総理元秘書が語る「断れない話の断り方」
プレジデントオンライン / 2019年5月22日 9時15分
■「上着のボタンは留めておくんだよ」
今も昔も永田町には志ある政治家、そうでもない政治家、熱心な支援者、政治力にあやかりたい人、素性の知れない仲介者や詐欺師まで、さまざまな人間模様が渦巻いています。
その中で与党国会議員の秘書の仕事は、「ものを頼まれる」こと。市町村からの公の陳情から、「子供が家出したから内々に捜してほしい」という相談まで、内容は千差万別です。
おまけに、毎日、電話や対面で無数の相談が寄せられます。2004年の日歯連事件で引退するまで30年以上も永田町に身を置いた僕が対応した相談事は数え切れません。何千、何万件という頼まれ事を捌くことが秘書として最も大事な仕事の1つなんです。相手が詐欺師であっても、邪険にはできません。秘書は先生たちの名代ですから、その対応1つで先生の顔に泥を塗りかねないし、紹介者の顔をつぶすことにもなりかねません。だからこそ、ことさら礼儀とマナーが求められるんです。
中でも僕が仕えた故・小渕恵三元総理は、礼儀にうるさい方でした。
僕が小渕さんの事務所で働くようになったのは大学4年生のこと。麻雀ばかりしてロクに勉強しなかった僕の卒業は絶望的でした。まともに就職することも叶わないなと考えていたときに、「群馬3区の小渕先輩が使い走りを探してる。お前行け」と先輩に言われました。小渕さんが3期目のときでした。「気が進まぬが2週間だけ」と決めましたが、着ていく服もない。先輩から上着を借りて、永田町に通い始めました。
そんな学生でも、小渕さんはちゃんと見て、そのうえで試す。
「瀧川君、○○さんから△△をもらったから、お礼状を書いといて」
僕が書くと、「こういうふうに書くともっとよくなるぞ」という言い方をされる。学生にも、とりあえずやらせてみる。それも対等な人間として接してくれる。2週間だけと決めていた僕は、最後の日に小渕さんに言われたんです。
「瀧川君、このあと君といつ会えるかわからないけど、1つだけ教えておくな。年長者や初対面の人と会うときは、上着のボタンは留めておくんだよ」
そのとき初めて、小渕さんがずっと上着のボタンを留めていたことに気づいた。しばらくして「また手伝ってくれないかな?」と言われた僕は、草鞋を脱ぐ決断をしたんです。
ただ、小渕さんのことは尊敬しても、図抜けて優秀な人だと思ったことはなかった(苦笑)。小渕さんの選挙区は旧・群馬3区。福田赳夫さんと中曽根康弘さん(ともに元総理)が「上州戦争」を繰り広げた激戦区。だから、常に周りを見て、「おれはどうしたらいいかな?」などと考えないと、政治家として生き残れなかった。あるときは「結婚式のお祝い、いくら包んだらいいかな? 龍ちゃんはいくら包むか聞いてくれ」と小渕さんに言われ、当選同期の橋本龍太郎さん(元総理、故人)の秘書に、恥を忍んで聞きに行きました。
■立川談志氏から受けた頼まれ事
小渕さんはよく言えば、気配りに優れた人です。年次を重ねると後輩議員が「こんな話がありますよ」とご注進に来るんですね。橋本さんならそんなときは、頭の回転が速く、よく勉強されているので、その場で「それは認識が間違っている」などとピシャリと言う。けれど、小渕さんは全部話を聞いたうえで、「ありがとう。またなんかあったら聞かせてくれよ」と返す。僕が傍らで「そんな話、オヤジはとうに知っているぞ」と思っていても、終始その調子。その姿勢には非常に影響を受けました。
頼まれ事には、ダメ元で来るものも、本当に困っていて来るものもありますが、いずれにしても僕は、相談事をされたときは即答しないと決めていました。受けてからワンクッションを置いて、回答までに3日間は置くんです。
本当は「ダメです」とその場で即答できる案件も少なくありません。似たような頼まれ事をたくさん経験しているし、仕組みもわかっていますから。でも、相手は遠方からわざわざ議員会館まで足を運ばれたり、人づてに紹介してもらって電話してきたりと、労力を割いて頼ってきているわけじゃないですか。それを「対応できません」と即答したら、相手の苦労が瞬時にして水の泡になるわけですから。
知人の紹介で、話すのもイヤになるような人が来たときも、対応は変わりません。紹介者が善意で行ってる場合もありますから、その顔をつぶしてはいけません。ただ、後で紹介者に「あの人はダメだよ」とはっきり伝えます。ものを頼まれるときも、頼むときも、相手の気持ちを察することが非常に重要だと思います。
あるとき、参院議員だった立川談志さん(故人)から電話がかかってきたことがありました。
「まいっちゃってさ。友人と一緒に群馬に行ったときに、スピード違反で捕まっちゃってね。おれの用事で行ったもんだから、友人に悪くて。何とかならねぇかな?」
交通違反を取り消せないかと言うんです。難しいだろうなと思いつつ、僕はすぐに群馬県警に連絡しました。案の定、すでに処理を終えているので難しいという回答でした。でも、談志さんは喜んでくれたんです。
「そりゃ、わかっててお願いしてみたんだよ。でも、よくそこまでやってくれたね。ありがとう」
以来、談志さんとの付き合いが始まり、よく銀座の汚いバーにも連れて行かれました(苦笑)。ダメ元の相談でも、手を尽くしたがダメだったという理由が立てば、相談者は満足される。それこそが、頼まれる立場の人が尽くすべき礼儀と言えます。
■小渕さんから教わった秘書の礼儀
また、あるときは後援会の方から「知り合いの肝臓の調子が悪くて、都内で入院できる病院を探している」と相談を受けたことがありました。聞いたら「体に“絵”が描いてある人」とのこと。後に知ったのですが、四国を地盤にするヤクザの大親分でした。退院後には何箱もの発泡スチロールいっぱいに鮮魚が届いた(苦笑)。人様に褒められるような仕事ではなかったかもしれませんが、人を出自や身なりで判断しない。相談者の顔をつぶさない。そして、常にスーツのボタンを留めて応対する。それが小渕さんから教わった秘書の礼儀でした。
Q:手を尽くしたけれどダメだった。報告しづらいが……?
A:ちゃんと伝えよう。そこから始まる人間関係もある
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故・小渕恵三総理元秘書
1971年より2000年まで故・小渕恵三元総理の政策秘書。平成研究会(現・竹下亘派)事務局長時代の04年、政治資金規正法違反(不記載)で逮捕(禁固10カ月執行猶予4年)。12年より東洋実業副社長。
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(故・小渕恵三総理元秘書 瀧川 俊行 構成=池垣 完 撮影=永井 浩 写真=PIXTA)
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