ヤマト運輸と同じやり方で伸びた工事会社
プレジデントオンライン / 2019年6月3日 9時15分
古い殻を破り、新しい業態を生み出す。言うは易く行うは難しだが、これをクリアし急成長を遂げている会社がある。島根県松江市に本拠を置き、島根、鳥取、山口、広島の4県で主に電気設備事業を展開する島根電工である。
公共事業を中心とする大口工事に依存していた同社は、2000年代に入り、一般家庭向けの小口工事受注に大きく舵を切った。「住まいのおたすけ隊」(写真下)と呼んでいるこの事業は大当たり。業績を飛躍させ、地元の雇用も増やし、FC展開も進めている。
子会社3社を含むグループの前期売上高は、バブル期の3倍弱に当たる167億円。うち約半分が一般家庭向け工事によるものだ。地方再生のカギとされる地域循環型ビジネスの成功モデルともいえる同社。明治大学の森下正教授が成長の要因を解説する。
■ヤマト運輸と同様に小口で高収益を上げる
▼地域循環型
島根電工は、電気工事を軸に空調、上下水道、通信、防災など幅広く設備工事を手がけてきました。かつては売り上げの7割以上が、数百万~数千万円の大口工事で占められていたといいます。そんな同社にあって、一般家庭向け電気工事に着目していたのが、現社長の荒木恭司氏です。1990年代後半、営業所長から本社に戻り、常務取締役に就いたころでした。
「当初、社内では『そんなものは儲けにならん』と、相手にされませんでした」と荒木氏は振り返ります。
「バブル崩壊とその後の不況で、当時は大口工事が減る一方。何か手を打たなければ会社を維持できない。新しい仕事をつくり出さねばという危機感がありました」
日本の建設投資額は92年、公共事業費は97年をピークに、11年までにほぼ半減します。社内の理解を得られないまま、荒木常務(当時)は97年、少人数のチームを編成し、小口工事の受注を開始しました。
「大口工事は競争が激しく、受注価格を下げないと仕事がとれない。下手をすれば粗利も出なくなります。一方、家庭向け工事は、1件の金額は小さいけれど、適正価格での受注ですから、確実に利益が出ます」(荒木氏)
業務密度を上げることで高収益につなげる。荒木氏のこの考え方は、ヤマト運輸が宅急便を始めたときの、小倉昌男社長の考え方と同じです。
しかし、当初はうまくいきませんでした。従来の業務手順では、見積もり、受注、施工、集金と社員が何度も顧客宅に足を運ばなければならなかったからです。1カ月の受注件数が、社員1人当たり1、2件という有り様でした。
状況が大きく変わったのは06年、自社開発による携帯端末「サットくん」の誕生でした。
「社内の自販機の前で、清涼飲料水メーカーの人がポンポンと叩いていた小さなコンピュータ端末を見て、これだ! と閃いて、友人のソフト開発業者に頼んだんです。意外にも3、4カ月程度で出来上がりました」(荒木氏)
施工業者は技術のことはわかっても料金は営業任せでしたが、「サットくん」は現場で料金を見積もって請求書をつくり、さらに回収もできる。その場で支払う明朗会計だから、客も嬉しい。「目の前で喜ばれますから、楽しくてしょうがない」(同)。これによって、コストの大幅減と、受注数の飛躍的な伸びを達成できたのです。
もともと電気工事は、コード1メートルがいくら、コンセント1個がいくら、と資材原価が明確なので、原価企画(利益を生むことのできる原価の管理)がしやすい業種だと思います。おそらく同社は、小口受注に乗り出す以前から、原価企画をしっかりとやってきた会社なのでしょう。だから、このような情報システムを活用した効率化が実現できたのだと思います。
荒木氏が社長に就任した2年後の12年、島根電工は77億円の小口売り上げを計上。そのうちの7割余りが5万円以下の工事ですが、この段階で同氏は「公共工事がどれほど減っても、経常利益率5%を確保する体質ができた」と述べています。
■Pフライデーは社員に4000円ずつ支給
小口受注へシフトするにあたり、荒木氏が力を入れたのは、社風づくりと職場の環境整備でした。大口工事の受注先は、主に官公庁やゼネコン、工務店などの建設業者。対して小口工事の受注先は個人。「大口が最優先、小口はついで」という従来の社員意識を変え、個人客への接し方、仕事の仕方も身につけてもらわなければなりません。
しかし、荒木氏は「顧客第一」とはいいません。まず社員とその家族、次に関連会社の社員とその家族。3番目に大事なのがお客様だと公言しています。さらに「企業の社会貢献は、雇用にある」ともいいます。そして、職場の環境整備は、社員が自主・自発性が発揮されるよう制度化されています。
その考え方がよく表れているのが、同社の人材育成と、今日の働き方改革にも通じる福利厚生。充実した研修制度には目を見張るものがあります。
同社の新人は、20日間の研修を皮切りに、3年間で計10回、延べ45日間の宿泊研修を受けます。研修内容は、専門知識・技術にとどまらず、経営理念の理解や規律、マナー、働く意義などにも及びます。それ以後も、すべての社員が職種や役職に応じた研修を受けるよう仕組みづけられており、講師がすべて自社の社員であるのも特色。70年から続くビッグブラザーという新人支援制度は、先輩社員がマンツーマンで新人社員に付き、仕事から私生活まで何でも相談にのる仕組みです。
同社の研修熱は相当なもので、管理本部に教育課を置き、社長以下、社員全員の研修スケジュールを管理しています。同社の場合、研修は教育指導というより、自己研鑽を支援する意味合いが強く、それが社員の自主・自発的な姿勢につながっているようです。
福利厚生面では、週3日のノー残業デーを実施、プレミアムフライデーでは、18年3月から社員の飲食のために1人4000円の支援金を出しています。さらに出産・育児、介護などに関わる休暇制度のほか、誕生日の1日休暇、子供が誕生する日の父親の休暇制度まであります。
「ノー残業デーは『サットくん』導入で、帰社後のデスクワークが大幅に減ったので実現できた」と荒木氏はいうのですが、かつては新入社員の1割も居つかないほど離職率の高い時代があったそうです。社員第一主義を掲げ、職場の環境整備に力を入れてきた背景がそこにあります。
現在、島根電工の社員数は、関連会社も含めて約600名ですが、国内企業の入社3年以内の離職率がほぼ3割に達する(厚生労働省調査)のに対して、同社はわずか4%程度だそうです。
■「当社は営業成績を前年度対比で見ない」
「私が入社したのは72年、高度成長のさなかです。ビジネスは弱肉強食の世界、食うか食われるかだと当時は思っていました。しかし今、地方の企業はそれでは立ち行きません」と荒木氏。
島根県は年に5000人弱の規模で人口減少が続く地域。大切なのは競争よりも共生です。「当社は営業実績を前年度対比では見ていない」という荒木氏は、事業の拡大よりも、むしろ“利益がいくらあれば、会社を存続できるのか”という発想に立っています。
12年から本格展開したFCも、その考えに基づいています。端的にいえば小口工事の「住まいのおたすけ隊」事業により、同業者が地域の一番店になれるよう支援するのが島根電工流といえるでしょうか。
FCの仕組みも独特です。加盟料は契約金と教育費で、これらには島根電工が小口受注で運用している「サットくん」を含めた情報システムの一切がパッケージされています。
資材納入や売り上げ・利益に比例したロイヤルティで稼ぐのではなく、社風づくり、人材づくりを重視するのが同社のFC方式。「地方の設備業者を元気にしたい」という荒木氏の思いが窺えます。加盟会社はこの5年間で31都道府県、46社に広がっています。
■きめ細かな顧客データ活用で「感動を提供」
実際に訪ねてみると、島根電工はとても風通しのよい会社だとわかります。役職の上下にこだわらず、ものをいえる気風があり、若い社員でも要望があれば社長に直接話します。朝、出勤すれば社長以下全員でオフィスの掃除をしますし、年に1度の運動会には関連会社の社員家族も参加します。
■中小企業のような家族的な雰囲気
何か、昭和の時代にはたくさんあった中小企業のような家族的な雰囲気を感じるのですが、小口受注のビジネスに付加価値を生み出している原点は、この気風に負っているところも大きいと思われます。
情報システムの開発にしても、自社の業務の利便性より、顧客にとって有益かどうかが優先されています。たとえば顧客データは、電球1個の取り換えでも、詳細な利用履歴が残されます。
「利用履歴は、即座に引き出せるようになっています。ですから、お客様から電話を受けて『いつ購入されましたか』『品番はわかりますか』などと尋ねて、相手を煩わせたり、不快にさせることはありません」(荒木氏)
電球やコンセントの付け替えから、エアコンや太陽光発電パネルなど数十万の工事に派生する。そのように顧客との関係性を良好に保つことにより、収益性を高めていく。その理念と手法は、地域循環型のビジネスモデルとして注目に値します。
過疎化の進行した地方にも、何がしかの潜在的なニーズがあるはず。「仕事がなければつくるしかない」という荒木氏の考え方が、その掘り起こしにつながったといえるでしょう。
▼地域循環型のポイント:独自の社風・人材づくりで小口のビジネスに付加価値
●本社所在地:島根県松江市東本町
●資本金:2億6000万円
●従業員数:595名(単体389名、2018年4月1日現在)
●事業内容:電気設備工事、エンジニアリングサービス、空調設備サービスほか
●設立:1956年(島根電気工事)
●沿革:63年島根電工として組織変更。2011年島根電工ホールディングス設立。グループ総売上高:2017年度167億円、16年度165億円、15年度148億円。
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明治大学政治経済学部専任教授 経済学科長
1965年、埼玉県生まれ。89年明治大学政治経済学部卒業。94年同大学院政治経済学研究科経済学専攻博士後期課程単位取得・退学。2005年より現職。著書に『空洞化する都市型製造業集積の未来―革新的中小企業経営に学ぶ―』ほか。
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(明治大学政治経済学部教授、経済学科長 森下 正 構成=高橋盛男 撮影=石橋素幸)
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