中国流ビジネスモデルが日本でコケるワケ
プレジデントオンライン / 2019年5月17日 9時15分
日本市場における新しいビジネスのヒントを、中国に求める企業家が増えつつあるが――。北京市内を走る、食事配達サービスの電動自転車。※写真はイメージです(写真=iStock.com/Spondylolithesis)
■中国は新ビジネスの「ネタ元」になりうるか
他国で成功しているビジネスモデルをいち早く自国市場で展開し、先行者利益を上げる「タイムマシン経営」。この言葉を生み出したソフトバンクの孫正義社長がそうだったように、日本の企業家にとって新しいビジネスのネタ元はたいていアメリカだった。
だがここにきて、中国にビジネスのヒントを探す動きが出てきているという話をしばしば耳にする。果たして、中国で成功したビジネスモデルは、日本でもうまくいくのか。中国法研究者の立場から、これについて考えてみたい。
日本企業の経営戦略は企業ごとに千差万別であり、一つにまとめて話すことは難しい。しかし、中国企業との対比で考えると、ある傾向を指摘することはできる。
日本と中国を対比すると、中国的なビジネスモデルとは、「取りあえず先のことは考えずに、思いついたらやってみる。失敗したらそのとき、別の方法を考えればいい」というスタイルといえる。これに対し、日本的なビジネスモデルとは「事前計画を入念に作りこみ、うまくいくと確信が持てたときにようやく動き出す」スタイルだといえよう。
日中のビジネスモデルを対比し、最大公約数的に考察すると、確実にこのような傾向は存在する。そして結論からいえば、日本のビジネスモデルは中国ではうまくいかず、中国のビジネスモデルは日本ではうまくいかないだろうと思われる。なぜなら、両国の「法治」のあり方が、互いに全く異なっているからだ。
■法に触れるかどうか予測できない社会
日本をはじめとする多くの国家では、「法律」とは「どのような行為をすれば、どのような『効果』が生じるか」を明確にしている(ここでいう効果とは、「刑に処される」「債権が発生する」といった、いわゆる「法律効果」を指す)。従って、市民は法律を読めば、「どのような行為ならペナルティーを受け、どのような行為なら受けずに遂行できるか」を知ることができる、しかもその法律は、民主的手段で選ばれた市民の代表が定めたものだ。
しかし、中国のような社会主義国家はそのような前提に立たない。中国では民主化が達成されておらず、議会に相当する人民代表大会が立法する法律は、民意の反映を前提としていない。そのため、市民から「われわれはそのような法律を望んでいない。このような法律を作成した中国共産党政権は倒すべし」という声が上がった場合、中国政府はこれを力で弾圧するしかない。
このような事態を避けるにはどうするか。中国をはじめとする社会主義国家が採った方法は、「法律に規定があっても、市民を刺激しないよう、現場の判断による無理やりな解釈を許容する」ことであった。
具体的に説明してみよう。例えば、無許可営業のタクシーは中国の法律で禁止されている。しかし、他に収入源もなく、タクシーで売り上げを上げないと生活できない人々もいる。ならば、無許可タクシーを事実上黙認しようというというのが、中国における法運用の流儀である。
特に最近では、無許可タクシーであっても税金を納めていれば特に取り締まらないといった、「実務的」取り扱いがなされることもある。こうした現場での判断に基づく法運用がかなりの頻度で見られるため、中国では「法に予測可能性がない」ということがしばしばいわれるのである。
■最適化の結果としてのビジネスモデルの違い
このような日中それぞれの法運用のあり方を見ると、先に述べたビジネスモデルの違いというのも納得がいくのではないだろうか。つまり、中国では法に予測可能性がなく、新しいビジネスを起こそうとしたとき、そのビジネスが国家による規制の対象になるのか、それとも問題なく展開できるのかは、当局の現場の判断でコロコロ変わるためよく分からないのだ。
このような社会でビジネスを行うならば、「取りあえずやってみる。そして、予期せぬ規制が当局によってなされたら、違う方法をそのとき考える」という方法が最も適していることは言うまでもない。規制されるかされないかを、事前に予想できないなら当然のことだ。
一方、日本では一応、法に予測可能性があるため、どのようなビジネスなら規制されないか、逆にどのようなビジネスならアウトかは、事前にほぼ明確に分かる。当局の規制の対象にならないことを事前に担保できるなら、ユーザーの反応や売り上げ予測などを十分リサーチして、失敗しないと確信が持てたビジネスのみを行ったほうが効率がいい。予測可能性が高い日本の「法治」の下では、「事前計画を入念に作りこみ、うまくいくと確信が持てたときにようやく動き出す」ビジネスモデルが重要視されるのは当然のことであろう。
■「そのまま輸入」はリスクが大きい
要するに、ここで定義した日中の典型的なビジネスモデルは、それぞれの国における「法治」のあり方という社会的背景の上に形作られてきた側面があるということだ。しかし残念ながら、この社会的背景の違いに気づかずに失敗した企業は少なくない。
日本でのやり方をそのまま中国にもっていった日本企業の多くは、事前に事業計画を十分に練ったにもかかわらず、予測不可能な現場の法運用の前に敗れ去った。今、中国本土でのビジネスで経済力をつけた中国企業が日本で事業を展開し始め、あるいは「タイムマシン経営」をもくろむ日中の企業家が中国で成功したビジネスモデルを日本に持ち込もうとしているが、日本の法治環境においては「取りあえずいろいろとやってみよう」は最適解でないどころか、事前によく考えればしなくて済む失敗をしたり、場合によっては日本の法に抵触して市場から駆逐されるリスクすら抱えかねない。
郷に入っては郷に従えというが、日本で「中国流」のビジネスを成功させるには、日中の「法治」のあり方の違いをしっかりと考えたほうがいいと、中国法研究者としては思う。その逆もまた、然りである。
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立教大学アジア地域研究所特任研究員
日本で修士課程修了後、都内社労士事務所に勤務するも退職し渡中。中国政法大学 刑事司法学院 博士課程修了(法学博士)。台湾勤務を経て現職。研究領域:中国法・台湾法。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015年)、『中国年鑑2018』〔共著・中国研究所(編)、明石書店、2018年〕など。「時事速報(中華版)」(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。
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(立教大学アジア地域研究所特任研究員 高橋 孝治 写真=iStock.com)
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