「安くて地味」な西武線沿線が買いなワケ

プレジデントオンライン / 2019年5月19日 11時15分

撮影=安井孝之

「ダ埼玉」という言葉が生まれるほど、埼玉県には華やかなイメージが乏しい。そこでも開発が遅れ気味で、地価も安いのが東京北西部とを結ぶ西武線沿線だ。しかし、西武ホールディングスの後藤高志社長は「所沢駅では乗降客が増加しており、周辺の“億ション”が完売した。西武線沿線は他私鉄にないアドバンテージがある」と胸を張る。その背景とは――。

■3つのグループ本社が悲願の池袋移転

――4月に西武ホールディングスなど西武グループ3社が池袋の高層ビル「ダイヤゲート池袋」に本社を移しました。池袋を拠点に攻めの経営に向かうのですか。

グループを統括する西武ホールディングス、ホテルチェーンの「プリンスホテル」、不動産会社の「西武プロパティーズ」の本社を、所沢から池袋に集めました。西武鉄道の本社は埼玉県所沢市に残していますが、鉄道の一部の機能も池袋に移しました。

西武グループ再建前の2003年にグループの司令塔だった「コクド」が東京・原宿から所沢に移転して以来、大半のグループ企業は所沢で業務をし、経営再建を進めてきました。14年に東証1部への再上場を果たし、新たな成長ステージに入っていました。今回の池袋への集約で、攻めの経営体制が固まったと思います。

――後藤社長は、2005年にメインバンクから再建のために西武に移られました。本社移転は悲願だったのではないですか。

西武鉄道の本社は、1986年までダイヤゲートが立つ今の場所にありました。その後、所沢に移り、貸しビルとして使われましたが、私は西武に来てからずっと池袋の地に新本社を建てたいと思っており、2012年7月に旧本社ビルの建て替え計画を発表しました。

その後、米投資ファンド、サーベラスが当社に対し公開買い付け(TOB、Take-Over Bid)を仕掛けてきたので、その対応を余儀なくされましたが、そうした難題をクリアしつつ、新本社ビルの建設と本社移転をほぼ予定通りに実現できました。

■他私鉄にない西武線のアドバンテージとは

これまでグループ各社の本社機能は都心から少し離れたところにあり、お取引先を含めたさまざまなステークホルダーにはご不便をおかけしました。今回、池袋に拠点が移ったことで、コミュニケーションも円滑になります。グループ内のシナジー効果も高まります。

――東京の私鉄沿線の中で、西武線沿線はこれまで開発が遅れ気味で、他の私鉄沿線の人気の方が高かったように思います。少子高齢化が都心部でも進んでいきますが、今後巻き返しはできるでしょうか。

東京、埼玉に広がる西武線の沿線人口は548万人余り(2015年)です。埼玉地域は横ばいですが、都内は今も伸びている。確かに、長期的には西武線沿線にも少子高齢化の波は来ます。東京のどの私鉄も今後、沿線人口を大きく減らさないかが課題です。私は、西武線沿線が他の私鉄沿線に比べ開発余地がまだあり、アドバンテージがあると考えています。

――何がアドバンテージになるのですか?

西武線沿線は実は防災上、優位性が高い地域なのです。地盤の調査・解析などを手掛ける「地盤ネット」(本社・東京都)が東京のJR、私鉄沿線の地盤を調べたところ、地盤の強さは西武池袋線がトップで西武新宿線が第2位という結果が出ました。

■「ダ埼玉」の所沢で億ションが完売した

地盤ネットのデータをみると、関東平野の北西の方向に行くほど地盤が強い土地が多いようです。西武線沿線では石神井公園(池袋線、東京都練馬区)、大泉学園(同)、埼玉県の所沢(同、新宿線)などが都内トップレベルの地盤の強さを誇っています。

西武線沿線の地価は、他の沿線に比べ残念ながら少し安い。それなのに地盤は固いのですから、基礎工事の費用は少なくなります。今後、沿線の住宅地の競争力は増すとみています。

――首都圏にはいずれ大地震が来るといわれています。他の沿線から人が移ってくる動きはありますか。

まだそういった動きははっきりとは出ていませんが、西武線沿線の魅力を高めれば、防災上の利点と相まって移り住む人が増えていくでしょう。すでに沿線の各所で連続立体交差事業を進め、いわゆる「開かずの踏切」の解消に努めています。安全で住みやすい沿線をつくり、新しい人の流れをつくっていきたいと思っています。

沿線全体としては新しい人の流れづくりはまだ緒に就いたばかりですが、所沢はずいぶん変わってきました。

――所沢というと「ダ埼玉」の典型のように思われているのではないでしょうか。

1日当たりの乗降人員は2017年3月期に初めて10万人を超え、乗降客が増えてきました。医療器具メーカーの開発センターが移り、昼間人口が増えた上、駅周辺の商業施設の開発が進み、周辺部からの流入が膨らんでいます。駅西口の車両工場跡地を含む約8.5ヘクタールの土地で再開発事業が進んでいますが、住友不動産が売り出した「億ション」が完売しました。

撮影=安井孝之

■ドームと横アリの連携で沿線を活性化

――所沢で億ションが売れているとは驚きです。

駅から徒歩数分のマンションで、東京・大手町にも小一時間で通勤できます。駅周辺の再開発で所沢のイメージは一変すると思います。周辺には緑が多く、地盤もやはり固い。また、所沢の近くにあるメットライフドームの整備に2021年3月までに約180億円を投入します。ドームエリアが良くなり、大きなコンサートもどんどんできるようになり、この5月11、12日の土日にはサザンオールスターズのコンサートを開催しました。

2017年には、横浜アリーナを子会社化しました。横浜と埼玉のメットライフドームとを連携させながら、より多くのイベントが開催できるようになったのです。

――西武線沿線は、これまで都内ではおしゃれなイメージはあまりなく、小田急線沿線や東急線沿線に比べて魅力がないように思われていたのは事実です。皮肉な見方をすれば、他の沿線に比べ未開発な部分が多かったので、むしろ今では開発余地が残っていたということですね。しかも地盤が固い。

近年防災意識が高まっているので、私も沿線の地盤の固さは色んなところでアピールしています。

■好調なホテル事業はロンドン進出へ

――西武ホールディングスの売上高をみると、2013年3月期にホテル・レジャー事業の売上高が、鉄道など都市交通・沿線事業の売上高を上回りました。それ以降、売上高の伸びもホテル・レジャー事業が上回っています。攻めの経営は沿線開発だけではありませんね。

日本は訪日外国人観光客(インバウンド)の観光客が急激に増えていますが、プリンスホテルはその大きな享受者です。赤坂プリンスホテル跡地に2016年にオープンした「東京ガーデンテラス紀尾井町」の中にある「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」のお客さまの7割以上は外国の方で、そのうち4割近くが欧米からのお客さまです。

都内のそのほかのプリンスホテルのお客さまのうち約6割が日本人なのに対し、紀尾井町のホテルはインバウンドのフォローの風が吹いています。

――海外でのホテル事業も積極的ですね。2017年に高級ホテルチェーンのステイウェルを子会社し、さらに高級ホテルを展開する英国のAB Hotelsの全株式を取得されました。どのように活用されますか。

今年夏以降に、ロンドンに「The Prince AKATOKI」ブランドの第1号店を開業します。AKATOKIは暁の古い表現の「明時(あかとき)」から取りました。海外の高級ホテルに日本らしい名前を付けて、プリンスホテルの認知度を高めたいと考えています。

■欧米の接客術と日本のおもてなしを融合

――日本のホテル業界はバブル経済が膨張した時期に海外のホテルチェーンを買収したものの、その後、必ずしも順調に経営はできませんでしたが、今回は大丈夫でしょうか。

撮影=安井孝之

海外事業での収益向上も狙っていますが、プリンスホテルにとってさまざまなメリットが享受できると思います。欧米のホテルチェーンの経営手法には学ぶべきものが多い。フラットな組織にして意思決定が早く、現場には素晴らしいマニュアルが整備されている。新入社員でも、お客さまに対してやるべきことがすぐに分かる仕組みになっている。こうした経営管理手法は、日本のホテル事業者にとっては学ぶべき有意義なものです。

一方、日本側も海外のホテルの中に和食メニューやすしカウンターを設置し、日本的なおもてなしを味付けし、事業に貢献できます。海外の高級ホテルチェーンのお客さまが日本のプリンスホテルを認知してくれれば、インバウンド客として来日した際にプリンスホテルを選んでくれます。

■「目指すなら観光立国ではなく観光大国」

――海外のホテルチェーンの買収をインバウンド需要にも活用しようとする戦略ですね。

現在、プリンスホテルの国内向けの会員サービスに約90万人が参加されています。訪日外国人向けの会員サービスには約3万人、そこにステイウェルの外国人会員約5万人が加わります。こうしたグローバルな会員組織を一体運営していきます。バブル時代のように海外のホテル事業の収益だけではなく、海外のお客さまをプリンスに招き、インバウンド収入の増加も狙っています。

――後藤社長は、日本は観光大国を目指せと主張されています。

撮影=安井孝之

観光立国とか観光先進国という掛け声はあまりに消極的です。目指すなら観光大国です。そのためには表示の多言語化は待ったなしです。昨年、北海道で大地震がありましたが、多くの外国人観光客が放置されました。

災害の多い日本ですから、どんな事態になっても多言語で対応できるようにしなければなりません。海外の観光地でも外国人への対応は必ずしも十分ではありませんが、日本は海外に先んじて言葉のハードルを下げていく努力をもっとしていくべきです。

ITを活用して新しいモビリティサービスを提供するMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)も、海外からの旅行者を念頭に鉄道、バス、タクシーなどが連携し、サービス提供をすべきです。日本の技術力があれば、海外に先んじて先進的な取り組みができるはずです。私は、西武グループが観光大国のトップランナーになれると信じています。

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後藤 高志(ごとう・たかし)
西武ホールディングス代表取締役社長
1949年東京生まれ。東京大学を卒業し、72年に第一勧業銀行(DKB)に入る。97年のDKBの総会屋利益供与事件では経営刷新を進めた「四人組」のリーダーだった。DKBと富士銀行、日本興業銀行が統合し、2004年にみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)副頭取に。05年に西武鉄道社長に転じ、西武グループの再建の陣頭指揮を執った。

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(西武HD 社長 後藤 高志 聞き手・構成・撮影=安井孝之)

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