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資産1億でも無職34歳娘のため働く老女医

プレジデントオンライン / 2019年4月26日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/fstop123)

同じ医師である亡き夫と小さな病院を経営してきた64歳女医。1億円超の資産を持ち、病院経営を息子に譲ったあとは悠々自適のはずだった。だが高校時代からひきこもる34歳の長女に、一人暮らしの経費を仕送りしなければならず、ファイナンシャルプランナーの知恵を借りることになった――。

内閣府の調査によると、2018年12月現在、40~64歳までの年齢層の1.45%、推計61万3000人がひきこもりの状態にあります。働けない子とそれを支える親の高齢化が問題視されている今、親の人生計画を変えることで、子が大きな一歩を踏み出すことができた一例を紹介します。

■「もう耐えられない。先生、助けてくれませんか」

埼玉県で個人病院を経営している山内頼子さん(仮名・64歳)がファイナンシャルプランナーある私の元を訪れたのは、葉桜が美しい季節でした。

家業である病院を医師である夫と二人三脚で運営してきましたが、8年前に夫が他界。その後は一人で病院経営を切り盛りし、高校時代に不登校になって以降ずっと自宅にひきこもっている長女(34歳)を守ってきました。

しかし、数年前、都内の大学病院で医師として働いていた長男(32歳)が帰ってきた頃から、生活が一変しました。長男は、長女と母親である山内さんに対して言葉の暴力を繰り返すようになり、山内さんは3年前に長女を守るために一人暮らしを始めさせたと言います。

「しかし、私に対する言葉の暴力は続きました。長女のことを見下していて、『あんな人間になったのはお前のせいだ』と責めるのです」

■「もう限界です。この子(医師の長男)とは一緒に働けません」

この頃から病院の経営も傾き始めました。以前は山内さんと2人の看護師、1人の医療事務でやっていたので余裕がありましたが、長男の給料を自分と同額(年収1200万円)にしたことや、患者数の減少などにより、病院の経営は一気に余裕がなくなっていきました。

「そのことを相談すると、『姉に仕送りするからお金が足りないのだ。姉を切り捨てればいい』と言って、私の話を聞こうとしません。仕方がないので、私の収入を(約700万円に)減らして調整しましたが、もう限界です。この子とは一緒に働けません」(山内さん)

ひきこもりの子供に兄弟姉妹がいる場合、山内さんのようにきょうだい間の軋轢(あつれき)で親が板挟みになるケースは少なくありません。私は、当人・家族を交えたライフプラン提案のとき、兄弟が本人を罵倒するシーンに何度も遭遇しました。特に山内さんの場合、ひきこもり当事者である長女と仲が良いだけに、長男の言葉・態度がきつく感じられるのかもしれません。

<家族構成>

(64歳) 医師 年収800万円(年108万円の家賃収入を含む)
長女(34歳) 無職 年収0円
長男(32歳) 医師 年収1200万円

■「娘をいつまで守り続けられるのでしょうか」

3年前から一人暮らしをする長女への仕送り額は、家賃込みで月20万円。母子の仲は良く、娘が仕送りの増額を希望すると、何の反対もせず振り込んできたそうです。

「娘は高校生のときに、陰湿ないじめに遭いました。それ以降、自宅を出ることができなくなったんです。自分以外の人と話すのも難しくなりました。でも、実家を離れて一人暮らしをするようになり、買い物などに出かけられるようになりました。1時間位までなら他人と話せるようになりましたし、電車や街中などの人混みに出られるようにもなりました。それがうれしくて、つい『私が出してあげる』と、資金援助をしてしまっていたのです」

「娘への仕送り額は年300万円を超えています。しかし、これ以上息子と関わり合いたくありません。1年後、年金の支給が始まる65歳の誕生日を節目に医師を引退し、病院経営権を息子に無償で譲り、その代わり、自宅を売却する予定です。娘が暮らす街にある感じのいい老人ホームがあるので、そこに入所しようかと思っています。この人生を歩んだ場合、娘をどこまで支えられるのかを知りたくてご相談に来ました」

■自宅を売却して、老人ホーム入所の費用に充てるプラン

山内さんの希望は次の通りでした。

山内氏の希望

資産状況とホームに入所した場合の想定生活費は図表2・3の通りです。

資産状況
老人ホームに入所した場合の毎月の収支
※写真はイメージです(写真=iStock.com/philipdyer)

■1億円超の資産があっても台所事情が厳しいワケ

図表2・3を提示し、自宅を売却して得たお金をもとにして、老人ホームへ入所した後の想定家計収支についてお伝えしました。

医師を完全に引退し就労収入がない状態になると、年金(基礎年金と国民年金基金の計17万5000円)や以前に購入した投資用マンションの家賃収入(9万円)など「月の収入総額」(22万5000円)よりも、入所する老人ホームの管理費や食費、水道光熱費など施設利用の諸費用(計17万5000円)や自分の小遣い費などの「支出総額」(26万5000~27万2000円)が多く、毎月の収支は4~5万円の赤字となりました。

仮に毎月5万円を取り崩すと、預貯金(1600万円)は26年8カ月で枯渇してしまいます。山内さん90歳、長女60歳の時です。

「老人ホームに入ってからも、所得税や住民税、健康保険料、介護保険料で合わせて月4万円かかることを見落としていました。施設のパンフレットに書いてある支出だけなら、貯金を取り崩さなくても生活できると思っていました。また、元気だったらお小遣いやスマホは必要ですし、介護が必要になったら、介護サービス利用料を払わなければいけません。それに、この試算には、娘への仕送り額が含まれていません。ホーム入所は夢のまた夢だったのですね」

■手持ちの不動産をただちに売却できない

ただ、山内さんには多くの資産があります。毎月家賃を得ているマンションの価値は3200万円、また亡き夫と建てた病院の土地代・建物代の価値が5000万円、さらに預貯金が1600万円あり、資産合計は9800万円でした。

1億円近い資産があるのだから、仮に預貯金が枯渇しても痛くもかゆくもない……と思えますが、支出の中に、長女への仕送り額を含めるとなると、話は違ってきます。それに家賃を得ている投資用マンションも、息子が経営している病院もただちに売るわけにはいけません。実質的には手をつけられない物件なのです。

■ひきこもりの愛娘のため、引退を撤回して働く決意固める

老人ホーム入りで悠々自適な老後生活の計画が頓挫し、残念そうな山内さんに向かって、私は大きく首を振り、次の提案をしました。

「いいえ、第二の人生は山内さん自身のものです。山内さんのご希望を娘さんに伝えてみてはいかがですか。あと10年、年収300万円程度のご収入を得られるのなら、月15万円の仕送りをしても、手持ちの預貯金(1600万円)を取り崩さずに済みます。山内さんのご希望と現状を正直に伝え、働ける間は仕送りを続けるけれど、働けなくなったら自分でなんとかしてほしいと、ご相談してみてはいかがでしょうか」

「そんなこと、娘は受け入れてくれるのでしょうか」
「やってみないとわかりません。ダメなら違う道を考えましょう」

医師として働いている間の家計収支(月)

その後の相談で、年収300万円(月25万円)なら無理なく働けるのではないかということになり、知人の病院で10年間勤務医として働くとして家計収支を作り直し(図表4)、キャッシュフロー表も用意して長女と面会することになりました。

■「お母さん、本当にごめん。ずっと頼りっぱなしで」

目の前に現れた長女は、清楚で折り目正しいすてきな女性でした。ご本人とお会いするとき、「なぜこの人がひきこもりに……」と思うことが多々あります。お世辞抜きですてきな女性だったのです。きっと気を使いすぎて疲れてしまうタイプなのかもしれません。

彼女に今後の母親の人生プランを伝え、シミュレーション結果を見せたところ、資料を隅々眺めて、隣に座っている母親を向いてこう言いました。

「お母さん、本当にごめん。ずっと頼りっぱなしで。お金のことは難しいからと避けてきたけど、生きていくってことはお金がかかることなんだね。まだ人は怖いし、人混みは苦手だけど、少しずつ克服していきたい。お母さんが元気なうちに、仕送りなしでも生活できるようになりたいです」

仕送りを月5万円減らしても大丈夫かと聞いてみると、それまでいっぱいもらっていたので、貯金できている分もあるし、月15万円でも生活できると、はっきりと言いました。

「山内さん、頼りになる娘さんですね」

■「切り詰めて生活したいのでお金の管理の仕方を教えてください」

そう言うと、山内さんは目にいっぱいの涙をためて、ありがとうと何度もつぶやきました。私も胸がいっぱいになり、言葉につまっていると、娘さんがこう切り出しました。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/sefa ozel)

「もっと切り詰めて生活したいので、お金の管理の仕方をトレーニングできるところをご存じではないですか。それと、就労先の探し方を教えてほしいのですが」

「ひきこもりの方の就労支援の団体があります。以前、私のお客さまから教えていただきました。その方のお子さまは人と会うのが苦手ということで、日中に居酒屋の清掃を一人でされていましたよ。家計指導は私の専門分野です。責任をもってご指導させていただきます」

そう言って娘さんの手を思わずにぎってしまいました。びっくりされたので、「すみません」とすぐに手を放しましたが、「慣れてなくてすみません」と、小さな声でつぶやかれました。

■母は週3日の訪問医師として、長女は在宅で、仕事を始めた

その後、山内さんは希望の老人ホームに入所し、訪問医師として週3日勤務しています。休みの日は長女の家に行ったり、自室でくつろいだり、穏やかな生活を過ごしているそうです。長女はその後、家の近くの就労支援団体でトレーニングを受けた後、在宅でできる仕事を始めました。

子どものために親の希望を押さえつけることはない。ダメもとで伝えてみれば、いい結果が生まれることがある。そう気づかされた案件でした。

(ファイナンシャルプランナー 柳澤 美由紀 写真=iStock.com)

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