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ダイエットが長続きしない「本当の理由」

プレジデントオンライン / 2019年6月21日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/YinYang)

ダイエットのために食事量を減らし続けるのは難しい。なぜつい食べ過ぎてしまうのか。宮城大学の石川伸一教授は「ヒトには『食欲コントロール回路』が備わっているから、体重を大幅に減らして維持するのは手ごわい」という――。

※本稿は、石川伸一『「食べること」の進化史』(光文社新書)の第2章「『未来の身体』はどうなるか ―食と身体の進化論―」の一部を再編集したものです。

■体重はコントロールできるのか

人がものを食べるという行為は、自己の意思に基づいた行動だと考える人も多いかもしれません。そのため、自分の意思で食べるものを決め、体重をコントロールできると考えがちです。しかし、ヒトには「食欲コントロール回路」が備わっているため、体重を大幅に減らしたり、それを維持しようとすることは、なかなか“手ごわい”のが実際です。

意識的に食事に気をつけたり、運動をしたりすることで、適正な体重を維持したり、急激に減量したりすることは可能です。しかし、大幅に減らした体重を長期的に維持するのは、容易なことではありません。身体から脂肪を除去すると、熱消費が抑えられ、さらに食欲は増大するからです。身体の脂肪を減らさないように基礎代謝が抑えられ、燃費が良くなるとともに、食べものを強く欲して脂肪を溜め込むように、身体が必死に飢えに対して抵抗するのです。

■「趣味ダイエット、特技リバウンド」になるのは当然

人間が食欲を制御するシステムは、他の哺乳類と基本的に変わらないものです。私たちが経験する無意識的な食欲と基本的に同じものを、マウスや猿も感じています。人間はこのような無意識の食欲を、他の動物よりもやや意識的にコントロールできるとはいえ、基本的に他の哺乳類と同じような信号で制御されています。

自分の体重を減らそうと思ったときに理解すべきことのひとつは、進化の過程を通じて、人類が無制限に食べものを得られたことなどほとんどなかったという事実です。さらに、人類の歴史の大半の時間を、私たちは狩猟採集民として暮らし、日々の労働に大量の熱量を消費してきました。

食料が少なく、運動量が多いという人類の歴史を考えれば、私たち人間が、体重、そして食欲を最適レベルに設定できる生物学的なコントロールシステムを搭載していることは、とても理にかなっています。体重が減りすぎたり、食欲が落ちすぎると、飢饉が長引いたときに餓死する危険性が高くなります。逆に、体重が多すぎたり、食欲が旺盛(おうせい)すぎると、動きやすさや健康などに支障が出てきます。

すなわち、現代に生きる私たちが、体重を大幅に落としてそれを維持しようとするとき、その努力は、数百万年積み重ねてきた人類の進化の選択圧にあらがうことにほかなりません。「趣味ダイエット、特技リバウンド」といった現象は、人類の進化からみれば、ごく当然のことだといえます。

■体重は厳密にコントロールされている

私が、1年間に食事から摂取しているエネルギーを計算すると、おおよそ95万キロカロリーくらいになります。体重はここ数年ほぼ変わっていないので、1年間で消費したエネルギーもほぼ同じであることが予想されます。身体が食欲をコントロールしながら、正確に食べたものと同じだけのエネルギーを消費するというのは、驚くべき体内メカニズムが備わっていることを意味します。年齢を重ねるとともに基礎代謝は低下していくため、若いときと同じカロリーの食事を摂取していれば、いずれ太っていきますが、体重がさほど変わっていなければ、摂取と消費のバランスがうまくとれているということです。

実験で、被験者の食事量と消費量を数週間から数カ月にわたって注意深くモニターしてみると、摂取カロリーと消費カロリーのバランスが見事に保たれていることがわかります。他の多くの哺乳類も同様に、食べすぎたり、飢えたりした後に自由に食べられる環境に戻すと、体重がすぐにもとの水準に落ち着きます。脳が身体から体重の指標となる「信号」を受け取り、それに基づいて身体が“自動制御”される結果、体重はかなり厳密にコントロールされています。

■「やせる」ホルモンの仕組みとは

その食欲の「信号」には、体内で分泌される2種類のホルモン、「レプチン」と「グレリン」が関与しています。これらが競合し、上手にバランスを取ることで食欲はコントロールされています。

レプチンは脂肪細胞から分泌されるホルモンで、基本的に食事をしたあと分泌されます。レプチンが分泌されると、脳の視床下部にある「満腹中枢」が刺激され、満腹感を覚えるようになり、食欲が抑制される仕組みです。レプチンという名前は、ギリシャ語の「レプトス」に由来し、「やせる」という意味です。

一方、グレリンは、胃から分泌されるホルモンです。グレリンが分泌されると、脳の視床下部にある「食欲中枢」が刺激され、食欲が増すことになります。グレリンは、空腹で体内のエネルギーが不足しがちなときに、その補充を促すため分泌されるホルモンです。

やせるためには、食欲を抑えるレプチンの働きが必要になります。そのため、肥満の治療薬としてレプチン投与の大規模な臨床試験が行われましたが、レプチンで減量できた肥満患者はほとんどいませんでした。大半の肥満患者は、レプチンが足りないのではなく、レプチンが効きにくいという「レプチン抵抗性」がありました。レプチンが多量に身体の中をめぐっていても、脳内で摂食行動を受容する「受容体」への作用が正常に働かないと、食欲は抑えられないということです。

■食べることは「快感」を得ること

米国の成人の平均体重は、1960年から2010年までの50年間に、10キログラム以上増加しました。これほど速い変化が、遺伝によるものでないことは明らかです。人の食欲コントロール機能が、正常に作動しない「何か」があるということです。

食べることは、エネルギー源や栄養素を取り込むことはもちろんですが、「快感」を得ることも重要な目的のひとつです。何かを食べておいしく感じる機能は、単に快感や至福感に浸らせるためというより、その快感をもっと手に入れたいという意欲と行動を生じさせるためにあると考えられます。つまり、おいしく感じたものを積極的に身体に取り込ませるために快感が存在しているということです。

人間は脳でおいしさを感じるため、食の行動過程ではさまざまな脳内物質が働きます。アヘンやモルヒネなどの麻薬には、鎮痛作用や陶酔作用のほかに、摂食を促進する作用もあり、このような薬物を全身に投与すると、多くの哺乳類において摂食量が増加することが報告されています。しかも、その効果は動物が本来好む味刺激に選択的に応答することが知られています。

■「やみつき」にさせる脳内麻薬の作用

脳内にもともと存在する内因性のモルヒネ類似物質が、「β(ベータ)-エンドルフィン」です。β-エンドルフィンは脳内麻薬ともいわれ、いったん好きになったものを「やみつき」にさせる作用があります。

おいしく感じる情報は、「報酬系」として知られる脳の腹側被蓋野(ふくそくひがいや)や側坐核(そくざかく)と呼ばれる部位に送られ、もっと食べたいという感情を生み出します。このとき「ドーパミン」を中心とした神経伝達物質が働きます。ドーパミンは、「食欲」を引き起こす物質です。自分の好物を見ただけで、ドーパミンが分泌され、食欲がかきたてられます。一口食べて、味の情報が脳に入ると、報酬系はさらに活性化されます。その情報が視床下部に送られると、摂食促進物質が放出され、実際に食べる行為へとつながっていきます。

■おいしい食べ物が食欲を暴走させる

石川伸一『「食べること」の進化史』(光文社新書)

長い飢餓の時代を生きてきた私たちの祖先は、おいしいものを求め、積極的に食べたくなる強力で巧妙な脳のしくみを整えてきました。それが今の時代は、私たちがおいしさをより強く求めることで、β-エンドルフィンやドーパミンといった脳内物質がたくさん分泌され、その結果、摂食中枢のアクセルが強く踏まれ、満腹中枢のブレーキでは抑えきれない状態を作り出したといえます。すなわち、脳内麻薬物質を出させる食べものが身の回りにあふれていることが、社会の肥満を増加させている大きな要因のひとつです。

つい食べすぎてしまうのは、食べものが報酬系を刺激して、私たちに快感を与えすぎるからでしょう。つまり、おいしい食べものは、ヒトの脳内ホルモンを暴走させ、本人の意思とは別に、食べる行動を変え、さらにはその身体をも変えてしまう力があるということです。

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石川 伸一(いしかわ・しんいち)
宮城大学食産業学群教授
1973年、福島県生まれ。専門は分子調理学。東北大学大学院農学研究科終了後、日本学術振興会特別研究員、北里大学助手・講師、カナダ・ゲルフ大学客員研究員などを経て現職。著書に『料理とのおいしい出会い 分子調理学が食の常識を変える』(化学同人)、『必ず来る!大震災を生き抜くための食事学』、共訳著に『The Kitchen as Laboratory 新しい「料理と科学」の世界』(講談社)など。

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(宮城大学食産業学群教授 石川 伸一 写真=iStock.com)

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