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なぜ日産の内部監査は機能しなかったのか

プレジデントオンライン / 2019年4月24日 9時15分

権力闘争か、トップの暴走か。カルロス・ゴーン容疑者は容疑を全面的に否定している。3月6日、保釈された後、弁護士事務所を出るゴーン容疑者。4月4日には再逮捕された。(写真=AFP/時事通信フォト)

日産のカルロス・ゴーン氏が会社資産の私的流用の疑いで、4度目の逮捕を受けた。ゴーン氏は容疑を否認しているが、日産の内部監査・内部統制に問題があったことは事実だ。同志社大学大学院の加登豊教授は「日産の企業統治は、仕組みのうえでは模範的だった。しかしそれが機能しなかった。この問題を解決するヒントは、近江商人の思想にある」と指摘する――。
今回の一穴:取締役会でトップの方針に対する異論が一切出ない(毎回予定通りの時間で終わる)

■臨時株主総会でカルロス・ゴーンの取締役解任

4月4日、カルロス・ゴーン氏は、オマーンの販売代理店に日産自動車の資金を不正に支出し、5億円を超える損害を日産自動車に与えた会社法違反(特別背任)容疑で再逮捕された。

昨年12月21日(私的投資によって生じた個人の18億円余りの損失を日産自動車に付け替えた会社法違反(特別背任))、12月10日(第1回目の逮捕とは異なる期間の報酬の過少申告に関する虚偽記載)、そして、11月19日の金融商品取引法違反(逮捕容疑は、役員報酬額の有価証券報告書への虚偽記載)に続く4度目の逮捕である。

3回目、そして、4回目の逮捕容疑は、会社資産の私的流用(本人をめぐる訴訟費用の肩代わり、個人事務所の運営費用の拠出、個人利用のための海外施設の買い入れ、子息の学費肩代わり、不正な会社資金の海外送金等も含まれていると言われている)に関するものである。日産自動車は、これまでの経緯を踏まえて、4月8日に臨時株主総会を招集し、カルロス・ゴーンの取締役解任を決定した。

現時点で、ゴーン氏は容疑をすべて否認していることを確認しておく必要があるが、容疑の少なくても一部が事実であるとして本論を進める。

■権限と権力を勘違いするトップマネジメント

最初に確認しておかないといけないのは、日産自動車の倒産危機を救ったのはルノーであったという事実である。そして、ルノーから送り込まれたプロの外国人経営者がゴーンであった。

彼は、日産再生のため「日産リバイバルプラン」を策定し、自動車非関連事業を整理した。主力工場であった村山工場を含む複数の工場を閉鎖し、グループ全体で2万人を超える大幅な人員削減などを次々と実施。1年間で連結当期利益の黒字化を実現したのち4年間で2兆円を超える借金の返済を完了させた。多くの人は、日本人経営者では実行できない大胆な組織変革を成し遂げた彼を称賛したのである。

この成功により、ゴーンの社内における地位は不動なものになるとともに、権限の集中化が進んだ。カリスマ性が高まるとともに、その言動に対して異議を唱える者は社内には不在となってしまった。

優れた経営者は、自社の成長と発展がなによりも大切であることを知っている。大きな権限には、重圧に押しつぶされそうな責任が付随することを理解しており、責任の遂行に細心の注意を払う。権限は権力につながる危険性を熟知しており、理不尽なものだけに限らず、あらゆる権力の行使にあたっては慎重になる。

このような自覚を持つ経営者は、今回のような問題は決して起こさない。ただ残念ながら、優れた経営者は極めて少数であり、大部分のカリスマ経営者は権限を権力と勘違いしてしまう。ゴーンも残念ながら、勘違いをした経営者の一人だったのだろう。

モンスター化したトップマネジメントを統御することははなはだ困難である。より具体的にいえば、コーポレート・ガバナンスを完遂する経営上の仕組みをいかに精緻に組み上げても、それを機能させることは困難を極めるということである。

だとすれば、どのようにして暴走を食い止めればいいのだろうか。それができない場合には、どのようにして問題のある経営者を組織から排除すればよいのだろうか。

■模範的な暴走抑止体制はなぜ機能しなかったのか

数度にわたる逮捕を受けて、日産自動車はカルロス・ゴーンの取締役解任を取締役会で決議し、株主総会で議案は承認された。この一連の流れに大きな違和感を持つ。解任決議に先立って、株主は、監査役会が容疑事実のめぐる内部監査能力が機能しなかったことを疑問視しなくてよいのだろうか。

今回の場合、代表取締役を取り締まるという責務を負っている取締役がその任を十分に果たしていなかったことは明らかである。それにもかかわらず、どうして、会社法の善管注意義務違反を追及しないのだろうか。また、コーポレート・ガバナンスに関する組織体制に不備があったとしたら、なぜそれを指摘しないのだろう。

いや、図表1に見られるように、日産自動車においては、模範的ともいえるほどコーポレート・ガバナンスに関する組織は整備されていたのである。

監査役会(社外監査役を含む)、内部統制委員会、グローバル内部監査室、コンプライアンス委員会、グローバル・リスク&コンプライアンス室等のコーポレート・ガバナンスを担う部署は、相互に連携し、監査と報告を行う仕組みとなっている。取締役会(社外取締役を含む)から独立した内部監査を行う体制も構築されている。複式簿記による会計システムは、粉飾等の会計不正を排除するメカニズムを内蔵している。加えて、会計処理の適切性は会計監査人の監査によってチェックすることができるのである。

結論から述べるなら、コーポレート・ガバナンスの体制が整備されているだけでは、今回のような事件を未然に防ぐことはできない。多くの企業で問題が生じた場合、それを解決するために組織整備を行い、それをもって解決策とする傾向がある。このような対応をとるにも関わらず、類似の、あるいは新たな問題が幾度となく発生することを私たちは知っている。

組織整備に代表される仕組みを機能させるためには、健全な思考様式や行動規範、物事の重要性に関する適切な優先順位付け、組織文化、道徳心などが不可欠なのである。暴走した経営者、適格能力が欠如した経営幹部、公私を混同するトップマネジメントを退席させるためにも、ルールを機能させる良識的な判断と行動が必要となるのである。

いくらコーポレート・ガバナンス体制を整備しても、問題の発生を未然に防ぐことはできない。だとすれば、問題のある経営者を排除するにはどうすればいいのだろうか。そのヒントは、優れた商人を輩出した近江商人の家訓にある。

■近江商人の家訓に記された「押し込め隠居」とは

近江商人とは、江戸時代に日本全国、明治時代に入るとアジアへと活躍の舞台を拡大した起業家集団である。天秤棒を担ぎ、全国を行脚して品物を売りさばいた小商人であると思われているが、実は、地方のよろず屋などに販売を委託する組織的なビジネスを行い次第に大商人に成長していった大商社、例えば、伊藤忠商事や双日、これが近江商人である。

さて、近江商人は家訓で「押し込め隠居」の規定を設けていたところが多い。誠実な商売を継続することで社会貢献をした結果として得られるのが家の財産であり、それを危うくさせる適切ではない言動や行動をする者は、それが当主であっても排斥する必要がある。

「押し込め隠居」とは、後見人や親族が、経営のトップにふさわしくない当主を強制的に排除する仕組みなのである。歴史的にみると、この家訓が実行に移された事例も少なくない。後見人や親族のみならず、奉公人や別家と呼ばれるのれん分けを受けた店舗経営者が、隠居をせまったケースもある。

「押し込め隠居」は、現代風にいえば、代表取締役解任ルールである。現行会社法では、取締役会構成員の半数以上が出席した取締役会で、過半数の同意によって代表取締役の解任を決議し、株主総会に議案を提示し株主決議を持って議決するというルールである。「押し込め隠居」に近いルールは現在にも存在するのである。

■ルールの実行を可能にした近江商人の誠実さ

ここで注目すべきは、ルールが機能するかどうかである。江戸時代の近江商人のなかにも、モンスター化した経営者、事業継承を受けたにもかかわらず家の財産を浪費する(私的流用)する当主もいた。家訓というルールの存在とともに、それを実行に移すことができる良識的判断ができる思考様式があり、正しい選択を行う行動規範が機能した。その根底には、近江商人の誠実さ(honesty)がある。人や組織に対して誠実であれば、定められたルールを粛々と実行に移すことができる。たおやかな「誠実」というソフトパワーを束ねることでのみ、ルール運用を阻む強力なパワーに打ち勝つことができるのである。

近江商人は誠実さを、生涯にわたる教育、質素倹約の思想、厳しい勤務評定と結びついた昇進システムなどを通じて身につけた。初等教育は寺子屋で行われた。読書・習字の教材には、四書(「大学」「中庸」「論語」「孟子」)や孝教などの儒学書が使用され、それらの読み書きを通じて、社会規範、倫理、思いやりの精神、公正性、調和の重要性を学んだ。

また、ビジネスの基礎となる算術の教育も行われた。これは、複式簿記で独自に創案した近江商人の会計記録の理解と会計責任(accountability)の意味を理解することに役立った。

丁稚として奉公に上がるにあたっては、身元保証人は「奉公人請書」を商家に差し入れることになるので、12歳前後の子供とは言え能力と資質がない者は、奉公にあがることさえできなかった。奉公に上がったのちは、先輩や同期、上司である手代や番頭、さらには当主の妻などからビジネスのみならず、万事にわたる多くのことがらを学ぶとともに、OJTを通じて知識と経験を蓄積していった。

親戚縁者への私的便宜を図ってはならないこと、昇進しても決して奢らないこと、不正に対しては毅然と立ち向かうことなどは繰り返し教え込まれた。

入店後5年ほどの住み込み生活を送ったのち、「初登り」と呼ばれる初めての長期休暇が与えられる。この期間中に人事考課を行われ、場合によっては解雇されることもあった。日々の仕事への取り組み姿勢(節約・勤勉を意味する「始末してきばる」)や成果、同僚・先輩・上司とのコミュニケーション能力の向上などを総合的に評価する仕組みの存在は、正直にそして熱心に仕事を取り組むことの重要性を奉公人に伝える役割を果たした。

また、番頭には、厳しすぎると思われるほどの利益責任を課し、目標を達成することが要請されていた。これは、家業の発展が当家にとっても取引先にとっても重要であり、目標の達成が社会の発展に寄与するという発想に基づいている。事業が長期的に発展することで、顧客に喜ばれる多様な商品が提供できる。多くの雇用を生み出すこともできる。それによって、社会からもその存在が認められ、必要とされてさらなる発展が可能となる。誠実な人々で構成される高潔な企業のみが生き残り、社会から尊敬を獲得することができるのである。

■ゴーンの権力集中を許したのはいったい誰か

企業は、「押し込め隠居」に準ずる社内のガバナンスルールを発動することができなければならない。日産自動車の西川社長は、ゴーン氏の最初の逮捕の報を受けて、「権限集中を防ぐ企業経営が重要」、「後悔と無力感」を持つと発言している。

しかし、権力集中を許したのは、いったい誰だったのだろうか。それは、間違いなく西川社長を含む経営陣である。自らの無策を後悔し、無力感という言葉で覆い隠すことでよいのだろうか。経営に対する誠実性が欠如していたのでないか。その結果、会社経営陣は、経営者としての善管注意義務を果たせなかったのである。

伊藤忠商事、双日、武田薬品工業、日本生命、高島屋……近江商人の流れをくむ大企業は数多い(写真=滋賀県 五個荘 近江商人屋敷)、写真=アフロ

取締役会構成員が企業の健全な成長と発展、そして、従業員(売り手)、取引先(買い手)、社会を代表する債権者、株主などを含む多様なステークホルダー(世間)の長期的な継続的成長と繁栄を視野に入れる基本姿勢を貫く必要がある。これが近江商人を代表する言葉である「三方よし」の思想である。この「三方よし」の思想を深く理解することなくコーポレート・ガバナンスに関する規定を幾重に重ねても、経営者をマネジメントすることはできない。

誠実な「三方よし」の実践、それこそが今、企業に求められる真のコーポレート・ガバナンスなのである。

■今こそ求められる温故知新

ほとんどの企業では、創業時のビジネスに対する真摯な取り組みを忘れている。滋賀県東近江市五個荘の「近江商人博物館」や近江商人屋敷(外村繁邸・外村宇兵衛邸・中江準五郎邸)などを訪れてほしい。大きな気づきがえられるだろう。あわせて、末永國紀(2011)『近江商人 三方よし経営に学ぶ』(ミネルヴァ書房)をはじめとした同志社大学名誉教授末永國紀の一連の著書や論文を手に取られることを勧める(文中敬称略)。

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加登 豊(かと・ゆたか)
同志社大学大学院ビジネス研究科教授
神戸大学名誉教授、博士(経営学)。1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。

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(同志社大学大学院ビジネス研究科教授 加登 豊 写真=AFP/時事通信フォト、アフロ)

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