日本の大企業に数多く送り出してきました。私自身、30年間の教員生活の中で100人近くの卒業生を送り出し、その多くが日本の産業界で活躍しています。手塩にかけて育てた学生たちですから、それぞれにどんな強みがあるか、私たちはよく分かっています。

産業構造が大きく変化するなかで、知識集約型の新しい価値創造を行うためには、大企業の人材の能力を最大限に活用するのが一番の近道だと考えています。大企業の価値がさらに高まれば、経済へのインパクトも大きいはずです。

産学協創で組織レベルの連携を進めたいと考えた背景には、こうした卒業生たちともう一度切磋琢磨して、彼ら彼女らの能力をもっと引き出したいという思いがあるのです。そして、企業のみなさんには、その舞台として大学をもっと活用してほしいのです。そうすれば日本社会の変革に向けて一層力強く前進できると私は考えています。

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五神真(ごのかみ・まこと)
東京大学総長
1957年生まれ。1980年、東京大学理学部物理学科卒業。理学博士(東京大学)。光量子物理学を専攻。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授、東京大学大学院理学系研究科長・理学部長などを経て、2015年より第30代東京大学総長。日本学術会議会員、未来投資会議議員、中央教育審議会委員、科学技術・学術審議会委員、産業構造審議会委員、知的財産戦略本部本部員、一般社団法人国立大学協会理事(顧問)などを務める。著書に『変革を駆動する大学:社会との連携から協創へ』(東京大学出版会)がある。

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(東京大学総長 五神 真 撮影=岡田晃奈)

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