脳梗塞の夫と「距離を置いた」本当の理由

プレジデントオンライン / 2019年6月14日 9時15分

ライターの三澤慶子さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

家族が病に倒れたら、看病に専念すべきなのか。ライターの三澤慶子さんの夫は50歳で脳梗塞になり、半身の後遺症が残った。三澤さんは「しんどいときも仕事はできるなら手放さないほうがいい。物理的に距離を置ければ、お互いつぶれてしまう危険を回避できる」と語る――。

■「脳の病気はヤバい」全力で否定したかった

2014年2月、ライターの三澤慶子さんの夫(当時50歳)が脳梗塞を発病した。後遺症によって夫の右半身にはまひが残ったが、リハビリを続けながら仕事復帰。生業である映画評論家(※)として執筆活動を続けている。

※映画評論家の轟夕起夫さん

そんな一家の大黒柱を襲った突然の病と闘病の記録をつづった『夫が脳で倒れたら』(太田出版)の帯には、「“献身的”で、なくていい!」の文字が。その真意を、著者であり妻の三澤さんに聞いた。

――5年前の冬、旦那さんが脳梗塞になったときの状況を教えてください。

随分前から時々しびれがあって、違和感はあったようです。でもすぐに症状は収まるし、仕事も忙しいからと病院にかかることはありませんでした。

そうしていよいよ倒れる当日、彼の中でただならぬ異変が起きているようで、フラフラしながら「手がしびれる」「体がおかしい」と訴えてきました。「しびれ」が脳の病気の症状として出ることはなんとなく知っていたので、最悪の事態に備えて「一応、脳神経外科で診てもらおう」と病院へ向かいました。

MRI検査の結果「脳梗塞」と診断が出ても、「夫はまだ50歳だし……まさか彼が」という感じで、信じられませんでした。今思えば異常な事態を察知していながら、脳の病気を否定したい一心だったのだと思います。怖いじゃないですか、脳はヤバいぞと。

■「殺してくれ」と言われても冷静に接する

――手や足に加え舌や腸まで、体の右側だけが徐々に動かなくなっていく中(※)、旦那さんから「殺してくれ」という言葉も飛び出していました。非常に過酷な状況だったと思いますが、三澤さんは終始、一定の距離を置きながら冷静に接しているのが印象的です。

※脳梗塞を起こしたのは右半身の筋肉を動かす部分だった。

これは他の夫婦と違うところかもしれませんが、普段からお互い干渉しないんですよ。

夫は映画評論家で、私はライター。互いに個人で文筆業をしているので、「われわれは別の人間である」という感覚が元から強かったんだと思います。

それに自宅が事務所になっているので、ほとんど四六時中一緒の空間にいるわけです。そこで日常的に意識していた、感情を一歩離して“距離を置く”という行為が、意外にも対患者スキルとして活きたのかなと。

それでも夫の情緒面での後遺症の浮き沈みにはどうしても引っ張られました。あ、“浮き”はないからどこまで“沈む”か、ですね(笑)。夫の放つネガティブなオーラからなるべく離れねばという自己防衛意識は働いていましたが、それでもかなり、心身ともに追い詰められました。

■「簡単なメール」も手につかなくなった

夫の発病直後、子供のサッカーの役員ができなくなったのはわかりやすい例で、簡単なメールのやりとりだけなのに、それがまったく手につかないんです。息も苦しくなったし、これはまずいなと。

そんなとき、やりかかりの大きな仕事がひとつあって、それは逆に助けになりました。夫は会社員じゃないから福利厚生的なものはありません。これをやっていればとりあえずお金が入るということで、なにも考えず没頭する時間が持てました。

あと関係あるかどうかはわかりませんが、夫が入院してから次男の声変わりが一気に進んだんです。その他にも第二次性徴と思われる変化があって、父親の病気と不在が影響しているのかも、と思いました。

――“献身的”という本の帯にあったキーワードは、患者家族が追い詰められないためのメッセージだったのですね。

がんでは、患者家族のことを「第2の患者」と呼ぶそうですね。とってもいい表現だし、そう言ってもらえると家族は楽になるんじゃないかな。

妻としては、「家族に病人を出してしまった」という負い目からスタートしているんですよね。そこからリハビリの手伝いやごはん作りなど、あれもこれもしなきゃいけないことがある。だけど生活のこともあるから、働きにも出なきゃいけない。

■「家族がサポートして当たり前」というプレッシャー

そういえば退院のとき、塩分量を確かめられる食品成分表をご好意でいただいたんですけど、思わず「ごはんに気をつけなくちゃいけないのはわかってるから、もうこれ以上持ってこないで!」とカッとなってしまったんです。あ、相手にはもちろん言ってませんよ。

介護パンフレットを開けば「患者は家族がサポートして当たり前」みたいなイラストや写真がたくさん載っています。そうした無言のプレッシャーにさらされ続けると、「やってあげたいけど、あれもこれも無理!」と悲鳴を上げたくなってしまうんです。

そんな中で夫のズーンとした負のオーラを浴びると、やっぱり追い詰められます。

実際できることは限られていて、結局大したことはしていない。でもなんだかつらい。どうしてもしんどい。なんでだろう、なんでだろうって毎日思ってたんですけど、今ははっきりわかります。本当につらかったんだって。

■介護に疲れ果てた妻たちの「愚痴」

本に書きましたが、脳梗塞の夫を持つ看護師さんに愚痴られたことがあるんですよ。その後も何人かの奥さんから脳卒中(※)の夫の文句を聞かされることがあって、挙げ句、再発して亡くなったことまで報告されたときは、さすがに不愉快になりました。

※脳卒中:脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、一過性脳虚血発作の総称

でも後遺症がどんなかはひとりひとり全く違うので、家族の感じ方もそれぞれだと考えたら、他人の私に愚痴を吐き出した奥さんたちは、みんな、つらくてつらくて限界だったんだと、後でハッと気がついたんですよね。それと同時に、この病気の残酷さを感じずにはいられませんでした。

どんなにしんどくても、家族は「本人に比べたら大したことない」という思考に陥りがちだし、世の中的にも家族は支えて当然、という風潮がある。そんな中で、「だけど私もつらいんだ」とは言いたくても言えないわけです。するとこっちもどんどん嫌な人間になってしまう。それは誰にとっても不幸でしかないですよ。

■「つらい」って大声で堂々と言っていい

――患者とその家族は退院後、どうやって生活していくべきなんでしょうか。

これはわが家の経験からですが、仕事をしていた患者さんは、後遺症が残っていてもリハビリと並行して仕事復帰できるとなれば、いち早く復帰できるといいと思います。

もちろん本人にとっても社会から必要とされることはリハビリの励みになると思うし、実際、夫が発病前より時間はかかっても同じクオリティの仕事をできたときは、とても大きな自信になったようでした。

またパートナーの方も、私自身が没頭できる仕事があったことで救われたように、しんどいときでも仕事はできるなら手放さないでおく方が良いと思います。

そうやって物理的に距離を置くことができればお互いつぶれてしまう危険を回避できるし、支える側も病気ではなく本人を恨んでしまう悲しすぎる思考に陥らずに済むと思うんです。

三澤 慶子『夫が脳で倒れたら』(太田出版)

家族側は「介護の手が要らないからわが家はまだ大変じゃないほう」とか、「自立してるからうちはまだマシ」「本人の方がつらいんだから」とかって、勝手に苦しさをランク付けして「こんなこと言っちゃいけない」と自分を追い込んでしまいがちです。

患者同士でも、「あの人に比べたら僕のまひなんて」みたいなマウンティングがある。「自力で歩けるのに、こんな泣き言言っちゃいけない」とかね。

後遺症の重さに関係なく、みんなつらい。そこからスタートしないと、みんなが不幸なんです。だから家族も「つらい」ってもっと大声で堂々と言っていい。私ももう、言っていこうと思って。だってほんとに大変なんだもん(笑)。

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三澤 慶子(みさわ・けいこ)
ライター
北海道生まれ。SSコミュニケーションズ(現・KADOKAWA)にてエンタテインメント誌や金融情報誌などの雑誌編集に携わった後、映像製作会社を経てフリーランスに。手がけた脚本に映画『ココニイルコト』『夜のピクニック』『天国はまだ遠く』など。半身にまひを負った夫・轟夕起夫の仕事復帰の際、片手で出し入れできるビジネスリュックが見つけられなかったことから、片手仕様リュック「TOKYO BACKTOTE」を発案、2018年にブランドWA3Bを立ち上げる。

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(ライター 三澤 慶子 聞き手・構成=小泉なつみ 撮影=プレジデントオンライン編集部)

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