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この時代に券売機をATM化した東急の事情

プレジデントオンライン / 2019年6月5日 9時15分

QRコードを券売機のリーダーにかざし、現金を引き出す様子(写真=東京急行電鉄株式会社提供)

私鉄大手の東京急行電鉄(東急電鉄、東京都渋谷区)は5月、駅の券売機で現金を下ろせる「キャッシュアウト・サービス」を全国に先駆けて始めた。キャッシュレス化が進むタイミングで、なぜ現金サービスを始めたのか――。

■駅の券売機で現金の引き出しが可能に

キャッシュアウト・サービスとは、小売店のレジなど銀行のATM(現金自動預け払い機)以外の機器を使って、銀行口座から預金を引き出せる仕組みのことだ。欧米では広く利用されているサービスだが、国内ではイオンが各店舗のレジで導入している程度。

東急電鉄はこれに、どの駅にも必ず設置されている「券売機」を活用した。6月現在で提携している金融機関は、横浜銀行とゆうちょ銀行の2行だ。

利用方法は簡単。まず、自身のスマートフォンに、銀行の専用アプリをダウンロードしておく。現金を引き出したいときはアプリを起動し、引き出したい金額をタップ。金額は「1万円」「2万円」「3万円」の3パターンから選択できる。あらかじめ設定した暗証番号を入力すると、QRコード(※)が表示される。

※QRコードは(株)デンソーウェーブの登録商標

券売機に付いているQRコードリーダーにそのQRコードをかざせば、キャッシュカードなしで現金を引き出せるという手順だ。サービスを考案した同社のフューチャー・デザイン・ラボ事業創造担当プロジェクトリーダーの八巻善行氏によると、「慣れれば十数秒で操作できる」という。

対象は東急沿線の全85駅(こどもの国線、世田谷線を除く)にある計約300台の券売機で、利用時間は午前5時半~午後11時まで。各銀行が設定する手数料を徴収されるが、キャンペーン中の6月30日までは無料になる。同社がサービス開始後に調査したところ、全駅での合計取り扱い件数は、1日当たり100~200件で推移しているという。

■券売機をゼロにできないワケがある

PASMO(パスモ)やSuica(スイカ)など交通系ICカードの普及が進んだことで、紙の切符を購入する場面は極めて少なくなった。しかし、「券売機は邪魔者」とも言い切れない事情が鉄道会社にはある。

東急電鉄の券売機の設置台数は、ピーク時の約10年前には600台ほどあったが、現在はその半分程度に削減されている。それでも「ここ数年は横ばいの状態。現金を使う人が完全にゼロにならない限り、券売機もゼロにはできない」(八巻氏)のだという。

キャッシュレス化が進む時代とはいえ、まだ過渡期だ。高齢者の中には現金を中心に生活をしている人も多い。クレジット機能が付いていたり、数千円以上の金額をチャージできたりするICカードを子どもに持たせるのは抵抗があるとして、あえて紙の切符を購入するケースもある。

「地域の生活に欠かせないインフラを担っているからこそ、『カードがないから』といった理由で乗車できない事態を生み出すことは絶対にできない」(八巻氏)

■多機能化のカギはQRコードリーダー

欧米の飲食店などではキャッシュレス決済以外を「お断り」にするところもあるが、乗車拒否をするわけにはいかないということだ。また、「いざという時」の頼りにもなる券売機は、一定数以上を必ず残しておく必要がある。せっかくなのだから、もっと有効に使えないか――。券売機は今、「多機能化」がトレンドになっている。

そもそもこのサービスは2017年、同社が新たなビジネスをグループ全社員から募る「社内起業家育成制度」に、これまで駅舎の開発などを担ってきた八巻氏が「券売機をはじめとした駅施設を活用した新規事業」として、アイデアを応募したところから始まった。

同年4月に銀行法施行規則が改正され、銀行が預金の払い出し業務を外部委託できるようにする規制緩和が行われたことも事業採用の後押しになったという。

キャッシュアウト・サービスを考案した東急電鉄の八巻善行氏=5月20日(編集部撮影)

「券売機の機能は3つに分解できる。第一に無人であること、第二に現金を取り扱っていること。そして当社の場合は、ネット予約した定期券を券売機で購入できるなどの『多機能化』を既に進めていた背景があり、QRコードの読み取り装置が搭載されていた。これらを組み合わせて何ができるか、という視点で考えた」(八巻氏)

券売機のシステム改修によっては、QRコードリーダーを用いて他のサービスを生むことも可能になる。業種をまたいだビジネスは、今後ますます広がっていくだろう。

■チャージで投入される1万円札の再利用にも

実現に当たり細心の注意を払った点は、いかに「切符を購入するという券売機の本業」を妨げることなく、キャッシュアウトという新機能を上乗せするかだ。

例えばコンビニや駅構内の銀行ATMでは、暗証番号や金額をテンキーで一つひとつ入力する必要があり、時期によっては行列が発生している場面も見受けられる。一方、同社の券売機はQRコードリーダーを備えていることで、操作を最小限で済ませられる。キャッシュアウトの利用者が券売機を占拠してしまう事態を避けられるというわけだ。

1万円単位の出金額設定も、慎重な検討を重ねた結果だ。というのも、券売機は事前に準備した硬貨・紙幣に加え、利用者から投入されたお金も「お釣り」として再利用している。出金額を千円単位などで細かく設定できるようにしてしまうと、「紙幣切れ」のリスクが大きくなるのだ。

預金を下ろすことだけが目的なら他のATMを探せばよいが、券売機の場合は、切符購入者へのお釣りも同時に切れてしまうことを意味し、実際に生じれば混乱を招きかねない。

「最近は定期券購入やICカードへのチャージで、1万円札が投入される機会が増えた。でも、紙幣としては最高額なので、お釣りとして使う機会はほとんどない。これをうまく生かしたいと考えた」(八巻氏)

■むしろキャッシュレス化の後押しになり得る

改札口ごとに「必ず2台以上は置いてある」(八巻氏)という券売機は、移動中に急に現金が必要になったときを考えれば、街中のコンビニや駅構内のATMを探し回ったりするよりも効率がいい。

キャッシュアウトは現金を手にするという意味では「キャッシュレス化」に逆行しているようにも見えるが、実は「いざという時」にスマホさえあれば現金も引き出せるという安心感を与えることができる。むしろ「キャッシュレス社会」を後押しする存在になり得るのかもしれない。

ビジネスとしては提携する金融機関から受託費という形で利益を得るが、同社が目指すのは、現在ある券売機の可能性を広げ、インフラである「駅」という場所をより利用者にとって便利な、開かれた存在にしていくことだという。今後は利用を拡大するため、他の銀行や鉄道会社の参加も呼び掛けていきたいとしている。

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加藤 藍子(かとう・あいこ)
ライター・エディター
慶應義塾大学卒業後、全国紙記者、出版社などを経てライター・エディターとして独立。教育、子育て、働き方、ジェンダー、舞台芸術など幅広いテーマで取材している。

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(ライター・エディター 加藤 藍子)

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