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安倍首相の軽薄さが北のミサイルを呼ぶ訳

プレジデントオンライン / 2019年5月25日 11時15分

2018年6月14日、首相官邸にて、拉致被害者家族連絡会(家族会)の飯塚繁雄代表(左から3人目)、横田早紀江さん(同2人目)らと面会する安倍晋三首相(右端)(写真=時事通信フォト)

5月に入ってから、安倍晋三首相が日朝首脳会談に前のめりになっている。だが開催のめどは立っておらず、日本から一方的に呼びかけているにすぎない。ジャーナリストの宮田敦司氏は「日朝会談を得点稼ぎに使うのは危ない。北朝鮮はその隙を突いて、ミサイルを撃ってくる恐れもある」と指摘する――。

■抱負は述べれど、開催のめどは立たず

安倍晋三首相が、金正恩委員長との首脳会談に前のめりになっている。5月に入ってから、「条件を付けずに率直に話をしたい」「虚心坦懐に話し合う」など、たびたび決意や抱負を述べている。

あまりにも安倍首相が日朝首脳会談について触れるため、開催が近いのかと勘違いしてしまうが、5月19日に東京都内で開かれた北朝鮮による日本人拉致問題に関する「国民大集会」で、首相自ら「残念ながら日朝首脳会談が行われるめどが立っていないのは事実だ」と述べている。現時点では、会談開催を北朝鮮側に呼び掛けているにすぎない。

仮に首脳会談が実現した場合、同じ懸案事項の解決のために、一国の首相が国交のない国を一方的に3度(1度目:2002年9月17日、2度目:2004年5月22日/ともに、小泉純一郎首相と金正日総書記)も訪問するのは異例中の異例となる。しかも、日本人拉致が北朝鮮の組織によって行われたことを故・金正日総書記が自ら認め、謝罪したにもかかわらずだ。

■なぜ2度の首脳会談は失敗に終わったのか

加害者側である北朝鮮が謝罪した事件の被害者を取り返しに、前回の交渉から15年も経過してから再交渉に赴くのは異様な事態だ。これは、小泉純一郎首相と金正日総書記の2度にわたる首脳会談が失敗だったことを示唆している。

過去2回の首脳会談では、誘拐犯が拉致した被害者の一部を返したからということで、残りの被害者の存在を無視して、誘拐犯に身代金(食糧25万トンと医薬品11億円分、合計約100億円相当)を渡す約束をしてしまった。

3度目の首脳会談が達成しなければならない「成功」は、拉致被害者の再調査の実施を約束させることではなく、拉致被害者の全員帰国だ。今度こそ、拉致問題が完全に解決されなければならない。北朝鮮は「拉致問題は解決済み」との姿勢を簡単には崩さないだろうが、それを突き崩すのが首脳会談というものだ。

■ブレジネフ書記長から「ダー」引き出した角栄

ここで思い出すのが、1973年10月に行われた田中角栄首相の、北方領土問題の解決と、日ソ共同声明のためのモスクワ訪問である。この時の訪ソでは、声明の中に北方領土問題をどう書き込むのかが最大の焦点となった。ソ連側が「領土問題は存在しない」という姿勢だったからだ。

田中首相は会談決裂を覚悟のうえで、北方領土の返還と戦後未解決の問題に関して「イエスかノーか」で即答を求めるなど、巧みな交渉技術で迫った。あいまいな合意で済まそうとするソ連側に、「戦後未解決の問題のなかに北方領土問題は入っているのか」と追求したのだ。その結果、押し黙っていたレオニード・ブレジネフ書記長から「ダー(イエス)」という回答を引き出すことに成功した。

はたして安倍首相に、田中首相のような気迫や交渉技術は備わっているのだろうか。実務レベルの交渉にあたる外務省の担当者の交渉技術も問われる。

交渉相手の金正恩委員長の交渉技術がどの程度なのかは不明だが、外交交渉のシナリオを作っている北朝鮮外務省のペースに乗せられてしまったら、日本側が満足する結果が出ないことは火を見るより明らかだ。

■日本には「経済援助」ぐらいしか交渉カードがない

米国のように軍事力を背景にした交渉が行えない日本は、経済制裁が唯一の交渉カードといえる。しかし、経済制裁の強化はこれ以上無理だ。トランプ米大統領は拉致問題に理解を示しているが、米国の軍事力を背景に日本が北朝鮮と交渉するわけにはいかない。

つまり、日本には手持ちの交渉カードがないのだ。残るは大規模な経済援助というアメをチラつかせるしかないが、これは国民が納得しないだろう。

拉致被害者5人と家族5人の帰国を実現させた小泉首相の2度目の訪朝は、7月の参院選の直前だった。各社の世論調査によれば、共同通信68%、朝日67%、読売63%、毎日62%と、6割以上がこの訪朝を「評価する」と答えている。

このように、日朝首脳会談はわずかでも成果があれば、政権の支持率上昇につながる。安倍首相が対北朝鮮政策を対話路線に転換したのは、悪いことではない。しかし、北朝鮮側が何の反応も示していないため、今後、北朝鮮の態度の軟化につながるかどうかはわからない。

■いずれ準中距離弾道ミサイルの技術も向上する

対話を自分たちのペースで運ぶために、北朝鮮は安倍首相を窮地に陥れる可能性もありうる。日本の排他的経済水域(EEZ)内に弾道ミサイルを落下させるのだ。こうなると、安倍首相も北朝鮮を強く非難せざるを得なくなる。「虚心坦懐に話し合う」などと言っていられなくなる。

5月4日と9日に発射された短距離弾道ミサイルは、日本のEEZから遠く離れた海域に落下した。だがこれは、国連安保理決議違反だ。これに対して安倍首相は「わが国の安全保障に直ちに影響を与えるような事態は認識されていないが、国連安全保障理事会決議に違反する。極めて遺憾だ」と述べるにとどまり、北朝鮮の行動を強く非難はしなかった。

安倍首相は、短距離弾道ミサイルの発射は、日本の安全保障に影響を与えないという認識なのだろう。だが、たとえ韓国だけを攻撃目標とする弾道ミサイルや多連装ロケットであっても、それらの技術向上は、いずれ日本を攻撃する準中距離弾道ミサイルの精度の向上などにもつながるだろう。

■安倍首相の「宣伝」が、逆に北朝鮮の反発を招く

安倍首相が述べたとおり「直ちに影響は与えるような事態」ではないが、短距離弾道ミサイルであっても新型のものであれば、日本の安全保障と無関係とはいえないのだ。

筆者は日朝首脳会談開催に反対しているわけではないし、安倍首相の方針転換に反対しているわけでもない。あたかも北朝鮮との水面下での交渉が進んでいるかのような発言が気になるのだ。安倍首相の「宣伝」が、逆に北朝鮮の反発を招くのではないかと危惧している。

安倍首相の日朝首脳会談に関する一連言動が、夏の選挙や自らの政権の支持率向上を目的としたパフォーマンスで終わらないことを願うばかりだ。

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宮田 敦司(みやた・あつし)
元航空自衛官、ジャーナリスト
1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校修了。北朝鮮を担当。2008年日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に『北朝鮮恐るべき特殊機関』(潮書房光人社)がある。

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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司 写真=時事通信フォト)

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