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政権に不都合な"年金報告書"が出てきた訳

プレジデントオンライン / 2019年6月14日 18時15分

記者会見に臨む菅義偉官房長官=6月13日、首相官邸(写真=時事通信フォト)

■A4で51ページ。麻生財務相は「読んでない」

参院選を前にして、安倍政権が1本の報告書に慌てふためいている。「年金だけでは老後に2000万円不足する」と書かれた金融庁審議会の報告書のことだ。「消えた年金」問題で2007年の参院選で惨敗した安倍晋三首相にとって、「年金」は鬼門。それだけに逆風の初期消火に必死になっている。

問題の報告書を簡単に紹介しておこう。金融庁の金融審議会・市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」というもの。ことし6月3日に公表されており、6月14日現在、金融庁のウェブサイトからダウンロードできる。

A4で51ページあるが、分かりやすい文章で書いてあるので、だれでも20~30分あれば読むことができるはずだ。麻生太郎副総理兼財務相は10日の参院決算委員会で立憲民主党の蓮舫氏から「報告書を読んでいますか」と尋ねられ「全体を読んでいるわけではありません」と答えているが、それほど難しい内容ではない。

「現状整理」「基本的な視点及び考え方」「考えられる対応」の3編に分かれており、問題の記述は主に最初の「現状整理」のところに出てくる。高齢夫妻の実収入は実支出と比べて月平均で約5万円少ないことを指摘した上で「20年で1300万円、30年で約2000万円の取り崩しが必要になる」などと表記されている。

■「100年安心」の誤解を放置してきたツケ

政府は日本の年金制度を「100年安心」と説明してきた。人生100年時代が現実味を帯びてきた今、年金で安定的な老後を期待していた人たちにとっては、まさに「年寄りに冷や水」を強いられるようなリポート。国民が怒るのも当然だ。

政府はもともと「年金だけで老後は安心」と説明してきたわけではない。ただ「年金だけでは足りない」と真正面から説明するのを避けてきた経緯がある。「100年安心」とは「100年間制度が維持される」という意味だが、「100歳まで生活するのに十分な年金をもらえる」という意味だと理解する人も多いだろう。政府はそれを積極的に正そうとはしなかった。

それにしても、あえて明らかにしてこなかった「不都合な真実」を、この報告書ではなぜ明記してしまったのか。

■報告書の狙いは「高齢者の貯蓄を投資に振り向けたい」

この報告書は、年金制度そのものについて書いたものではない。金融庁が、高齢者の貯蓄を投資に振り向けようという意図を持って書かれたものだ。

そのためには「今のままではお金が足りないので投資に振り向けて増やしたほうがいい」という方向に誘導したい。だから「足りない」という前提を、てらいもなく書いたのだろう。

2012年に首相に返り咲いて以来、安倍氏は6年半を超える長期政権を謳歌しているが、2006年に最初の首相に就任した時は1年の短命で終わってしまっている。「消えた年金」が主要因として07年の参院選で大敗したのが辞任の引き金となった。

「消えた年金」とは、社会保険庁のずさんな事務管理にともない、記録のない年金が次々に見つかった問題。この問題を追及した民主党(当時)の長妻昭氏は後に「ミスター年金」と呼ばれるようになった。

■永田町では「消された報告書」問題と呼ばれている

「消えた年金」と今回とは性格は全く違う。ただし、安倍氏は、国民の年金についての関心が極めて高いことを身に染みて覚えている。しかも「消えた年金」の被害者は一部の人だったが、今回の報告書は、あまねく全国民に影響してくる。それだけに恐れおののいているのだ。

初期消火を図ろうという政府の姿勢は、どうにも異常だ。まず報告書は、まだ金融審議会の総会を通っていないことを理由に「公式な文書ではない」と説明。麻生氏は「今までの政府の政策スタンスとは違う」として報告書を受け取らないと宣言した。

森山裕自民党国対委員長に至っては、野党からの予算委員会開催要求に対し「報告書はもうない。なくなっているのだから予算委になじまない」と報告書の存在を「完全消去」してしまった。しかし、報告書は今も簡単に閲覧できる。恐らく多くの国民がプリントアウトし、それを読んで憤慨していることだろう。

いつからか今回の件は「消された報告書」問題と呼ばれるようになった。「消えた年金」を想起させるネーミングであることは言うまでもない。

■出典は厚労省なのに「政府のスタンスとは違う」と強弁

政府が焦っているのを最も象徴しているのが「政府のスタンスとは違う」という説明が大うそだったとばれたことだ。毎日新聞は14日の朝刊トップで、「年金だけでは約5万円足りない」という試算は厚労省が示したデータであると報道した。政府のうそを暴いた大スクープのように見えるが、そう褒められたものではない。

実は問題の報告書の10ページにある「毎月の赤字額が約5万円」という記載と、それを示すグラフの下にはご丁寧に「(出典)第21回市場ワーキング・グループ 厚生労働省資料」と明示されている。つまり、報告書の問題部分は厚労省のデータに基づいて書かれている「政府の政策」であることが、その報告書の中に明示されているのだ。

データの出典が政府によるものだと報告書に明示されているのに「政府のスタンスとは違う」と言い張っていたことになる。この、お粗末な対応は、安倍政権が「消された報告書」問題に慌てふためいている証左でもある。

■むしろ「安倍政権の政策のど真ん中」の報告書

今回の問題は7月に予定される参院選の大争点となるだろう。不都合な内容の報告書を「消す」ことの是非が問われるのはもちろんだが、現行の年金制度の設計そのものの議論に発展することになるだろう。野党側は、単に現行の制度を批判するだけでなく、野党としての対案を示すことができるかどうかにも注目したい。

それと同時にこの問題は、安倍政権が進める経済政策(アベノミクス)への問いかけに発展するだろう。先に触れたように、今回の「消された報告書」は金融庁の審議会ワーキング・グループが「高齢者の貯蓄を投資に振り向ける」方向に誘導する意思のもとで書かれたものだ。

「貯蓄から投資」は、まさに安倍政権の大方針。だからこの報告書は「政府のスタンスと違う」どころか「安倍政権の政策のど真ん中」の報告書ともいえるのだ。

(プレジデントオンライン編集部 写真=時事通信フォト)

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