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「正論オジサン」とゴミ屋敷住人の酷似点

プレジデントオンライン / 2019年6月15日 11時15分

JR松阪駅(三重県松阪市)。正論オジサンはこの近くの商店街で自主的にパトロールしている=2013年2月14日(写真=時事通信フォト)

三重県松阪市の「正論オジサン」が話題だ。自称「89歳の法務省OB」。駅前商店街で歩道にはみ出した看板や自転車などを無断で撤去し、店に猛烈なクレームを入れる。コミュニケーションストラテジストの岡本純子氏は「『正論オジサン』が“私刑”を実行する心理の裏には、ゴミ屋敷の住人と似た“欲求“があるのかもしれない。現代人は『正論オジサン』のような人物と向き合うコミュ力武装が必要だ」という――。

■自称89歳の法務省OB「正論オジサン」は是か非か

世の中には「不機嫌」があふれかえっている。

とりわけその不機嫌ぶりが取りざたされるのが、街中の高齢男性だ。「暴走老人」といった言葉も登場し、その言動をめぐって、「炎上騒ぎ」が起きることもある。

最近、各局の情報番組がこぞって取り上げているのが、三重県松阪市の「正論オジサン」だ。男性は自称89歳。松阪市の駅前商店街に毎日現れ、歩道に1センチでもはみ出した看板やのぼりの土台、自転車などを無断で店の中に押し込め、お店の人間に猛烈なクレームを入れる。時には看板やのぼりを倒したり、壊したり、切ったりすることもあるという。

この「正論オジサン」の熱心な活動により、地元の観光協会が作った松阪牛の看板も、歩行者の邪魔にならない場所に置かれていたのぼりやプランター、ベンチなども1ミリの狂いもなく、「敷地内に」取り込まざるを得なくなった。遠目からは、店が開いているようには見えず、一帯はシャッター商店街化し、売り上げは激減、休業に追い込まれた店もあるそうだ。

法務省に勤めていたと名乗るこの男性は、テレビ番組の取材に対して「法律に基づいてやっている」「年寄りがけがをしたら危ない」と話していた。どうやら自分自身を「法の執行人」であると信じて、こうした行為に及んでいるようだ。

■増えるモラルポリス、マナーポリスの嫌な感じ

「正論オジサン」の主張そのものは間違っているわけではない。

しかし、一分の隙も余白も許さず、鉄壁の「モラル」を振りかざし、威嚇や破壊行為にまでエスカレートするやり方は明らかに度を越している。「女のくせに」などと言葉荒く、執拗に文句をつけ、詰め寄り、モノまで壊すその態度に、商店街の人もほとほと嫌気を起こしているようで、やり取りの映像を見ると、売り言葉に買い言葉の「対立」が見て取れる。

こうした「モラルポリス」は、ちょっとしたマナーの乱れも許さない「マナーポリス」と同様に増えているようだ。正義感をもつことは大事だが、「暴走した正義感」は社会の「余白」や「あそび」を奪い、ますます世間を息苦しいものにしていく。

■正論・異論・暴論オジサンは「俺の話を聞けー!」と心で叫ぶ

不機嫌なオジサンの類型としては、他にも事例がある。

たとえば、人が何か言うと必ず文句をつける「異論オジサン」だ。代案は特にないのに、とにかく何かにつけてダメ出しをする。このタイプは読者の皆さんの周りにもいるのではないか。

もうひとつが、「暴論オジサン」だ。6月10日、自宅の近くで送迎バスを待つ幼稚園児の声がうるさいと、腹を立て、園児の自宅の郵便受けに、「子どもたちを静かにさせろ。出来なければ何があっても文句は言うな」などと書いた脅迫文を入れたという容疑で東京・足立の71歳の男性が逮捕された。

正論、異論、暴論……。こうしたオジサンたちの共通点は何か。

それは「俺の話を聞けー!」と言う魂の叫びではないだろうか。拙著『世界一孤独な日本のオジサン』で触れたように、退職後の高齢男性の多くは、「自己承認欲求」というモンスターと格闘している。

日本の組織は極端なタテ社会であり、年を重ねれば重ねるほど、表向きは敬意を払われるようになる。その中で、彼ら問題オジサンたちのデフォルトとなっているのが、上下関係に基づく「マウンティング」のコミュニケーションである。

仕事をしているうちは、その存在も功績も認められる。だが退職すれば、自分の話に耳を傾けてくれる部下も後輩もいなくなり、絶望的な寂寥感にとらわれる。「肩書」に基づくタテのコミュニケーションしかしてこなかったために、友人や仲間を作るヨコのコミュニケーションのやり方がわからない。

「誰からも相手にされない」「認められない」「達成感がない」「まるで透明人間になったようなむなしさを覚える」……。行き場のない「自己承認欲求」を持て余し、苦しむ男性は少なくない。

■正論オジサンと「ゴミ屋敷」の住人の共通点

冒頭で触れた「正論オジサン」は、「年寄りは日本を背負って立った人間。だから高齢者は尊重しなければならない」と主張する。言外に「俺を敬え」「話を聞け」と言っているわけだ。

人は「コミュニケーション欲求」「つながり欲求」を持つ生き物である。うまく人とつながることができない場合に、時としてアルコールとつながるなど、何かに依存するなどの弊害が生まれるケースがある。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/erzstaub)

「ゴミ屋敷」の住人も同じだ。hoarding disorder(ためこみ症)という精神疾患の場合、人とのつながりの代用として、ゴミとつながっており、「孤独」との関連性が高いとも言われている。正論オジサンに置き換えた場合、商店街の「パトロール」は彼なりのコミュニケーションであり、つながり欲求のはけ口だと考えることができる。

人は物事の見方によって2つのタイプにわけられると言われている。ひとつは、物事を一段高い次元から見るメタ認知力を持つ「全体最適」型。もうひとつは、ディテールの正しさにこだわる「部分最適」型だ。暴走オジサンには後者の場合も多いのかもしれない。高齢化により、脳の機能が低下し、感情抑制が難しくなるという側面もある。

また子供の声がうるさいと感じる人の中には、他人が発する音を異常に嫌がる「misophonia(ミソフォニア=音嫌悪症候群)」という疾患である可能性もある。その場合は治療が必要だ。

■正論オジサンは「FBI式」で黙らせるしかない

これからモラルやルール、マナーを盾に、他人を攻撃する人が増えていくことは大いに考えられる。違法駐車が許せないからと、車を傷つけてはならないし、子供の声がうるさいからといって、恫喝することなど許されないだろう。こうした人たちは、本来何の権限もないのに、自分には制裁する権限があると思い込み、「私刑」を実行しようとする。そうした個人の「ポリス化」に対し、どう向き合うべきなのか。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/kei_gokei)

これは日本社会特有の課題ともいえる。というのも、誰もが堂々と自己主張をし、その利害関係を訴訟や調停の場で解決するといったことが当たり前のアメリカなどとは違い、同調圧力を利用して、なあなあの解決策を探るというやり方が一般的だった日本には、ガチンコの「紛争解決」を図るためのコミュニケーションのノウハウが蓄積されていないからだ。

松阪市のケースで注目されるのは、商店街や行政、男性との間に、有機的な話し合いの場が設けられてこなかった点だ。お互いが感情的に対立し、言い分をぶつけ合ったところで、事態は打開できない。

人はロジックでは動かない。自分の固く信じる信念や正義だと思う価値観は、どれだけ説得力のあるデータや論拠を示されても、まず変わらないものなのだ。

この「正論オジサン」は全身から「俺の話を聞いてほしい」「存在を認めてほしい」というメッセージを発しているように見える。こうした人と向き合う場合、きっちりとした「紛争解決」の方法にのっとって解決策を探る必要がある。

■固く閉じた相手の心を開き、打開策を見いだす唯一の方法

ここで、アメリカ連邦捜査局(FBI)で活用されている最強の説得術を紹介したい。

①アクティブ・リスニング
相手の話を聞き、しっかりと聞いているということを相手に理解してもらう。
②共感
相手の素性や気持ちを理解する。
③相互信頼
相手から信頼を得る。
④影響
自分が相手に望む行動を薦める。
⑤行動変容
相手が行動を変える。

これは、FBIの人質解放交渉ユニットによって開発された「行動変容階段モデル」だ。これらのプロセスには慎重さが求められ、相応の時間がかかることは想像に難くない。

正論オジサンと人質誘拐犯の要望はまったく異なるが、固く閉じた相手の心を開くには、こうした骨の折れるステップを経なければ、打開策を見いだすことは難しいという考え方なのである。

今回の場合、男性がそれほど安全性にこだわるのであれば、地域の住民の声や他の商店街のケースなども参考にしつつ、いかに安全であるかを示し、落としどころを探るという方法もある。もしくは、法律順守にそれほどこだわるのであれば、恫喝や破壊行為などは違法であることなども十分に説明し、警察や行政の介入によって解決を図るやり方もあるだろう。

これからどんどんと増えてくる「正義」と「正義」のぶつかり合い。日本古来の「以心伝心型」の意思疎通では、こうした衝突や紛争には対応できない。好むと好まざるとにかかわらず、個人も組織も、二極化時代の「コミュニケーション」や「トラブルシューティング」の方法について考え、学んでいかなければならないのだ。

(コミュニケーション・ストラテジスト 岡本 純子 写真=時事通信フォト、iStock.com)

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