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金物問屋が介護リフォーム業に挑んだワケ

プレジデントオンライン / 2019年5月15日 9時15分

■金物問屋、介護リフォーム業に転じる

▼新市場創造

芸人でパラパラ漫画でも有名な鉄拳さんが作成したショート動画「母の辛抱と、幸せと。」が話題になった。「辛抱」を信条に決して息子に弱さを見せぬ母親と、転倒・ケガをした母親の介護に奔走する息子の姿を描いた、涙腺崩壊の物語だ。

「大切な人を転倒から守り、安全で豊かな暮らしのお手伝いができたら」という想いを伝えるため、建築金物卸売業のマツ六(本社・大阪市)と共同で制作した母と子の物語である。

日本における「介護リフォーム」という新しい市場は、マツ六がつくりだしたと言っても過言ではない。同社のファーストリフォーム事業は、手すりやバリアフリーなど、高齢者や介護者を対象としたリフォームを事業ドメイン(事業領域)とした施工業者向けの通販ビジネスである。

同社のビジネスモデルのイノベーションについて、慶應義塾大学大学院教授、磯辺剛彦氏が解説する。

■リフォーム事業は「モノ」ではなく「コト」

マツ六は1921(大正10)年に建築金物卸売業「松本六郎商店」として創業以来、時代に合わせて変化を遂げてきました。とくにバブル期には旺盛な新築需要に合わせ、建築金物なら何でもそろう「建築金物のデパート」と呼ばれていました。

しかし、バブル崩壊後に新設住宅着工戸数は一気に減少します。新築件数と歩調を合わせてきた会社の業績は、みるみるうちに悪化します。

「問屋業は金物店から依頼された商品をメーカーに頼んで倉庫に入れ、それを届けるだけです。『つまんない仕事だな』と思っていました。ということは、社員にとってもやりがいがないのは明らかでした」――社長の松本將さんはそう振り返ります。

マツ六社長 松本 將氏

そこで、社員にとってやりがいのある仕事をする。そのために、社会に必要とされ、これまでになかった新しいカテゴリーをつくりだす決意をします。

90年代後半になると、「リフォーム」と「高齢化社会」をキーワードに、住宅用手すりを中核としたバリアフリー建材に乗り出します。

「高齢者向けのリフォーム商材がまったくないことに気づき、これはチャンスだと思いました。先代社長のときから技術に対する知見はありましたので、高齢者や介護者のための手すりやスロープといった商品をメーカーポジションできちんとつくっていこうと決めました」(松本氏)

商社であるマツ六がメーカーポジションに進出したのは、メーカーとしては後発でしたが、市場にはバリアフリー建材がなかったので、このカテゴリーでは先発者になることができるからです。そして、松本氏はリフォーム事業の定義を「モノ」でなく「コト」と定義します。

「金物店やホームセンターは商品別に仕入れ、店頭でも釘や丁番のように商品別に並べられています。しかし、現場の施工業者が施主さんから依頼されるのは工事です。『コト』が完結するには『モノ』がそろっていなければできません。私たちが目指したのは売り手側の理屈よりも現場の仕事のお手伝いをすることでした。そして99年に『バリアフリーカタログ』を完成させました。このカタログは商品別でなくトイレ、階段、居室のように場所別、工事別に構成しました」(同)

毎年更新されるカタログ(写真左)。扉の前に取り付けが可能な手すりも(写真右)。

■バリアフリー工事開始、翌年に介護保険制度が

全国の金物店や建材店にカタログを売り込んだが、取り扱ってくれる店はありません。その当時の新設住宅着工戸数はピーク時ほどではありませんが、それでも安定していました。人も会社も過去の成功を否定するのはたやすいことではありません。事業環境が変化しても新築住宅信仰は強く、小口で面倒な介護リフォームには誰も見向きもしませんでした。何よりも、すべてのビジネスモデルが新築市場向けになっていました。

ここで思いがけないことが起こります。カタログを創刊した翌年、厚生労働省の介護保険制度と国土交通省の改正建築基準法が施行されたのです。共に手すりに関係する項目が含まれていました。とくに介護保険制度では、介護認定を受けた高齢者が保険で利用できるサービスの中に、「自宅を暮らしやすく、自立を助けるための住宅改修費支給」が含まれていました。これらの制度により、膨大な住宅ストックを背景にした介護リフォーム事業が注目されるようになったのです。

「まったくの偶然でした。介護保険が始まるからバリアフリーのリフォームを始めたのではありません。バリアフリーの工事を始めたら、その直後に介護保険制度がスタートしたのです」(同)

介護保険金を受給できる改修工事には「手すりの取り付け」や「床段差の解消」など5項目が指定されたが、すでにマツ六のカタログにはすべての工事が含まれていました。介護保険給付の対象工事は、地道に現場の声を集めていたマツ六のカタログを、行政が参考にしたのだと推察します。

■ビジネスモデルが違う新築とリフォーム

日本の住宅事業のビジネスモデルは新築に向いたものになっていて、介護リフォームのようなストックビジネスに応用することは容易ではありません。新築市場が重視されるには理由があります。まず、新築は単価が高く、効率的な商売ができます。それに対し手すり工事は手間暇がかかりますが、平均単価は10万円程度。新築のように同じ設計であれば、金物部品を箱買いすることができます。

しかし、リフォーム工事は一軒単位なので箱単位では部品が余ってしまいます。「この品番の丁番を3個、このタイプのビスを5個欲しい」と言っても、金物店は箱を開封すると在庫が残りますので、開封せずに箱のままで売りたいのです。要するに、住宅リフォーム事業が成立するためには、施工業者に必要な商品を必要な個数だけ届ける流通システムが大きな課題でした。

そこで、まず「現場を知る」ことから始めました。朝早くホームセンターで開店を待つ600人以上の施工業者の声を聴きました。「商品の購入先がバラバラで面倒」「小ロットで買いたいが箱単位でしか売ってくれない」「工事の途中で買い出しに行くと段取りが狂う」「その日の仕事が終わってから発注したいが、夜は店が開いていない」といった困りごとを知ることができたそうです。

■施工業者の事務処理作業もサポートする

住宅リフォームでは、居住者から依頼を受けた施工業者が、金物店や建材店から必要な設備や材料を購入します。施工業者から注文を受けた金物店は商品を問屋から仕入れ、さらに問屋はメーカーに発注します。いわゆる多段階流通経路と呼ばれる仕組みです。それに対して、施工業者は「必要なものを、必要なだけ、必要なときに、必要なところへ確実に届けてくれるサービス」を求めていましたが、そのようなサービスはありません。そんなとき、松本社長はオフィス用品の通販ビジネスに出合います。

本社1階フロアの手前がファーストリフォーム事業部。右奥が商品開発部。

2004年、松本氏はバリアフリー住宅のリフォームのための高品質な品ぞろえ、全国どこでも確実で短納期のデリバリー、小口配送、介護リフォームに関する施工や関連法規等の情報提供、問い合わせセンターといったサービスを中核とした新しい流通システム「ファーストリフォーム(以下、Fリフォーム)」を開発しました。

この流通システムでは、金物店にFリフォームの特約代理店になってもらい、地元の施工業者を開拓して商品カタログを配布します。施工業者はカタログから商品や部品を選んでFリフォームに発注。Fリフォームは指定された場所へ宅配便で商品を配送します。施工業者は代金を金物店に支払い、Fリフォームは金物店から代金を回収する。つまり、施工業者の受注や配送、問い合わせをFリフォームが代行する仕組みです。

このビジネスモデルのポイントは、「必要なものを、必要なだけ、必要なところへ」というジャストインタイムによって、24時間自動受注、自動出荷、1個口からの小口配送、平日16時までの注文については当日出荷するほか、施工業者の現場へ直送することでムダを省き、同時に施工業者の利便性を向上させる点です。

現在、登録施工業者は2万1000社。Fリフォームが常時在庫しているアイテムは6000。うち約6割が自社開発商品であることと、全体の最適化によって、適正な利益率を確保し、金物店や施工業者へも満足できるマージンを提供する仕組みです。

「高齢者や介護者の施設に訪問したり、施工業者さんからの要望を聞いたりして、愚直に商品を開発してきました。必要とされるものをつくり続けた結果、手すりを留めるブラケットだけで2700アイテムにもなりました。このロングテールの商品が、当社の強みになっています」(同)

手すりの部材であるブラケットだけで約2700ものバリエーションがある(写真左)。これらを小ロットでも供給できるのが強みだ。手すり用輸入材に280キロ超の圧力をかけて強度を測る(写真右上、右下)。

最近では「ファースト事務」という施工業者向けのサービスも展開中。施工業者は工事以外にも自治体への介護保険申請、お客様への見積書、Fリフォームへの発注書を作成しなくてはなりません。とくに申請書は自治体によって様式が異なるので、事務処理の作業が重くのしかかります。日中は工事に追われ、夜は書類作成に追われるわけですが、ファースト事務は、これらの間接業務をサポートするものです。

■創業時の経営理念を“メンテナンス”

マツ六の創業理念は、「小さな商いをたくさん集める」こと、そして商売にかかわるすべての人を幸せにするという「協調互敬」です。Fリフォームの仕組みは施工業者の困りごとを解消し、金物店には施工業者の開拓や代金回収という新しい役割と責任を与えました。そして介護を必要とする方や家族には「転倒のない安全な室内環境」を提供しています。つまり、100年前の創業理念が、今のFリフォームへ脈々と引き継がれているのです。Fリフォームの取り組みは、「環境変化の中で、経営理念を今の環境に合わせるようにメンテナンスすること」の大事さを教えてくれます。

これから介護保険は厳しい環境を迎えます。高齢化が進めば、介護保険の適用条件が厳しくなります。極論ですが、「寝たきりにならないと介護保険を受けることができない」といった事態も起こるかもしれません。そこで「介護が必要になったので手すりを取り付ける」から、「転倒して介護が必要にならないために手すりを取り付ける」へと思考を変える必要があります。

そこで、同社では「転倒予防ナビ」というサイトを立ち上げました。利用者には「玄関やトイレなど、場所ごとにベストな手すりって何か」「介護保険のもっとも適切な使い方とは」。施工業者に対しては「設置場所によって手すりを付ける最適な方法とは何か」といった情報を提供しています。

■どうすれば、自宅での事故を防ぐことができるのか

「歌手の北島三郎さん、俳優の谷啓さんや細川俊之さんは自宅で転倒されています。外出先でなく住み慣れた自宅で転倒されています。どうすれば、自宅での事故を防ぐことができるのか。このようなことを社会に伝えていくことも私たちの大事な使命です」(同)

Fリフォームの使命は、「介護リフォーム」から「自宅での事故をなくす」に変わりつつあるのです。

▼第二創業成功のポイント:提供する価値をモノ=金物からコト=転倒予防に転換

会社概要【マツ六】
●本社所在地:大阪府大阪市天王寺区四天王寺
●資本金:1億円
●従業員数:229名(2018年4月1日現在)
●事業内容:住宅資材、インテリア資材、エクステリア資材、ビル建材等を中心とした新築・増改築市場への販売
●創業:1921年
●沿革:48年松本金物設立。88年マツ六に商号変更。2004年「ファーストリフォーム」オープン。売上高:2017年3月期171.2億円、16年3月期170.4億円、15年3月期168.3億円。

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磯辺剛彦
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科教授
1958年生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業、井筒屋入社。96年経営学博士(慶大)。流通科学大学、神戸大学経済経営研究所を経て2007年より現職。企業経営研究所所長を兼務。専門は経営戦略論、国際経営論、中堅企業論。
 

松本 將
マツ六社長
1960年、大阪府生まれ。慶應義塾大学大学院修了、85年シャープ入社。88年マツ六入社。金物建材部長、副社長を経て、2004年より現職。

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(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科教授 磯辺 剛彦 撮影=浮田輝雄)

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